第23話 ホントのことは墓まで持ってけ

 女将さんと倒れたままの旦那さんと別れ、部屋の片づけのため俺の部屋へとやって来た。メルとシーは途中で自分たちの部屋へと戻っていった。


「呼ぶまで来るんじゃないわよ」


 ギラリと睨むメルにうろたえる俺。……お前ら荷物どうやってギルドの寮まで持ってく気だ? 俺はもちろんオスカーに丸投げだ。さて、とは言うものの俺の私物はそんなに多くない。着替え、金庫の中の貴重品、武具類など……まぁ低等級だったしな。金回りも別に良くない。オスカーに回収を丸投げした。金庫は開けておいた。


『おまかせください』


 俺の影がオスカーによって歪められ、部屋の中にあった俺の私物を取り込んでいく。……自分の影に物体が沈んでいくのは、コイツらと知り合って結構経つがなかなかなれない。


 ……3年もこの部屋にいたのか。私物をすべて回収した影は、元の俺の形に戻る。きれいに整えられたベッド。簡素だがしっかりした造りの机と椅子。貴重品を入れる金庫。元々はたったこれだけだった。

 家族を失い、故郷を失い、後始末をしに来た騎士の兄ちゃんに聞いた一番大きな街がここ、マーカムだった。なんやかんやでここに落ち着き、独りぼっちだった俺にも大事な人ができた。しかも2人。あ。


「いろいろあって忘れてたなぁ……オスカー、カーリーさんの腕輪出してくれねぇ?」

『畏まりました』


 相変わらず硬い話し方をする奴だ。ぬるりと影から3つの腕輪が出てきた。相当頑張ってくれたらしいからなぁ……相当話も長かったし。きらりと輝くやや緑がかった白銀と呼んでもいい色合い。一つ一つ丁寧に彫られた装飾。そして3つ別々にはまっている小さな宝石。


 俺の腕輪には『水晶』

 メルの腕輪には『レッドスピネル』

 シーの腕輪には『インディゴライト』


 俺のだけ安いのになったのは、ただの予算の問題だ。だけど2人の分は奮発したぞ。宝石に意味があるらしいが俺は知らん。……知っていて薀蓄をかますのもうざい男っぽくて嫌だ。一応魔力の色で区別している。


『感慨深いねぇ』

『思い出たくさんありますね』


 うっせえわ。ヴァイスとラウラも混ざってきた。メルの感じだと俺に見られたくないもんもありそうだし、結構かかるかもしれないな。仕方がないのでヴァイス達とコミュニケーションをとることにした。大事よ? ホント。






 あーだこーだと話していると、ノックもなしに2人が入ってきた。何やら微妙な顔をしている。


「おー。終わったか?」

「……アンタ何独り言ぶつぶつ言ってんのよ」

「1人ツッコミとかアレくんどうしたの? ヤりたりない?」


 十分っすわ。……そうか、この声俺にしか聞こえてないんか……今気づいたわ。ひょっとして今までもヤベえシーンあったんじゃね? 俺はガックリとうなだれた。


「……」

「ちょ、どうしたのよ、アレク」

「今気づいたんだよ……取り返しがつかないことにな」

「はぁ?」


 本気でこいつ大丈夫かという顔をするメル。いやそんなか「あー!!」……なんだようるせえなシーは。何でかい声出してんだって言おうとしたら、腕輪を見つけたみたいだ。


「アレくん、これどうしたの?」

「……青いのがはまってるのがシーの、赤いのがメルのだ。もうすぐ知り合って丸2年だろ? これまでありがとう、これからもよろしくってことでカーリーさんに作ってもらったんだ」

「あたしにも……」

「うわぁ……ステキ……」

「喜んでもらえて何よりだよ」


 まさか一昨日には手切れのつもりだった……なんてことをアイツらが聞かされた日にゃ何されるか分からんな。こういうのは綺麗な思い出のままでいいんだ。だからホントのことは墓まで持っていくことにした。


 キャッキャしている2人に俺は尋ねる。


「そっちはもう終わったのか?」

「「……」」


 どうやら終わっていないようだ。






 ぐ…っちゃああああぁぁぁ……って感じの部屋だった。服、化粧品、アクセサリー……相部屋だから、物は普通に二倍である。


「これである程度片付いたの?」


 メルがクイッと首を向こうにやると、でかいカバンらしきものが完全に閉まらず、その中にも服が入っていた。でろりとはみ出ている服もある。


「何でこんなに服があんの?」

「憂さ晴らし……かしらね」

「どんだけ憂さがたまってたんだよ」


 魔法で魔物を丸焦げにするだけじゃ我慢できなかったのか? やべえほど抱え込んでたんだな。


「アタシのはほとんどないよ」


 シーが体全体でこちらでーす、みたいに案内してくれるとこじんまりとしたカバンが3つあった。まさかシーのほうが片付けできる子だったとは……


 こんなもんいつまでも人力で終わるか。なので人外の力を借りることにした。……オスカーはたぶん人外だと思うんだよ。何せ影だし。


「オスカー、頼むわ」

「は? オスカー? ちょっとアレク、何言って……」

『畏まりました』

「「え?」」


 俺の影が再び歪み、部屋全体を覆っていく。宿の備品以外をずぶずぶ呑み込んでいく……


「ちょ、アレク。アンタ何やってんの? ……これアンタがやってんのよね?」

「おぅ。もうちょっと待て、すぐに収納が終わる」

「はぉ~……」


 ややあって、部屋の私物はほとんどのみこまれた。忘れ物は……ガッ! とメルが胸ぐらを掴んでくる。幸い首は締まっていない。


「なんだよ!」

「あたしの服は?」

「なんだ? 着替えたいのか?」

「ちがうわよ! どこ行ったの? 服!」


 コイツはどんだけ服が好きなんだ。


「ちゃんと収納してある。寮に着いたらちゃんと出してやるから」

「……説明してくれるんでしょうね」

「ちゃんと話す。さっきの独り言と関係ないわけじゃないしな」

「……ねぇ、アレくん」

「なんだ? 影の話なら後で……」

「アタシのカバンだけ、置いてあるよ……なにこれ、イジメ?」


 うおっ! そんな悲しそうな顔するんじゃない! あ! 本当にカバンだけおいてあるじゃねえか。オスカー! 何のマネだ!


『ご主人様の思考が、この部屋にあるものをすべて収納してくれというものでしたので。そもそも「頼む」だけでは……』

「……」


 困ったような声のオスカー。……ヴァイスにラウラ、お前たちが面白がっているのを、俺は感じているぞ。

 シーのカバンはキチンとしていたから、その範囲から外れたというのか……


『以後きちんと指示を出していただければと』


 すみません。


 泣きそうなシーをいい子いい子して、何とかなだめた。メルは俺のケツを蹴り上げてきたが、そちらは無視だ。もともとお前のせいなんだからな。

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