第6話 内なる声
2018・10・15 改稿
俺の故郷が盗賊に滅ぼされて以来、頭の中に不思議な声が聞こえるようになった。
―――『相棒』と呼ぶ者
―――『主』と呼ぶ者
―――『ご主人様』と呼ぶ者
声音の違う3人。当初俺はしきりに話しかけてくるこの内なる声に、頭がおかしくなりそうになっていた。ところが人間、いくら非常識なものも当たり前になっていくようで、徐々にそういうもんかと特に害もなかったゆえ、自分の頭は勝手に折り合いをつけてしまったようだ。
今では、『何時に起こしてくれ』とか頼んだら、その時分に声がかかる。『向こうに魔物がいる』なんて聞こえてきたときに、そちらを捜索すれば本当に魔物がいる等々、すっとんきょうとしか言いようのない出来事が多発した。
周りを見ても誰かに聞いても『ハァ?』としか言われなく、変な子扱いされそうになったので以後周りにそう聞くことはなくなった。勿論うちの2人にも内緒にしている。頭おかしいとか思われたくないし。そしてとうとう俺1人で仕事をするようになった時に、ある現象が起こったのだ。
ある仕事で1人樹海に入った俺は、あまり踏み荒らされていない薬草の群生地を見つけた。ここは大半の冒険者の狩場であるため、この状況がいつまでもあるとは限らない。根こそぎ採りつくすのもマナー違反であるため、現場を保存しなおかつ最大限採取したいと考えた。
「あー……こんな時に底なしカバンがあればなー」
この見事なまでにダサい名前のカバンには、特別な仕掛けが施されており見た目以上のものが入るようになっている、冒険者必須のカバンであった。ただそんな便利グッズの値段が安いわけもなく、俺のような低級冒険者は指をくわえてみているしかなかったのだ。
そんな俺の欲望がダダ漏れになったとき、いつもの声が聞こえたのである。
『ではその役目、私にお任せください』
あぁ、いつものか……と思ったのだが、その時は違った。影がぐにゃりと歪み、次々と薬草を影に引きずり込んでいく。抜かれた場所を調べてみても、場は荒れておらず、根っこは地面に植わったままである。
「?」
あの大量の薬草はどこ行った?と頭をひねると、執事風の声が聞こえてくる。
『ご主人様、薬草の回収は終わりました。ご命令いただければいつでもお出しいたします』
「??」
意味が分からなかったが、「一房くれ」というと影から手の形をした影の手の上に確かに一房薬草がのっていた。これが出すってことかと納得はした。ただ自分の影がにゅるにゅる動くのに慣れるのはしばらく時間がかかった。
その後、いろいろとこの影に放り込んだところ、いくつかのことが分かった。
1―――解体知識のある魔物は放り込んだだけで解体可、解体するしないは自由に決められる。
2―――時間を止めることも緩やかにすることも可、全部放り込んでも、物ごとに時間経過の有無を決められる。
3―――いくら入るか分からない。
分からないこともあるが、おおむね理解はできた。この時にはすでにハンターギルドに出入りしていたのだが、受けた講義の中でこんなことが出来るとは聞いていない……はずだった。
『ご主人様、終了しました。解体台にお出ししてもよろしいですか?』
「頼む」
『御意』
むくむくと影から解体済みのカースドディアーが持ち上がり、台の上へときれいに並べられた。
「やっぱ毛皮と角はダメか~……」
『話になりませんな』
売り物になりそうなのは、やっぱり肉と骨ぐらいだった。
『全くよぉ、相棒。これやったやつは狩りのなんたるかを全くわかっちゃいねえな』
『全くですね。無駄な最大火力で敵をなぎ倒すだけなんて、野蛮すぎます』
相棒と俺を呼ぶのは『ヴァイス』、丁寧な口調で罵倒するのは『ラウラ』。後はアイテム管理人と呼ぶべき『オスカー』。この3人が先ほどの声の内訳である。
『しょうがねえんじゃねえの? もともと討伐依頼なんだろ。殺しの仕事なんだから別に丸焦げだってかまやしねえよ』
ただ討伐するだけで組合から、討伐料がもらえるんだ。カースドディアーなんて結構高いランクの魔物なんだから、結構なお値段するんだろう。俺のじゃないんだし、解体料金は売り上げの2割。十分おいしい。肉と骨を売ればいくらになるか知らんが、オスカーに頑張ってもらったから実質俺は働いてない。魔力を使っただけである。
『恐縮です』
『恩に着るよ』
そんな軽口を叩きながら、組合の受付に行ってさっきの職員に確認してもらった。組合職員は全て、だいたいの目利きができ時間的に遅くてもみれる職員は常駐している。
「この質だと……金貨2枚というところですか」
「これ持ち込んだのパンディックだけどその辺問題ない?」
俺の持ち込んだものだと、いろいろ言いがかりつけて出し渋る時があるしな。
「いえ、そこは問題ありません。ちゃんと引継ぎしてますので」
……まるでちゃんと引継ぎしてないと割引くって言ってるようなもんだよねぇ。とっとと報酬と領収書もらって組合を出てきた。あー……終わった終わった。今日も一日ご苦労さんっと。
『お疲れ様でした。ご主人様』
『オスカーもありがとよ』
とりあえず、依頼主に報告に行くとしようか。確か……
『『ナトゥーラ』ですよ、主』
『成金通りなぁ……』
品がないんだよなぁ。あそこ。
―――成金通り
名前を見るにあまりよろしくない感じがするが、実際もよろしくない。質が大したことないのに、値段が高すぎるのだ。マーカムに住む見る目のない奴はここで買い物をしたり飲み食いできることをステータスとしている。風俗店も普通に紛れ込んでいるのにだ。もちろん、全てではない。ただこの場所では良い物は路地裏で出ていたりする。表のメインストリートはただの虚飾、張りぼてだ。ちなみにナトゥーラはメインストリートに出ていたりする。ただ金は動くので領主様は見てみぬふりをしているに違いない。……だといいな。
『双子ちゃんは見る目がないってことだな、相棒』
うるせえ、と言いたいところだがそういうこった。そうすると、最近つるんでるパンディックの連中も大したことないってことになるんだが……あまり認めたくないな。
『ブーメランになりますものね』
俺に帰ってくるのだ。パーティ組んでるんだし、一応。ラウラさんも容赦ないですね。
半裸の姉ちゃんたちを適当にあしらい、ナトゥーラを探す。
「ナトゥーラ、ナトゥーラ……あった、けど……」
原色の紫で一色塗られた建物、赤い窓枠。煙突からはなぜか黒い煙がもくもく立っている。
「これが……ナトゥーラ……」
『……これが高級店なのですか?』
なかなか予約が取れない店だと聞いていたが……なんというかセンスが……
『メ、メシはうまいんだよ、相棒』
ムリすんなよ、ヴァイス。だいたいお前らメシ食えねえだろうが。あぁ……こんなとこ、入りたくねえなぁ……
カランカランとドアベルを鳴らし、店内に入った俺はすぐに聞き覚えのある声を聴くことになった。
「お前達、なんであんなのと組んでるんだ?」
「アンタらには関係ないでしょうが」
……ん? メル?
声の出どころを探すと……いたいたアイツら。ちょっと疲れてきたのか、場がだいぶ落ち着いている。だが、バカみてぇに酔っぱらったマルコがメルに向かってクダ巻いてんぞ。ランドルフは落ち着いて飲んでて、オリバーはすでに撃沈。マルコは言わずもがなで、ユリウスは……わからん。シーはひたすら飯をかっ込んでいる。何だ、このカオス具合は……
しょうがないからアイツらのテーブルに近づいていく。
「そんなことねえよ。これから一緒にやっていくんだから、お前らのこともっと知っとかなきゃな」
え?
「何言ってんのよ。アンタらなんかといつまでも一緒にやってくわけないでしょ」
「……いいのかい? そんなこと言って」
「……冗談よ。だけど言う気はないわね」
……やっぱり結成した時のこと大事にしてくれてんのか? だけど、一緒にやっていくわけないってのを冗談? ……だんだん意味が分からなくなってきたな。俺がいることにも気づいていないのか、さらに話は進んでいく。
「ふぅん……僕たちよりもアレックスのほうが、やっていけると思っているのかい?」
今思えば、さっさと声を掛ければよかったのだと思う。だけど、最近おかしい2人の心の内が聞けるかもしれないと、待ったのが良くなかった。
「……仕事をするなら、アレクよりもアンタ達のほうがいいわね。後ろから魔法を打つだけで終わる簡単な仕事になるんだから」
はっきりと聞こえた。聞こえてしまった。やっぱり、仕事をするならアイツらがいいのか……最近よそよそしかったのは……そうか、解散したいと言い出せなかったからなのか。頭がくらくらする。
「だけど、性根の腐ったようなアンタらと一緒にいるのは御免だわ」
一緒にいるのは御免でも、仕事はアイツらと一緒がいいのか? ……メシを一緒に食うのは良いのか? ……もうわけがわからない。
いつの間にか奴らが話しているテーブルに近づいていた。
「ア、アレくん……」
メルの横に座っていた、シーが俺に気付いた。シーが何やらおかしな反応を示したことでメルも気付いたようだ。こちらを向き顔が驚きに満ちている。
「ア、アレク……」
二日酔いになるほど酒は入っていないのか、案外ちゃんとした反応が返ってきた。ただ俺の方は相当ショックだったのか、頭が理解できていないのかわりと普通の反応を返した。
「……解体終わったぞ。ほら、これが報酬と領収書だ。報酬は2割でいいんだよな?」
「あ、うん」
「じゃあ銀貨2枚だ」
「あ、うん」
俺は、報酬の入った巾着を渡し、メルはポケットから銀貨を2枚取り出して俺に渡した。
「……はい、確かに。……アンタら明日仕事すんのか?」
俺はランドルフに声を掛ける。
「いや……今日はカースドディアーの討伐でけっこうな稼ぎが出たからね。3日ほど休暇を取ろうと思っているよ」
「……だったら問題ないな。メルフィナ、システィナ明日午前中だけ付き合ってくれ。俺たちにしかできない仕事があるんだ」
「分かったわ……」
「んじゃ。明日な」
そう言って俺はとっととナトゥーラを出た。
『……ついに決めたのか?相棒』
何を、と言いたいところだが、もう事ここに及んでごまかすつもりもなかった。
『もう俺が近くにいるほうが、あの2人には負担になるみたいだしな』
アイツらのほうが、楽だと言っていた。確かに俺といても、常に命の危険は付きまとってしまうだろう。俺にアイツらほどの力はない。メルとシーは敵を討てる強さを求めていた。例えギルドで鍛錬を積んでも、今のパンディックにはきっと敵わない。もしも今、俺にできることと言えば……
―――あの2人を解放してやることしかない。潔く、身を引いてやることしか。
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