第34話 還しの激流
樹海実習初日。午前中の俺のバディはディアーネだ。引率はクライヴ先輩。ターゲットは、マッドネスディア。何かを見つけるや否や、ひたすら角をこちらに向けて突進してくるやべーやつである。新米だったらぎりぎりイケるとミラさんは言っていたが……
クライヴ先輩は、自慢の長髪をふぁさふぁさやりながら、俺たちの後ろをニコニコついてくる。ディアーネはひたすら前を見つめて、姿勢正しく歩いている。
黒……に青が混ざったような何色と言い難い色の髪をカジュアルショートで整え、白のブラウスの上から、心臓のみを守るように巻かれた胸当て。獲物はショートボウ。森での立ち回りを考えてのことらしい。ケガをしないようにピッチリしたパンツをはき、膝まであるブーツを履いている。
特筆すべきは妙齢の女性にはなかなか見られない、『絶壁』具合である。『わずかに膨らんでいる』という表現があったりするが、『ない』のだ。かなりの美形なので、背も高くキリリとした表情でヒラヒラキラキラした貴族服でも着れば、あら不思議、どこに出しても恥ずかしくない貴公子の誕生である。
たった1週間の付き合いだが、晩飯時に軽く酒が入ったジェドがそこをいじり、ディアーネの鉄拳を食らったことがあった。だが間違いなく弓は彼女むきの武器なのだろう。……どうしてかなんて死んでも言うつもりはないが。
こないだシーに聞いたが、ディアーネは下着のことで悩んでいるらしい。シーのは「可愛いのがない」という俺も残念な悩みだが、ディアーネの場合「付けるか付けないか」という次元の違う悩みであるため、シーも何も言えなかったようだ。
マーカムを出発し樹海へ侵入。すでに集落をつなぐ街道を外れ、現在は『サーチ』の魔術を使う練習をしながら森をうろついている。
『サーチ』の魔術は、魔力のドームを展開し、何かがその領域内に入った時、その形がそのまま認識できるという魔術だ。自分の魔力しかないところに別の魔力の塊が侵入してくると、その形に自分の魔力が歪み認識できるというわけらしい。上級者になると、完全に何が入ってきたかが分かるようになるため、獲物を探すときには必須だとドロシーさんが教えてくれた。全てのハンターはまずこれを覚えるとのこと。
他のも魔術講義の時に教えてくれたのだが、個々で必要なものは練習しろとの仰せだ。魔術に個々人による得手不得手というのはないらしい。
ちなみにメルとシーも魔術自体は使えるようだ。魔術を発動するとどうなるかと言えば、微妙に属性の影響を受けるようで、メルであれば『火』だが、サーチを使うと領域内に侵入した対象の毛があぶられたようにチリチリしたり、シーが使うと対象が何やらしっとりするといった具合だ。自分というより相手に何かが起こるみたいで、相手に感づかれるというデメリットがあった。どんな魔術を使っても『火』だとあぶられたように感じ、『水』だと皮膚がベタつくといった、特性が現れるらしい。「あたしたちには使えないわね」とメルはぼやいていた。
属性持ちはいちいち余計なものがくっついてくるため、物によっては全く使えないということだ。ドロシーさんが「研究が進むわ!」とはしゃいでいたので、失敗は失敗で得るものがあるのだろう。
「うわ、すっげ……」
索敵しながら歩いていると、とんでもない激流が目の前に現れた。……スッゲエな。流木やら岩が普通に流れてる。
「すごいだろう?『
「還しの激流、ですか?」
「そう。ここいらの水源が神山から落下してきている滝だって事は知っているだろう?」
「もちろん」
神山からは、3本の滝が雲の上から流れてきている。頂上がどんなふうになっているのかは分からないが、それが 円環都市のオルムス、ヴィオランテ、マクルーアに向けて流れてきており、途中で枝分かれし、衛星都市である残りの3つに流れ込むように誘導されている。
「その流れの中に1本だけ神山に向かうものがあるんだ。何故か上流に向かう不思議な流れでね。絶対に落ちてはいけないよ。あれは奥に向かう流れだからね。飲み込まれたら最後、まず生きて帰ってくることはできない」
……物騒な話だ。ディアーネも神妙な顔をしている。先輩も真剣な顔をしていたが、ニパッと笑うと、
「まあそうそう落ちることもないさ。危ないから近づかないでおこう、ぐらいでいいよ」
あっけらかんと言う先輩だが、俺は何故かその激流から目を離すことができなかった。
「……気付いてるかい?」
激流見物を終え、再び捜索すること数十分。クライヴ先輩が俺たちを試すような言葉をかけてきた。クライヴ先輩の言葉に頷く俺と、不可解な顔をするディアーネ。マッドネスなアイツは、何やらキョロキョロとしながら何かを探しているような素振りを見せる。ディアーネには魔力の量が足りないのか、索敵ドームの範囲外のようだ。
「……何してんすかね?」
「もちろん食べ物を探しているんだよ。普通の獣もそうだけど、基本動物というものは食べるために生きていると言っても過言ではない。だから活動のほとんどはご飯を探しているんだよ」
へぇ~、と納得した。人間からすれば、何のために生きているのかわからないという話になるんだろうが、獣からすればそんなこと関係ないのだろう。食うか食われるか、そんな世界でやつらは生きている。そこへ割り込むのがハンターであり、冒険者だ。
「さぁ、仕留めておいで。危なくなったら介入するから、まずは自分たちで何とかしてみようか」
ニコリと笑って告げる先輩。軽く頷き、俺たちは相談し始めた。
「どこにそんなのいるのかしら?」
「あそこだ」
指差して目標をディアーネに認識させる。
「……あんなに遠くに」
「まぁ地道に行こうか。いつか出来るようになるよ」
「悔しい……」
「まあ、気にすんな。それより打ち合わせやんぞ。俺は近接特化だし、ディアーネは遠距離特化だろ。だったら、やることなんて決まってんだがな」
「そうね。私がマッドネスの行動を矢で制限して、行動を狭める」
「その間に俺が近づいて仕留める」
「そんな感じかしら」
「……うまくいくんかねぇ?」
特に何かがあるわけではないのだが、かつてない不安を彼女から感じる……
「なら他に案があるのかしら?」
「れっつごー」
「よろしい」
何だよ、この会話。
俺は、強化を施しマッドネスディアへと駆け込んだ……のだが。ターゲットまであとわずかというところで、
―――ドゴォン!!!
「は?」
「ごめんなさい。やりすぎたわ」
「……ディアーネ、加減覚えようか。こんなじゃキミやってけないよ」
「……善処します」
先輩のアドバイスも煤けて感じるほどの威力。目の前まで来ていた魔物鹿は、焦げた角をカラカラと残し、木っ端微塵となってこの世を旅立った。
善処じゃなくて、確実にやったほうがいいだろ……常識人かと思ってたが、かなりの過激派のようである。
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もちろんフラグ。
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