第33話 とあるラボでの悪巧み

 ハンターギルドの新人たちが研修を受けていた頃、マーカムから樹海の反対側に向かって馬で1日半ぐらいにある小さな町に、元パンディックの4人とビアンカは来ていた。今はちょうど昼休憩の時間であり、街のあちこちで食事をしている人があふれている。そんな仲、一行は立ったまま食べられる串料理で、腹ごしらえをしていた。

 なおランドルフたちはパーティをすでに解散しており、どこへ行こうとも自由だったが、ビアンカは冒険者組合を無断欠勤である。だが、そのことを追求するものはここにも組合にもいなかった。


「……ラボまで今日中に向かうわよ」

「マジでか……」

「当たり前でしょ。『嘆きの渓谷』まであと少しよ。早め早めに動かないと面倒なことになるのよ」


 ビアンカは、こういったトラブルを早めに対処することが大事だということを知っていた。だがなぜランドルフたちが余計なことをした時に、首を突っ込まなかったかと言えば、ただ面倒くさかっただけである。自分に火の粉がかかろうものなら全力で対処するが、自分にかからないならたとえ仲間でも放置、それがビアンカのスタイルである。


 ぶっ通しで馬を走らせてきたのでかなり疲れてはいるのだが、ドクターを不機嫌にさせるとどんな実験に参加させられるか分からないので、できるだけ急いでいる。報告の内容も不機嫌にさせること間違いなしなので、結局実験に参加させられるかもしれないなとランドルフたちは思っている。ビアンカは思っていない。

 もちろん、ただ実験に参加するだけなら問題ない。だが『被検体』として参加させられるのは、今ドクターがこだわっている内容が内容だけにどうしても勘弁してもらいたい。なので4人はビアンカに従う。


 嘆きの渓谷のラボにたどり着いたのはその日の夜だった。






「んっん~……キミたちバカかね」

「「「「……」」」」

「はぁ~……」


 初めがドクターこと『エックハルト・アーレルスマイアー』。ヘロヘロの腰まで伸びた黒髪を適当に結び、よれよれのワイシャツにスラックス、くたびれた白衣に何色なんだというネクタイをだらしなく首にぶら下げている。全体的に『だらしがない』というイメージが漂う。次がランドルフたち。最後がビアンカである。全員応接室のソファに座っており目の前にはお茶が。エックハルトの秘書、会心の一杯である。


 ここは嘆きの谷の隙間にひっそりと作られた研究所『デモンズ・ラボラトリー』。通称『ラボ』、ドクターの城である。嘆きの谷というのもここ最近言われ始めた通称であり、言われ始めたのも、夜な夜な女児の鳴き声が渓谷に響き渡るというのが理由だ。ここ十年くらいの話である。本来の名前は『ペラム渓谷』という。


「んっん~、これはダメだね。もう対象に価値はないだろう」

「と、言いますと……?」


 揉み手でへりくだりまくるランドルフ。被検体になりたくないから媚び媚びである。


「んっん~、対象『メルフィナ・アーヴィング』『システィナ・アーヴィング』はすでに処女を失っているとみていいだろう。……なぜかわかるかね?」


「わからない」というのは簡単だが、そう言うと嬉々としてあーでもないこーでもないと言いだし、長くなってしまうので適当に答えるランドルフ。解散はしたが、今だリーダー的扱いをされているので、渋々それを受け入れている。


「……俺たちが余計なことを言った? ……みたいな」

「……」


 沈黙が怖い、ランドルフたちは素直にそう思った。目をつむり眉間にしわを寄せ、人差し指でトントンするエックハルト。


「んっん~……正解!」


 人差し指を指され満面の笑みで言って来るドクター。ホッとするランドルフ。


「君たちが余計なことを言ったせいで『処女の魔法使いの女』を求めていることが彼女たちに知られた可能性は高い。それに気づけば対処は簡単。一発ヤっちゃえばいいんだからね。それにこんなザル契約を再契約させられるなど……」

「……すみません」

「あぁ、別にせめているわけではありませんよ。ただ単に期待していなかっただけで」

「……」


 それはそれでひどいと思ったが、結果が結果なので何も言えないランドルフ。この期に及んで、仲間たちは一言も喋らない。


「んっん~……とはいえ非処女でも『人造魔人化』は可能です。上級まではいかなくとも下級にすることはできるでしょう。なので、彼女たちをさらってきなさい」

「は?」


 ランドルフは何を言っているのかわからないという態度をとる。もちろん残りのメンバーもだ。冷静にお茶を飲んでいるのはビアンカだけである。


「だから、メルフィナとシスティナをさらってきなさいと言っているのです。もったいないではありませんか。非処女とはいえ冒通が選んだ最高の素体ですよ? ……閣下が買収した冒険者通信の取材力はなかなか優秀です」


 そう言って傍らにあった、冒通最新号の新人紹介の欄を開けて見せる。


「見なさい。また新たな魔法使いの卵が冒険者として登録したとあります。今度は……オトゥールで現れたようですね。あちらにもウチの息がかかった者がすでにアプローチをかけているでしょう。うまくいけばいいのですが」


「そうすれば最高の人造魔人に仕立て上げて見せますのに」と一般人が聞けば物騒なことをつぶやいている。冒険者通信に載るような魔法使いは素質が桁違いなのだ。人造魔人の素体としては抜群。ただ女子に限るのはなんの業なのか。


「とにかく、我々が今やらなければならないのは、人造魔人の素体を集めることです。その為にスティーラーズから引き上げ、工作員の数を増やして行動しているのですから。……あぁ、そうだった」

「……なんでしょうか」


 何せドクターは得意分野だからなのかまぁ喋る。次から次へと話題が飛び、ランドルフたちは付いていくのがやっとである。


「君たちが2,3年前にさらってきたとある女の子が、とても良い人造魔人に仕上がりましたよ。本当にいい素体でしてねぇ。ちょっと幼かったので、しばらく寝かせましたが、見事に成功しました。さすが私。気分が良いので今回の失態に関しては見逃してあげます」

「あ、ありがとうございます!」


 被検体を回避したランドルフはとても良い声で返事をした。人体実験など勘弁してほしいところだ。しれっと自分で自分を褒めるところは全員無視した。


「名前は確か……『エルゼ』と言いましたかね。もう自我はほとんどありませんから、今回の一件に使ってみましょう。上級人造魔人なんて初めてですからね。本当に最高の素体でしたよ。あ、感想聞かせてくださいね」


 うっとりとした顔で、口の端からよだれが垂れている。恍惚とした表情にドクター以外の人間は全員引いた。


「襲撃のタイミングは任せます。……ビアンカ、いいタイミングはありますか?」

「そうですね……」


 今までお茶を飲みながら、ひたすら聞き役だったビアンカだったが、話はしっかり聞いていたのですらすらと答える。


「今現在、アレックスたちはハンターギルドに所属しています。メルフィナはどう動くか分かりませんが、システィナはすでにハンターギルドに移籍。パンディックが解散されたとメルフィナが気付けば、冒険者組合を辞めてハンターギルドへ移るかと思われます」

「ん~……」


 聞いているのか聞いていないのか分からない言葉がエックハルトの口から漏れる。ビアンカは続きを待つ。


「続けて」

「はい。ハンターギルドでは新人がある程度集まると、研修が行われます」

「ほぅ」

「最終日には樹海にて日をまたいだ実習が行われます。襲撃のタイミングはそこがよろしいかと」

「んっん~……」


 再び、眉間をトントンするエックハルト。おもむろに口を開く。


「それはいつ?」

「そうですね……調べた限りでは、4日から5日後でしょうか」

「……ランドルフ」

「はっ」


 もはや王にする対応であるが、特に違和感はなかった。


「知己の森賊に話を通しておきます。報酬は実験に失敗した廃棄体をいくつか持っていきなさい。魔人の素体としては使い物にはなりませんが、森賊の慰み者にぐらいはなるでしょう。年増から年端の行かないものまでまんべんなく連れて行きなさい」

「……何体くらい連れて行ってもよろしいでしょうか?」

「10体くらいなら構いませんよ。どうせ、残りは口に出すのもはばかられるような趣味を持つオルムステッドの貴族に売り払って、研究資金にするのですから」


 エックハルトにとって、人造魔人化に失敗した素体などただのゴミというか、資金源である。なので、こだわりを持つことなど全くなかった。


「やり方は任せます。今回は見逃しますが次はありませんよ」

「「「「はっ」」」」


 こういう時だけ、返事は一致した。調子の良い連中だとランドルフは思ったが、わざわざ空気を悪くすることもないかと思い、口には出さなかった。






こうして、樹海に役者は集う。この先何が起こるかは、誰にもわからない。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


まぁ、僕は知ってるんですけどね。

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