第10話 7級冒険者 テレンス

 ……ついに到着した。冒険者組合に。わりとゆっくり歩いたつもりだったんだが、いつかたどりつくのは自明。特にシーが「今日は何をする?」としつこく聞いてきたのは、ホントに困った。


 ―――ギィィィ……


 組合は昔から存在することもあって、建物自体がかなり古い。呼び鈴がわりとばかりに両開きのドアがきしみ、その音に建物の中にいた冒険者たちが反応。俺だとわかると、何やらニヤついた顔を向けてくる。ただ今日は……


「相変わらずムカつく顔向けられてるわね、アレクは」

「まったく……アンタらそんな顔人に向けられるほど強くないっしょ」


「あれっ?」という顔をする冒険者たち。ここ最近はパンディックとつるんでいたメルとシーがなぜか旧メンバーと行動を共にしていることに、戸惑っているようだ。なんだったら、すでにパンディックの一員だと思われている可能性もあるな。……というよりシーさんや。その発言は少々傲慢じゃありませんかね?


 そんな風に思っていると、どうも身形がよろしくない、素行の悪そうな冒険者が出てきた。……誰だろう? 冒険者歴もそこそこ経つが見たことないな。別に全員と知り合いというわけでもないし、昔からいたと言われたら「あぁ、そう」としか言いようがないのだが……こんな個性的なやつ昔からいたら噂にぐらいなるだろ。


「あら、テレンスじゃないの。何か用?」

「何か用じゃねえよ。誰だよコイツ? 俺の誘いを断ってなんでこんな冴えないのと一緒にいるんだ?」


 お前こそ誰だよ。そう思ったが、どうも2人とも知り合いみたいだ。俺を無視して話し始めたので、そそくさとテレンスとか言う奴の視界から外れることにした。


「あたしたちが誰と一緒に居ようがアンタには関係ないでしょ」

「いーや、関係あるね。俺が気に入った女が、他の男と一緒にいるなんて我慢できねぇ。そんなのとっととどっかやって俺と組めよ」


 ほぉ……パンディック以外にも声掛けられてたのか。さすが5級。殺しまでできるようになると、壁を乗り越えたと認められて強い奴から声掛けられるらしいしな。


 冒険者等級の一つの壁は”6級”と言われている。なぜかと言えば簡単な話で、5級に上がるためには”犯罪者の殺害”というのが、必要になってくるからである。

 当たり前だが人に武器や魔法を向けるのは相当なストレスがかかる。……ちなみに俺には無理じゃないかなと思っている。村を壊滅させたほど憎しみを持つ盗賊なら、できる……とは思う。ただ、「思う」だけだ。実際に面と向かって、刃物を振り下ろす覚悟はあるのかと言われれば……分からないとしか言いようがない。自分が人間を殺しているところが想像できない。ただの犯罪者相手では、今のままではできるとは言えない。

 ……やっぱり俺は冒険者には向いてないのかもしれないな。たった今起こった出来事で、メルとシーに対して何やら溝があると思った。


「何言ってんのよ。たかが7級風情が声かけてくんじゃないわよ」

「なっ! ふざけんな! 俺はいつか特級まで上り詰めるんだ! だからお前らには俺の隣で俺の成り上がりを……」


 あーだこーだとメルとテレンス? が言い合っているが、俺にはメルの発したあるフレーズが気になった。

 ……『たかが7級』。そうだよな、やっぱ等級って大事だよな。ちなみに俺はさらに低いだからな。その辺分かって言ってんのかな……無意識だとしたらそれはそれで、俺にとっては残酷な話だ。


「アレくん? どうしたの?」

「あぁ……やっぱりそうだよなって改めて思ったんだよ」

「?」


 可愛く首をかしげるシーに、思った通りの言葉を口にしたのだが、いまいちピンと来てないみたいだ。自分たちがということに。騒ぎが全く収まらないうちに、そこへまた新たな乱入者が現れた。


「その辺にしておきたまえ、テレンス君」

「チッ……ランドルフか」


 組合で一番強いと言われているランドルフがそこへ割って入ってきた。……なんでアイツがいるんだ? 3日は休みとか言ってなかったか? その後ろには杖を持ったユリウスがいる。


「……チッ、ホントに来たのかよ」

「? 何か知ってんのか?」

「……なんでもない」


 歯切れが悪いな。シーにしては珍しい。まぁ……いいか。あっちはあっちで任せても。やいのやいのとやっている連中を尻目に、俺はシーに声を掛けた。


「システィナ、ちょっと一緒に来てくれ」

「アレ、ほっといていいの?」

「かまやしない。お前だけいてくれればそれでいい」

「……えへへ。いいね、そのフレーズ。もっかい言ってくんない?」

「何言ってんだ? ほら、行くぞ」

「アレくんのいけず~。ケチ~。意気地なし~」

「何でそこまで言われなきゃならないんだよ!」


 だいたい今のセリフのどこにハマったってんだ?






 俺はシスティナを連れて、カウンターにいるビアンカに向かう。


「あれ? 依頼表のとこ行かないの?」

「……今日は依頼をこなしに来たわけじゃないんだ」


 迷いは先ほどのメルの一言で吹っ切れた。少なくとも同じ等級になるまでは別々に行動したほうがいいと、俺はそう思った。無意識に彼女たちは低い等級の冒険者を下に見ている。その中には当然俺も含まれる。なのでいったん距離を置くことにする。今はっきりと気持ちは固まった。


「?」という顔をしているシーをよそに、暇そうに爪をいじっているビアンカに声を掛けた。こちらに気付いたビアンカは爪いじりを止めて、こちらに声を掛けてきた。俺専属とかいい身分だな、まったく。


「おはようございます~、アレックスさん。そろそろ解散してくれるつもりになりました~?」


 突拍子もないことを言いだしたとシーは思ったのだろう。しかしビアンカの第一声はいつもこれだ。……というかメルとシーにそれ気付かれていいのか? いいように思われたいとか言ってた気がするんだが……


「何バカなこと言ってんの? アレくんがそんなこと言う……」

「あぁ。『リベンジデルタ』は解散する。手続きしてくれ」

「えっ? ちょ、ちょっとアレくん! 何言ってんの?」


 まるでここだけ時が止まったかのようになった。ビアンカとシーはこちらを見て固まっている。……いや違うな、俺はシーのほうを見ていない。というか見れない。シーがどんな顔をしているのか。


 ―――見たくない。


 本音はそこだ。

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