第17話 辿りついた真実(仮)

 あれからどこにもよらずに2人と一緒にカナリア亭に戻ってきた。そして今、俺の部屋で3人思い思いの場所に座っている。のだが……


「……ちょっと離れてくんない?」

「いいじゃない、別に」

「うへへ……」


 俺がベッドに腰掛けると2人は両サイドに陣取った。メルはつんけん、シーはなんかだらしない笑顔で不穏なセリフをつぶやいている……女子の匂いが俺の鼻を刺激する。ちょっとたまらん。

 その後何を言ってもどかなかったので、もうそのまま話をすることにした。


「んで? 何したんだ?」

「あのね……」


 マジメ顔に戻ったシーがそう言って話し始める。メルも追加で情報を足していくが、2人から聞かされたのは全く想定していない出来事だった。正直どこの誰の話だと思ったのだが、ここのメルとシーの話で間違いないようだった。……俺の知らないところでそんなことになってたなんて。


「気付いてやれなくてスマン」


 素直に頭を下げた。……そっぽを向かれそうになってたなんてとんでもない。この2人に守ってもらってたんだ。……情けねぇ。


 2人に起こったことを、俺がハンティングエイプに襲われ、気を失ってから起こったことをダイジェストで表わすとだいたいこんな感じになる。


 ・1匹倒したところで、追加で2匹現れる。


 ・2匹もパンディックが倒してくれるのかと思ったら、突如取引を持ちかけられる。


 ・マルコとオリバーが2匹をけん制している中、2人にランドルフがあることを確認する。


 ・森の中にまで持ち込んでいた契約書にサインしてくれるなら、助けてやるし俺も運んでくれると言い放つ。


 ・契約書を読んでふざけるなと一瞬思ったが、俺は大ケガで瀕死、なおも危機が続行しており予断を許さない状況から、正常な判断はできずサインをしてしまった。


 ・後からよくよく写しを読んだら、自分たちの身柄が必要なのにあの場で見殺しになどしないと気づいたが時すでに遅し。


「……なるほど」


 結局のところ……俺が弱いから、2人に無理をさせてしまった。根っこはそこだった。俺が強かったら、あんな大猿なんかに負けなかったわけだし、パンディックの力を借りる必要もない。わけのわからん契約を結ばされることもなかった、というわけだ。2人にとってのメリットはせいぜい等級が上がったことか。入院中に5級に昇級してたわけだからな。付き添いは奴らだったようだが。


「まぁ、確かに強かったから命は保証されてたわ。あたし等のまっさらな身柄が欲しかったみたいだし。アンタよりは前衛が強かったから、安心感はあったわね。……全然うれしくなかったけど」

「ねぇ。『お前ら処女か?』って聞かれた時、正気かコイツって思ったもん。前にはアレくんを吹き飛ばした猿がよだれ垂らして前のめりだし」


 そう。ランドルフが聞いた『あること』それは……


 ―――処女であるかどうか。


 いい歳した大人の男が、まだ少女と言っていい年齢の娘に対して口にしていい言葉とは思えない。しかも状況が状況だし、頭がおかしいとしか思えない。

 確かに年齢的にすでに済んでいてもおかしくはないのだが、少なくとも俺は手を出していなかった。……引け目のようなものを感じていたからな。釣り合う男とも思えなかったし、他の男に手を出されてもまぁしょうがないかなと。その程度には卑屈になっていた。その相手が実はランドルフなんじゃないかと思っていたんだが……

 ただ少し気になることがあった。


「なぁ。エイプってあんなとこに出て来ねえだろ、普通」


 確かにあのとき薬草を探してうろついていたのは確かだが、深域の浅いとこにいるアイツらが出てくるほど奥に入ったとは思えなかった。なのにあそこにいた。しかも興奮状態で。


 何故ハンティングエイプなどと言われているかといえば、冷静に相手を見極めるように静かにたたずみ、行けると思えば苛烈に襲い掛かってくる。そんなところが狩人に似ていることからなぞらえて名前を付けられたと言われている。いきなり興奮状態で現れることがそもそもおかしいのだが、まぁ俺らが弱くて行けると思われたなら、あそこにいてもおかしくないのか……? でも基本アイツらは群れないし……


「ひょっとしてアレクもおかしいって思った?」

「メルもか?」

「あたしもー」

「シーも?」


 全員おかしいって思ってんの? ……確かに俺らの後ろをランドルフたちがコソコソついてきてるって絵面がどうにも想像できん。そこへ生息域でもないエイプが襲ってきて、パンディックが加勢に入る? んで、1匹倒して残りをけん制しながらおかしな契約を迫る? 事実としてエイプに襲われてパンディックに助けられてるってのがあるから……あ。


「……まさかなぁ」

「……なんか思いついた? アレくん」

「うん。突拍子もない話でもないんじゃないかなって思うんだが……」

「あたしも思いついたことがあるのよ」

「アタシも」


 また全員?


「じゃあせーので言ってみようか」


 シーの「せーの」という音頭で全員が口にした。


「「「パンディックがハンティングエイプをトレインしてきた」」」

「「「……」」」


 わりと普通な意見が、ばっちりハモった。これが推理の末に行きついた答えだが、あまりにしっくりくる。

『トレイン』とは追われていた魔物を他人に擦り付ける行為だ。魔物を怒らせた場合、多くは冷静さを失い、目についた動くものに襲い掛かるという性質がほぼすべての魔物にはある。それを利用し、わざと他人の近くにまで行き、姿を隠しターゲットを変更させる、マナーもへったくれもない行為である。擦り付けられた方は碌な準備もないまま、いきなり襲われるわけだから大概大ケガする。怪我で済めば御の字で中には命を落とす連中もいる。組合でもさすがにそれは禁じているが、樹海の中で何があるかなんてわからないから、行儀の悪い奴がいても別におかしくはないだろう。

 アイツらの実力なら深域の手前ぐらいまでは行けるだろう。等級的に問題ないはずだ。別に深域まで入らなくても、手前でアイツら見つけて、冷静な判断をできないようにして、追っかけさせて俺らにけしかける……

 うん、別におかしくないな。そう言うと……


「どうやって怒らせるの? 冷静さがウリなんだよね?」

「石とかぶつけるとか」


 幾ら冷静でも、何とも思ってなくても、いきなり石をぶつけられたら、誰でも猿でも怒るだろ。


「初めからお前らが狙いだってことか?」

「結論が正しいなら、初めから狙ってたってことだよね」

「契約書をわざわざ持ち込んでたんだし、間違いないでしょ」


 ここでおかしな内容の契約書が、アイツらの行動が行き当たりばったりではなかったという証拠になってしまう。


「街の中で結ぶ気はなかったのか?」

「あんな頭のおかしい契約、冷静だったらまずサインなんかしないわよ」

「だよねぇ……」


 街中で「処女か?」なんて聞かれて、正直に答える女もまずいないだろう。……ランドルフならいけるか? マルコはムリだ。


 とりあえず結論は出た。奴らはクロだ。たぶん。


「いや、そんなん知ってるし」

「今更ね」


 お前らにとっては今更でも、俺は今聞いて、今気づいたんだよ!

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