世界を燃やす恋をしよう
まさひろ
第1話 立花楓は放火魔である(改定)
轟々、轟々と、勇ましい歌が聞こえる。
パチパチ、パチパチと万雷の拍手が鳴り響く。
ステージは一面の赤、赤、赤!
端から端まで見渡す限り全て赤!
それは血よりも赤く純粋で、空より高く透明な、何よりも気高い孤高の赤。
私は独りその中で、両手を広げてクルクル回る。
炭化した皮膚は回るたびにポロポロと剥がれ落ち、黒いマントとなって私を包む。
眼球はとうに蒸発し、空洞となった眼窩は赤く染まっている。
クルクル回る
クルクル、クルクル回るのち、次第に骨も砕け散り、炎の中には赤く染まった白い塊だけが残された…………。
ガバリと私は跳ね起きる。
全身は汗でびっしょり、呼吸は荒く、心臓は早鐘をうち、皮膚は熱いんだか寒いんだか分からないぐらい泡立っている。
夢、夢を見た。
私が火に包まれて、狂った様に踊り、砂糖菓子の様に砕けて消える夢だ……。
「んーーーー!いい夢みれたーーー」
今日も調子は絶好調。私は爽やかな気分でベットの上で伸びをした。
私の名前は、
1つは両親を事故で無くしている事。それは私がまだ幼いころの話だ、ある日の深夜、私も含めた一家3人が乗った自動車が事故を起こした。事故のショックで詳しくは覚えていないが、運転ミスをして谷底に落ちた自動車が爆破炎上したそうだ。だが、何の因果か私だけは5体満足で生還、正し事故の痕は私の体にもしっかりと刻まれている。
その名残がこの右手に刻まれたケロイド。初対面の人には引かれる事もあるが、その薔薇の様な傷跡はちょっぴりとお気に入りだったりもする。そんな訳で現在私は独り暮らし、幸い両親が残してくれたお金が有ったので生活には困っては無い。
もう1つは、そんな目にあったにも関わらず、私は何よりも火が大好きだと言う事だ。それがどのくらい大好きかと言うと、今朝見た夢の様に火に包まれながら笑って消えたいと思う程度には大好きだ。けれど実際問題そう言う訳にはいかないので、その寂しさ、物足りなさを週末の放火旅行で癒していると言う訳だ。
誰しも人に言えない奇妙な性癖の1つや2つ持っているものだろう、それが私の場合放火癖であったと言う事。この奇妙な悪癖が生まれ持ったものなのか、それとも幼少期に負ったトラウマの裏返しかは分からないし、興味も無い。
ともかく私は火を愛しているそれだけだ。その為には平日昼間はよい子ちゃんの振りをして学校に通う事も、夜間はアルバイトとして愛想笑いのバーゲンセールをすることも全く苦ではない。全ては火の為、炎の為私の愛はそこに在る。
そんな私だが、いやだからか。色恋沙汰にはトンと興味が無い、だって私は火に恋をしているから、それこそ「燃えるような恋をしてる」とは我ながら親父ギャグ臭い。
親父ギャグと言えば私にはおやじの知り合いがいる。おやじの知り合いと言っても、父親の知り合いと言う訳ではない、文字通りおっさんの様な年齢の男性が知り合いに居ると言う訳だ。
そのおっさんと知り合ったのは、私がまだ青二才だったころ、いやいや今だって十二分に青二才なのだが、更に昔、中学生になったばかり頃の話だ。そのころから火に興味があった私は、勢い余って近所の河原でボヤを出してしまった。その時に知り合ったのが、その親父、私は彼のテリトリーでやらかしてしまったと言う訳だ……。
それは雲一つない晴天の夏の日、連日の猛暑で大地は乾き切り、そこに生える雑草は渇きに嘆き、茎は萎れ、葉の先端を茶褐色に代えていた。
そこに火がつくのは簡単な実に実に事だった。
「――――――!!!」
私は焦りに固まっていた、最初はほんの出来心。道端で拾った100円ライターでカシャカシャと遊んでいただけだった。
そのうちに魔が差した、いやチガウ、自分の本心に正直になっただけだった。
最初はハムスターの様な可愛い火だった、それはあっという間に大きく育ち一瞬のうちに私の手には負えない獰猛な獣となった。
「―――――」
私はそれに焦った、いやチガウ、私はそれに目を奪われた。
肌を燻る熱に、目に染みる煙に、そして何より、そう何よりも、どんな赤より紅い鮮烈な赤に。
「大丈夫か!何があった!」
私がそれに見惚れていると、焦りに満ちた声が背後からかけられた。それが私とおっさんとの出会いだった。
いや、叱られた叱られた、こっぴどく叱られた。誰にも内緒にしてくれた話の分かるおっさんだったけれど、その分シッカリと叱ってくれた。おかげで私はそれ以来誰にも放火の現場は見つかっていない。うん、失敗を確実に自分の糧としている、実に良いことだ。
そのおっさんの名前は知らない、その日からちょくちょく有ってはいるが未だに謎。本人はジョン・ドウでも権兵衛でも匿名太郎でも好きに呼んでくれと言っているから、私はありがたくおっさんと呼んでいる。
おっさんの職業は由緒正しいホームレスだ、日課の
それは実に申し訳ない事をした、このことも私の教訓の一つだ、どうしようもない位最低最悪の性癖なのだから、せめて人様の迷惑は最小限に抑えようと言う事を私は心に誓ったものだ。火は悪くない、火はただそこに在り全てを燃やし尽くすまで止まらないだけだ。
そう言う訳で、私の狙いは周囲になにも無い廃墟と化した様なボロ屋を中心に放火する事を覚えた。
おっさんは、人畜無害そうな人懐っこい優しい顔をした無精ひげの男だ。ホームレス故に清潔感のなさはしょうが無いとしても、割とイケメンの部類に入るだろう。歳は30代と言った所で趣味はハンティング、得物は空き缶から川の魚まで多岐に渡るらしい。
私が知っているおっさんの事はそれ位、勿論話の節々から色々な妄想は捗るが、おっさんは話そうとはしないし、私も態々おっさんの
そして、それはおっさんの方も同じこと。
おっさんも私には踏み込んだ話は振って来ない、一番最初に怒られた時に初心な私は本名をばらしてしまったが、おっさんの知る私の個人情報としてはそれ位だろう。後は唯「学校が退屈」だとか「なんも感も馬鹿らしい」とかの我ながら平凡極まりない意味の無い世間話をダラダラと話しているだけだ。
おっさんは、私が
実際に顔を突き合わせて話しているのに、SNSで会話をしている名も知らぬ知り合いの様な間柄。けども何となくおっさんの傍は居心地が良くて、暇を見てはちょくちょくとおっさんに会いに行っている。まぁ住所不定無職なおっさんだ、会いに行けば毎回会えると言う訳ではないのが玉に瑕だが。
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