第8話 最後の朝の光景

2018・10・20 改稿


「ふぁぁぁ……」


 ついに決めた別離の日。俺はいつもより少しだけ早く目が覚めた。気分は清々しいが、気持ちはもやもやしている。自分でも矛盾しているとは思うが……まだメルが乱入してくる様子はないな。

 いつも髪とメイクをやらされている俺としては、今日でアイツらの面倒を見るのが最後だというのが……


 ―――さみしい


 足を引っ張っている自覚もあったし、ハンターギルドで鍛えてもらってもいる。だけどあの日、初めて見たパンディックの戦いに匹敵しているとは到底思えなかった。そんなアイツらがメルとシーに目を付けた。俺を無視していることから、自分たちの強さに並ぶ者以外は認めていないのかもしれない。メルたちの目的を達成するためにアイツらの力を借りることは決して悪いことではない。たとえ、いやいや付き合っているのだとしても実力があることには違いはないのだ。だから、身を引くことは間違っていないと思うのだ……思うのだが……


「女々しいなぁ……」


 今どんな顔をしているのかわからんが、あまり人に見せていい顔ではないだろう。なので……


「クリーンアップ」


 冒険者組合でもわりと認められている、白の魔法を使ってこぎれいにした。一端向かえることにした最後を大切に飾るために。






「ねぇ、シー」

「……なに?」


 アレクが自分を持て余している頃、すでにメルフィナとシスティナは起きていた。システィナは起きているとは言い難く、とても異性の前に出していい状態ではなかった。まぶたは腫れぼったく、髪はボサボサ、目やにが目の端にくっついていて、口の端にはよだれの跡、ほっぺにはまくらを押し付けていたのか、斜めに跡が付いていた。


「ちょっとくらい、整えたほうがよくない?」

「え~……いいじゃんか。どうせアレくんにやってもらうんだし。つかお姉ちゃん、今日に限ってなんで櫛通してんの? あ、眉毛も書いてんじゃん」


 いつもは、無礼千万にアレクの部屋に乱入し、寝ている無防備な人に向かってボディブローを放つメルフィナだが、今日は何やら準備万端である。


「……いいじゃない、たまには」

「ほっほう、髪にはお気に入りのバレッタ、うっすらリップまで引いちゃって。気合十分ですなぁ。さてはデートかな?」

「ばっ、何言っちゃってんのかなぁ!? 仕事に決まってんでしょ!」

「……せめてバレッタはやめとかない?」

「……そうね」


 やや浮かれていたことに気付かされたのか、バレッタを取るメルフィナ。代わりにお気に入りのリボンで髪を結んだ。


「……アタシが知らないだけで、やっぱりデートなの?」

「……リボンは邪魔にならないからいいじゃない」


 メルフィナは頑なに、できうるおしゃれをしていった。着ている服も仕事に行く服の中ではフェミニンな雰囲気を出せる一品を着用していた。






 ―――コンコン


「……? はい」

「あたし、メルだけど」

「シーもいるよー」

「……どうぞ」


 どうしたんだろうか? アイツらがノック? 何かの罠か? と思わないこともなかったが、朝っぱらから罠もくそもないなとバカなことを考えた自分を反省し、2人を招き入れた。


「? メルフィナ。もう準備すんでるのか。じゃあ、今日はシスティナだけだな。ほら、ここ座れ」

「ほーい」


 いつもシーと同じぐらいボサボサなのに、今日は服までバッチリ決まっている。……最後だってうすうす気づいてんのかな? ……まぁしっかり準備できてるみたいだし、俺が出る幕はないと判断し、シーを呼び寄せた。


「今日はどれ使うんだ?」

「今日はねー、この香水と……このファンデと……このリ「ちょっと待ったぁ!」……何? お姉ちゃん」


 システィナを部屋に据え置いてある椅子に座らせ、後ろを向かせ今日のコーディネートを確認中、メルフィナが発狂した。


「どした? メルフィナ。なんかあったか?」

「なんかあったか? じゃない! あたしのコーデは!?」

「お前の、って……もう全部終わってんだろ? 俺がどこに手を付ける必要があるってんだ?」

「えっ? あっ……」

「あっ……て、お前……」


 女子の準備は時間がかかる。それはこの2人からまな……んではいないな。いつも俺任せだったし。でも、うっすらとは知っている。男はそこに突っ込まないことがマナーだということも。つまり、あの状態のメルは相当時間をかけたということだ。……デートとかならうれしいんだろうけどな。自分のために、なんつって。だけど今日これから行うことは、別れの儀式だ。……やっぱ気づいてんのか? 


 ―――これから解散するために組合へ行くことに


 最後だから、あなたがいなくても大丈夫的な? そのわりにシーはいつも通りだが……シーはどこ行っても誰がいてもこんな感じな気がするな。


「あたしにもかけてよ。まだ顔洗ってないんだし」

「……お前顔も洗わないでそんなメイクしてんのか? さすがにムリがあるだろ」


 やっぱ気づいてないのか? ……もうわからんので放置だ。どれだけ悩んだって今日やることは変わらん。






 身支度を整えている間、システィナは妙な感覚になっていた。


(なんだろう? 変な違和感が……いったい何に?)


 部屋に突貫しないのはすでに異常ではあるが、そんな大したことではない。


(魔法、はちゃんとかけてもらってるし、お姉ちゃんは……奇妙な行動や言動はあるけど、まあいつも通りだし……)


 パンディックの前では隙をできるだけ見せるまいと、頑なな態度をとるメルフィナだが、気心の知れた仲にいるときはだいたいこんなものだ。思考を巡らせ、システィナはついに答えにたどり着いた。


(……昨日の夜から『メル』『シー』って呼んでもらってない?)


 いつからかアレクが呼ぶようになったあだ名。パンディックの連中にまで呼ばれるのはクソ腹が立つが、アレクが付けてくれたあだ名を、ことさら2人は気に入っていた。実家では『メルフィ』『システィ』と呼ばれていたが、アレクの「長い」の一言で今のように呼ばれるようになったのだ。だが、今アレクの口から紡がれるのは、まるで他人行儀なよそよそしさを感じる、自分たちの正しい名前。


(今日、いったい何をするの……?)


 そういえば、に心当たりが全くないことに気が付いたシスティナは、かすかに不安を感じ始めた。

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