第5話 仕事が終わった後の急な仕事ってゲンナリする

2018・11・7 改稿


「おいアレク。ハンターライセンス、できてんぞ」

「早いっすね!」

「そりゃそうだろー。何せ期待のルーキーだからな」

「一応冒険者メインでいこうかなって思ってるんですけど」

「時間の問題だよ。ほら」


 医務室を出てきた俺をギルドのロビーで待ち構えていた、ミラベルさんに手渡されたライセンス。組合証とそんなに変わらない。というかほぼ同じ。等級の数字のところがアルファベットになってるだけだ。『E』って書いてある。


「……ライセンス初めて見ましたけど、デザインとかほぼパクリですよね」

「似たようなのにしとけば、バレにくいだろ」

「バレたらどうなるんすか?」

「……知らない」


 知らねーのかよ。でも何らかの罰則があるってことかな。ただそんな大事の話は聞いたことがないし、どっちにするんだって決めさせられるだけかもしれんな。


「質問、いいですか?」

「おう。何でも言ってみな」

「このライセンスって身分証代わりになるんですか?」

「あたりめーだろ。地道に先輩たちが活動した結果、ハンターギルドの街に対する貢献度はうなぎのぼりだからな。ちゃんと街の出入りに使えるし問題ないぜ。組合証と同じでどこの街でも入市税は発生しない。それにこないだなんか領主のゴットハルト様から激励状が届いたくらいだ。いい仕事すれば、ちゃんとわかってくれるんだよ。ここは」


『ぜひとも頑張ってくれたまえ!』的なものが送られてきたらしい。


「よその街じゃしっかり住み分け出来て、仲良くやってるとこもあるらしいが、マーカムはなぁ……組合長がアレじゃあなあ……」

「……それもそうっすね」


 冒険者組合組合長『マテウス・カペルマン』


 元1級の冒険者だったらしいが……2年前、マーカムの組合に赴任してきて、白の冷遇の原因を作った男である。


「まあ、あんなのどうでもいいよ。別に害があるわけじゃなし」

「俺のとこには火の粉飛んできてますけど」

「なんとかしろ」

「……うす」


 でたわ、根性論。できるんだったらそもそも聞かねえっつうの。


「じゃあ、仕事してきます」

「おう。頼んだぞ」


 ハンターライセンスを懐にしまいながら、ギルドを後にした。


「……ほんと、居心地いいんだよな」


 クソみたいな冒険者組合と比べてしまい、思わず苦笑いが出た。






 今日中に全部できるはずもない仕事量なので、適当にこなしてある商店に顔を出した。


「ちわー」

「あら、アレクちゃんいらっしゃい。頼まれた物出来てるわよ」

「ありがとう、カーリーさん。急ぎで頼んで悪いね」

「いいわよぉ。これ、お連れの2人にプレゼントでしょ? 喜んでくれるといいわねぇ」

「ハハハ……」


 このおばちゃんっぽい対応のおばちゃんは、宝飾品デザイナーのカーリーさん。『カール・ゲッチ』という意味不明の名前の宝飾店を経営している。

 もうすぐリベンジ・デルタが結成されて丸2年、3年目もよろしくという意味を込めてミスリルの腕輪のデザインを頼んだのだ。ミスリル製ということもあって抗魔効果もあり、身に付けていてもシャレオツで小粋なデザインにして下さいと頼んだのだ。正直懐は痛む。というか明日からどうすんだってくらいの値段がする。飯を削り、酒や余暇を控えコツコツと貯めた金は全部吹っ飛んだ。気持ちはやや後ろ向きではあるが、「俺はここにいるよ」というアピールを込めようと考えた。必ず追いついて、お前たちの復讐の手伝いをしてやるのだと、あまり健全ではない想いではあるが、それが俺たちをつなげたことも間違いない。

 すでに情は十分すぎるほど移っており、よほどのことがない限りこの気持ちが絶えることはないと思う。向こうもそうだとうれしいが……最近の態度を見ると、どうだろうなぁ……


「見てよぉ、ここのとこの曲線。手作業でやると大変なのよぉ」

「すごいっすね」


 デザイン自慢を始めたカーリーさんの話は夕方まで続いた……






「だー」


 我がホーム『カナリア亭』の食堂に突っ伏した俺。気力も体力も限界である。


「あ! お帰りアレク!」


 魔物と戦ったわけでもないのにグロッキーな俺の前に現れたのは、女将さんの一人娘クラリスちゃん。御年10歳である。遊びたい盛りなのに、家の手伝いを進んで行ういい子だ。食堂のテーブルでダウンしている俺に気付き、注文を取りに来た。


「今日はね、ホルスタのハーブ焼きとー、キャベツとオニオンののスープだよ!」

「……じゃあそれ頂戴」

「まいどー!」


 元気なのはいいことだ。胸がふんわりとした気持ちになったところへ女将さんがやってきた。


「……どうかしたのかい?」

「……カーリーさんの自慢話、長い」

「あぁ……カーリーの。じゃあ頼んでた物出来たのかい?」

「うん。自慢話が長いだけあっていい出来だと思う」

「アイツの長話はともかく、腕は一級品だからね。成金通りの『ミル・マスケラス』なんか、高い割にデザインが大したことなくてね。最新のやつなんか、金貨30枚もするんだよ。あんなもの買うなんて見る目がないバカだけなんじゃないかね?」


 なんだかプリプリテンションが上がってきた女将さん。まあまあと宥めていると、メルとシーが帰ってきた。


「あ、ちょうどよかったわ。アレク、アンタに仕事頼みたいのよ」

「またかよ。なんでこんなタイミングで持ってくんだよ。今日はもうしまいに決まってんだろ」

「アンタこそ何言ってんのよ。ちょっとでも収入増やしてあげようと思って、仕事持ってきてあげたのに」


 最近、というかパンディックとつるむようになって、俺と距離を置くようになってから、こういう風に解体の仕事を持ってくるようになった2人。組合に頼めばいいのにと思うのだが、少しでも頼られるとうれしいと思ってしまうのはどうしてなのか。


「で? 何の仕事だよ」

「カースドディアーの解体よ。組合に置いてきたわ。職員に聞いてもらえばわかると思う」

「カースドディアーって……」


 素材自体は良い物なのだが、ところどころに破いちゃいけない器官が存在するので、ぶっちゃけそれ専門の解体業者に頼んだ方がいいブツである。


「……本気で言ってんのか?」

「アンタなら出来るでしょ?」

「いや、できるけど……」

「お願い、アレくん」

「お前もか、シー」


急に入ってきたな。別にできないことはないが……


「……マジかよ」


こちらの返事を後は待つのみと、だんまりを決め込んだメルとシー。どよんとした空気をまとい始めた俺を、気にしたのか女将さんがメルに飯はどうすんだと聞いている。


「……ごめん女将さん。これからランドルフたち食べに行くから。成金通りの『ナトゥーラ』って店に今から行くの。じゃあアレク。一番高く売れるように解体お願いね。終わったら来て頂戴」


 返事も聞かず、メルはシーの手を引っ張って、宿を出ていった。……? あんまり楽しそうな顔してねえな。成金通りの飯屋で食うんだったらそれなりに金額かかるんだし、いいとこでご飯食べれて幸せだと思うんだけどな。シーはちょっと申し訳なさそうな顔をしていたが、特に言葉にせず一緒に出ていった。


「……アンタらもうダメなんじゃないかい?」

「……どうだろ? なんか、なぁ……」


 進んで、一緒に行動してるわけじゃないのか?





「お姉ちゃん。アレクとご飯食べたい」

「我慢なさい、シー。アレクに感づかれるわけにはいかないのよ」

「……いつアイツらより強くなってくれるのかな?」

「……わからないわ。だけど……」


―――あの約束を守ってくれると信じたい。






 夕食後、風呂に入りたいところを無属性魔法”クリーンアップ”で表面の汚れだけを取り、冒険者組合へと向かった。

 無属性魔法とは文字通り、属性に沿わない魔法だ。しかも色持ちに無属性は使えず、端から無属性の人間のみ使用可能という特殊、というか街のほとんどの人は無属性であるが、街の人間で使う者はほとんどいない。

 特にいいのは”クリーンアップ””ドレスアップ””メイクアップ”の3種。クリーンアップで小奇麗にし、ドレスアップで持ってる服を全く動かず着替え、メイクアップで髪を整える。女性ならナチュラルメイクからバッチリメイクまで一発OK。どんなふうにするかは、いろいろとアレンジが利く汎用性。これだけで飯が食えるんじゃないかなって最近思う。

 この魔法らだけは俺を、というより白持ちをすべての冒険者が重宝しているらしい。メルとシーには他の冒険者には話さないでくれとお願いしている。バレたら面倒が押し寄せてくるに違いないから。そのメルは寝ている俺をボディブローで叩き起こし、このうちメイクアップのみを仕事前にやらせられるという苦行を毎日行う。しかもそれがパンディックの連中と仕事に行く時だというのがもの悲しさを誘う。部屋に1人残された時の気分と言ったら……


 組合には受付嬢が1人だけおり、かくかくしかじかと聞いたら、組合の解体場に置いてあるという。いやいや答えてくれた態度を見て、「ホント、なんで俺ここに所属してるんだろう……」と倦怠期を迎えた旦那(いろんな人の話を聞くにそんなだろうなと推察)のように諦めの境地で解体場へと到着。こんな時間には当然誰もいないので、獲物を探す……までもなく何やら黒い鹿が、真っ黒焦げで解体テーブルの上にどっかりと横になっていた。


「……なんだよこれは」


 高火力であぶられた毛皮は、毛先が溶けて何本もの毛とくっついており、高値が付く角もこれまた高火力で原形を留めておらず、ぐにゃりと曲がっている。きれいだった目玉も熱で濁り、取れるところなどもはや骨と肉ぐらいだ。カースドディアーはほとんどの獣形魔物と同様、内臓以外はほとんど何かしらに使えるのだが……


「一番高くとかムリだろ」


 さすがにメルの頭の中身を疑った。アイツ頭良かったはずだけどな……どう見たって廃棄処分の代物を何とか金に換えるべく、ある手段を使うことにした。

 辺りを見渡し、誰もいないことを確認。


「オスカー、頼む」

『お任せ下さい、ご主人様』


 俺の頭の中にだけ声が聞こえる。影が伸び、カースドディアーを飲み込んだ。


「どれぐらいかかる?」

『以前、ご主人様が経験されているので……5分くらいでいけるかと』

「そうか。頼むな」

『御意』


 あとは5分、待つだけだ。

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