第29話 ホ・ン・キ

「うぅん……」


 窓から差し込む朝日で目を覚ました俺。あの後なんやかんやで再び盛り上がりを見せ、割と遅い時間まで騒ぎ倒した。ミラさん(そう呼べと言われた)とドロシーさん、後ミシェレさんはさすが大人なのか、適度に酔い適度に引き上げていった。「明日も仕事なんだから飲みすぎんじゃねえぞー」と言い残して。


「きっとダメなんだろうなぁ……」


 特にジェドと女子組の1人、ディアーネがヤバかった。あの2人は今日はダメだろう。


「むにゃ……」

「……うへへ。ここがええのんか……」


 ……なぜコイツらがここに。お前らにも部屋はあっただろうが。メルはかわいげがあるが、なんでシーはこんな笑い方するんだ。ここってどこだ。2人ともがっつり俺に抱き着いていてよだれが寝巻にべったりついてる。……俺は着替えたのか。


「ほら。朝だぞ。起きろ。起きないならチューしちゃうぞー」


 ゆさゆさと二人を揺らしながらハタと気づく。……恥ずい。何故俺はこんなことを……


 2人を揺すりながら心で悶えていると、2人の様子が変わっていることに気付いた。


「「んー……」」


 口が突き出され、受け口になっている。……お前ら絶対起きてんだろ。


「さっさと起きろぉ! 仕事の時間だぁ!」


 朝一、威勢のいい俺の声が寮内に響いた。「うるせー!」と帰ってきたのは言うまでもない。






 3人身支度を整え、食堂へと足を運ぶとそこには何人かの人が朝飯を食っていた。見かけない人ばかりだったので、昨日歓迎してくれなかった人たちなのだろう。昨日騒いだ連中は1人としていなかった。


「おはようございまーす」

「「……まーす」」


 シャキッとせんかい。次の日に酒を残すのは悪い飲み方だぞ。


「おはようさん。ハイ、朝定食。ウチはメニューがなくて、日替わりでウチが考えてんのよ」


 朝からさわやかなミシェレさん。さすがだ、デキる女は次の日が違う。ちらりと横を見る。

 メルもシーも髪、化粧、衣装ともバッチリだ。俺がやったからな。ただ、顔だけ完全に寝ぼけており、薄目を開けているような状態になっている。身びいきなのは認めるが、かわいい顔が台無しである。ミシェレさんを見習わんかい。


 ぼやっとして、本当に起きているのかどうか怪しいところだが、よく噛んでよく食べているので、起きてはいるんだろう。覚えているかは知らないが。


「なぁ、メル」

「んぁ?」


 まるでアホの子のように、ふわふわした答えを返してくる。俺はメルの今日の予定を聞いてみた。シーは「……」となりながら、メシを丁寧に食べている。


「お前今日どうすんだ? パンディックに加入する手続きしなきゃならんのだろ?」

「……お、おぁぁ!」

「おわぁ! 何だよ! 急に変な声出しやがって!」


 ようやく覚醒したのか、奇声を発したメルは即座に答えてくれた。


「そう言えば忘れてたわ。あたし、冒険者だったのよね」

「何言ってんだ……? お前は」

「昨日あまりにも楽しかったから、あたしも仲間になれたんだと思ってた」

「……そこは間違ってねえよ」

「え?」

「というか、あれだけ意気投合してて、全部うわべだけだったとか、軽く人間不信になるわ」


 肩を組み、酒を飲み、歌い、笑いとおおよそ宴会におけるプラスのことは、全てやっていたのではないだろうか。そのうえで、「それはその時のノリだった、お前のことなんか仲間だとは思ってない」とか言われたら……


「……何ふるえてんの?」

「……もしも俺がそんな立場にいたならって想像したんだよ」


 一生独りでいる自信が出てきた。


「だ~いじょうぶ。その時はアタシがアレくんを養ってあげる」

「……ヒモ生活かぁ」


 突如会話にシーが乱入。……いいかもしんない。


「いいわけあるかぁ!」


 メルが突っ込みを入れた。おっと。心の声が漏れていたようだ。

 結局ガヤガヤと朝飯を済ませ、冒険者組合へといかなければならないメルと別れ、俺とシーはハンターギルドへと向かった。






 メルフィナは、アレックスとシスティナと別れ、冒険者組合へ来ていた。いつもならパンディックの連中がいるはずだ。今日はパーティで決めた休暇明け。この時間なら連中はすでに来ているはずだが……


「誰も来てない?」


 併設された酒場には、夜通しの仕事が終わったのか、妙にテンションの高い冒険者がワイワイ騒いでいた。そちらにはランドルフたちはいない。

 なら依頼ボードの前、とそちらに目をやるがそこにもいない。

 もうすでに受付か? と考え、受付に目を移してみてもやはり知った顔はいない。


「今日まで休みだったっけ……?」


 顎に手をやり、組合のど真ん中で考え始めたメルフィナ。ちょっと色ボケ期間があったため、どうにも過ごした時間があいまいだった。冒険者たちがメルフィナを訝しく見るのだが彼女は気付かない。どう考えても邪魔なのだが、メルフィナが感づいてる様子はない。


「あ、メルフィ! ちょっと聞きたいんだけどいい?」

「あ、おはよう、レイラ。どうしたの?」


 組合の受付嬢レイラ。リベンジデルタの頃から、たびたび担当してもらい、今では公私ともにいい関係が築けている、稀有な存在だった。

 メルフィという呼び名も両親から呼ばれていた愛称であり、アレックスに呼んでもらっている「メル」よりも実は呼ばれている年月は長い。


「ね、ね? なにやったの? アンタ」

「……別に何も」

「あら? 知らない? 組合長も大慌てだったのよ」

「だから何を……?」


 正直なところ、なぜこんなにもレイラがこんなにも取り乱しているのか分からなかった。


「パンディックが解散したのよ。アンタ加入前だったから連絡行かなかったのかしらね?」

「はぁ!?」


 メルフィナは襟首を引っ張り、胸元を確認した。


「……ない」


 大芝居を打ってまで、変更した契約。相手に何かしら身体的なペナルティを課す場合、呪印というものがサインをした全員の胸元に刻まれる。違反をした場合、この呪印が発動し設定したペナルティが自分にかかるはずだった。メルフィナ達は死を覚悟の上で、あの契約を結んだはずだったのだが……


(パンディックがなくなったから……かしら。似たような理由で前の契約も破棄出来たってことね)


 わかっていれば、パーティを解散するだけで契約は破棄出来たようだが、アレックスの命がかかっていた以上、無茶なマネはできなかった。

 メルフィナはレイラにパンディックがどうしたかを聞く。


「……わからないわね。あれから街では見かけないし」

「そう……」


 解放されたとは考えにくい。ならば、どこで何をしているのか? 知らなければならないのに、付けたはずの紐はすでに切れている。


「ひとまずアレク達と相談ね。後は……レイラ」

「何かしら?」


 気軽に答えるレイラだったが、次の一言で顔が引きつる。


「あたし、冒険者辞める」

「……冗談でしょ?」

「ホ・ン・キ」

「……組合長、大丈夫かしら」


 とてもいい顔で辞意を告げるメルフィナ。あんまり心配していなかったレイラだが、口だけは心配しているという感じを出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る