第31話 2人だけの秘密

 俺はアシュリーと共に解体場へと足を運んでいる。

 アシュリーは明るい茶系の髪をポニーテールにまとめた子だ。歳は俺の二つ下で16。槍を得物としているとか。こんな華奢な子が自分と同じくらいの長さの槍を振り回すとことか想像できん。

 じっと見てしまっていたのか、アシュリーはこちらを向く。……どうもあまりいい印象を持たれていないみたいだ。


「アレックス」

「うん?」


 えらくとげのあるテンションで声を掛けてきた。


「あたしはそう簡単には落ちないわよ」

「はぁ……」


 ズビシと俺を指さし、宣言した。


「2人だけでは飽き足らず、あたしまでハーレムに加えようだなんて言語道断だわ」

「……」


 いったいコイツの中で俺はどういう奴なんだ……


「この淫獣。ふ、2人同時とかありえないしっ」


 まさかの性のケダモノ扱いである。だが……否定できんっ!

 ぐうっと俺が唸っていると、精神的ダメージが与えられていると思ったのか、追撃を加えようと……したのだが、


 パァン!


 ミラさんに頭をはたかれていた。


「早く行け! お前らはまず解体の研修だろ!」


 頭を押さえ唸るアシュリー。だが俺は全く悪くないので、とっとと解体場へと向かう。「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ」と後ろから聞こえてくるが無視だ無視。


「……危ういわね」

「初めから敵意を持ってるとねぇ。感情がひっくり返るようなことがあるとコロッといっちゃうかも」


 メルとシーがアシュリーを要注意人物認定を下していたなんて知る由もなかった。






「よぉ、アレク。最初はお前さんたちか」

「はい。よろしくお願いします。ゴンズさん」

「がっはっは。なんのなんの。仕事ができる新人が増えるのはいい事さ。オラァ! そこぉ! くっちゃべってねえで手ぇ動かせ! 手ぇ!」

「「「うぉーーす!!!」」」


 解体場の親分、ゴンズさん。血まみれのエプロンをかけ、額にゴーグル。いくつもポケットがあるズボンには何本かナイフが収められている。だいぶ白くなった髪を油でなでつけぴっちりと横わけにしている。ノアさんより少し年齢は上だろうか。夜にこのままの姿を街で見たら間違いなくしょっ引かれるだろう。

 俺らの方、もっと具体的に言えばアシュリーの方を向いてあーでもないこーでもないと言っていた職員たち。ここは女っ気がないから、誰か女性が尋ねてくるとすぐにあんな感じになるんだよな。


「今日も元気いいですね」

「アイツらは威勢ばっかだからよ。実技は知識より経験だ経験。実際に触って確かめて、己の感覚と同調させるのが大事なんだ。知識は後でいい。解体場があるなら、自分はやらなくてもいい、とかそっちのお嬢ちゃんは思ってんだろ」

「えっ? そ、そんなことは」

「わっはっは。図星か! だが、できるにこしたことはないぞ。どこが高く売れるか。一番の目的はやはりそこだ。その為には魔物の生態を知る必要がある。それはわかるな?」

「は、はい」


 壊れたからくりのようにかくかく首を振るアシュリー。そういう生の話は重要だし、俺もしっかり聞いておこう。


「討伐に成功したとしても、皮やら肉がズタズタ、角や歯が傷だらけ、そんなのは売りもんにならん。それに大型の魔物だと全部持って帰れるのなんて、底なしカバンの良いやつを持ってる奴だけだ。ほとんどのハンターはその場で解体し、持って帰れるだけの量のうち一番高く売れるものを持って帰ってくる。もちろん、依頼のものを持って帰らないというのは論外だからな。できる限り持って帰ってくる。そうすれば自分のお小遣いが増えるってわけだ」


 ギルドではついでの討伐が奨励されている。魔物はどこからともなく次から次へと現れる。いなくなっては困るが、いくらなんでも多すぎだろうというのが世論と言ってもいい。だからついでに狩る。少しでも減らすために。

 依頼を受けた物を最優先に。その後余裕があれば、適当なのを狩り、荷物がいっぱいになったら帰ってくる。基本はこれの繰り返しである。

 冒険者たちもサイクル自体は同じだが、素材を持って帰るという意識が薄い。ハンターギルドができるまではそんなことなかったらしいが、ある意味住み分けができてしまったというか、する奴がいるなら俺たちがやらなくてもいいだろう、と。必要なものは街で買えばいいだろう、と。だから強さのみが指針になるようだ。無意識に見下していると思ってもいい。


「まぁできて損はない技術だ。だから研修に組み込まれるわけだしな。ハンターを辞めても、ギルドで働き先ができるかもしれんからな。研修でやることは常に上のレベルを追求していくことを勧めておこう」

「……なるほど」


 思うところがあったのか、アシュリーの浮ついた感じが消えた。今では真剣にゴンズさんの話を聞いている。


「……というわけで話は終わりだ。昼間ではひたすら職員の指示に従ってバラしていってもらうぜ」


 さすが実践派、長話より数捌けということらしい。らしいなとか思っていると何やら職員たちが騒がしい。


「俺がアシュリーちゃんに手取り足取り教えるんだ!」

「バカ! 何言ってんだ! お前に教えられたら妊娠しちまうよ! 紳士の俺こそふさわしい!」

「何が紳士だコラァ! お前のは変態紳士ってんだよ!」


「上等だ!」「表出ろコラァ!」と職員たちは裏口から出て行き、ワーワーやり始めた。


「人気者だなぁ、アシュリー。教えるだけで妊娠させられるらしいぞ」

「んなわけないでしょ!」

「ぐはっ」


 軽口を叩いたばつがアシュリーから下った。最近メルから殴られなくなったと思ったのに、すでに後継者がいたのか……

 ゴンズさんは、頭をポリポリやる。


「午前中はもうダメだな。しょうがねえ、おっちゃんが直々に教えてやるよ」

「よろしくお願いします!」


 普通の態度を取ってたゴンズさんが、アシュリーの信用を勝ち取ったようだ。さすが年の功。






 ……アシュリーはその後、バラした魔物が気持ち悪すぎたのと、二日酔いがまだ残っていたのか、お年頃として見られてはいけないことをしてしまった。どうやら2人だけの秘密が出来てしまったらしい。

 なお職員たちは顔をボコボコに晴らして昼ごろ帰ってきた。追加でゴンズさんの鉄拳がサービスされたことは言わなくてもわかるだろう。

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