第26話 契約の穴

「はぁ? 新しい契約を結ばされた?」


 時は遡ること2日前。組合内で新しい契約を結ばされたランドルフたちはすぐさまメンバーを招集する。もちろんメルフィナは除外だ。そして全員でやって来た場所は……


「何やってんのよ……アンタらは」

「……すみません」


 アレク担当の組合受付嬢、ビアンカのところだ。いつもの間延びした口調とは全然違う、これが素の喋り方だった。






 ランドルフたちはビアンカを連れてとある薄暗い店に入っていく。顔パスなのか、店の主人はすぐに店のバックヤードへと顎をしゃくった。「使え」ということだろう。奥には小さなテーブルと椅子が何脚か。おのおの座りたい場所に座り、座りたくない者は壁にもたれて腕を組んでいる。そんな中、ビアンカが口火を切る。


「見せてみなさい、契約書。写しあるんでしょ?」

「はい……」


 メルフィナ以外のパーティ全員揃ったのは良かったが、契約書の中身の話になるに決まってるとマルコが言いだし、ビアンカのところへ行く前に、組合にもう一度写しを取りに行った。原本はきっちり保管されているが、本人の確認のため写しの持ち出しは許可されている。


 ビアンカは差し出された写しを読み込む。とはいえ、大した分量があるわけでもなく、すぐに読み終わり興味がなさそうにランドルフの足元へと放り投げた。


「……前の契約も大概だったけど、今回の契約も大概ね」

「前の契約って……お前が作ったんじゃないか」

「あんなザルな契約を律儀に守るなんて想定外だったわ。一般人というのは善良なのね。無理難題でも言って強引に契約不履行にして、とっとと身柄を確保するもんだと思ってた」


「これだからスティーラーズ上がりは……」とぼやく、ビアンカ。その発言に対しランドルフは憤る。


「俺たちだって本隊に認められたから、工作員として単独で動けるようになったんだぞ!」

「初めての仕事だったわね。だったらまだ早かったみたい。もう一度スティーラーズに戻って、農村部で人さらいでもしてた方がお似合いかしら。”PANDIK”なんてちょっと頭を使ったつもりか知らないけど、ただひっくり返しただけよね。”KIDNAPひとさらい”って気付かない奴がバカ、とか悦に浸ってたのかしら。そこらへんがまだまだだって言うのよ。だいたい準公共の組織で使うとか本気で頭がおかしいとしか思えないわね」


 わりと頭を使ってひねり出した、自信のあるパーティ名だったが、ボロカスにけなされるランドルフたち。ちなみに発案はユリウスだった。メガネの奥の瞳が澱んでいる。


「この前の契約が大概だってのなら、この契約も大概なのか……?」


 あまり喋らないオリバーが発言する。「はぁぁ……」と深いため息をついたビアンカが口を開く。


「挙げればキリがないのだけど、いくつか。―――上記の旨を守る限り、リベンジデルタのアレックスの命は保証される―――って文言があるわね?」

「あ、あぁ」


 気圧されるランドルフ。他のメンバーも似たようなものだ。


「誰によ?」

「は?」

「だから誰に保証されるの? 組合? 領主様? それとも国? アレックスとシスティナは魔物と戦っても命を保証されるの? しかもその条件がメルフィナがパンディックに入ればいいだけ? たったそれだけであらゆる脅威から誰とも知らない存在が命を保証してくれるの? これだけですでにおかしいと思うのだけど」

「「「「……」」」」


 言われるまで気付かなかった彼らだが、言われてみればかなり穴だらけである。


「まだあるわよ。―――この契約を破棄する場合、パンディック並びに元リベンジデルタ、両者合意の上の決闘にて決めるものとする―――と―――この契約が達成された時、元リベンジデルタのメルフィナとシスティナの身柄は、パンディック並びにそれに準ずる者の物とする―――いう文言ね」


 まだあんのかよ……と思う彼らだが、穴は多いにこしたことはない話をしているので、黙って続きを聞く。


「この書き方だと、決闘で破棄が決まった時点で、あなたたちの物になるという解釈も可能になるわ。……付いてこれてる?」

「あ、あぁ……」


 ホントはもういっぱいいっぱいだが、変なプライドが邪魔をして理解できているという態度をとるランドルフたち。その様子を白けた目で見るビアンカ。


「ハァ……まあいいわ。そして最後に1つ。いくつ条件が達成されたら契約満了かが書かれていないわ。1つだけでも? それとも全部? 1つだけでいいなら、メルフィナがパンディックに加入している時点で、契約は成り立つ。全部なら、そもそも矛盾がある。こんな契約あってないようなもんよ」


 やれやれという感じを隠そうともしないビアンカ。余裕がありそうな雰囲気が感じられたので、ランドルフは尋ねた。他の連中はランドルフに丸投げである。


「で、結局どうすればいい?」

「……」


「ランドルフたちはスティーラーズからやり直しだ」と閣下に進言しようと心に誓うと、ビアンカはランドルフたちに答えた。いくらなんでも無提案はあんまりすぎる。


「……一度ドクターのところへ帰って、”魔人”を借りてきましょう。……アレックスは邪魔ね。見せしめがてら樹海で始末しようかしら。あなたたちには1つやってもらいたいことがあるんだけど」

「なんだろうか」


 ―――パンディックを解散しなさい。


 ビアンカはそう告げた。いまいち理解が及ばないランドルフはビアンカに訊ねた。


「なぜだ?」

「この契約はパンディックがなければそもそも成立しないからよ。自由に動きたいなら、パンディックという括りは邪魔なだけね」

「なるほど」


 というランドルフにうんうんうなずくメンバーだったが、今いちはっきりとはわかっていなかった。もちろんビアンカにはもろバレであったが。


 こうして彼らはパンディックを解散。魔人を借り受けるべく、マーカムを出た。


 裏でアレックスたちがイチャコラしていた頃の話である。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 考察が甘いのは勘弁していただきたい。これが僕の精一杯です。

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