第4話 医務室で語る、パーティ結成の理由

2018・11・11 改稿


「うぅ……ん」


 目を開けると知らない天井だった。……ウソ、知ってた。訓練中何度も意識を手放してはしょっちゅうここに運び込まれていたから。


「あら、目覚めたかしら」


 つかつかと寄ってくるのは、白衣を着た女性。医務室の主『ドロシー・フレイザー』さん。明るい茶系の髪におめめパッチリな碧眼。縦セーターにタイトミニを着こなす美人さんだ。なお母性はない。繰り返す、母性は―――ガッ


「あだだだだ!痛い痛い!割れる割れる、頭が割れる!」

「何か変なこと考えなかったかしら」

「気のせいっす!」

「私の直感ってバカにできないらしいのよね」

「すみません!」


 どこかの誰かと何かを比べたなどと言えるわけがなかった。






「まったく……しょうのない子ね」


 ……あるじゃないか、母性。最近めっきり見かけなくなった、この優しさに包まれていたい。アイアンクローから生還した俺は、医務室でお茶をごちそうになりながらそう思った。


「それで?今日は何をしでかしたのかしら」

「別に何もしてないっす。ただ調子に乗っただけっす」


 ことの詳細を正直に言ったが、『年上の女をからかうもんじゃないわよ』と窘められた。……うん、悪くないな。


「というわけでそろそろお暇するっす」

「あら、ゆっくりしていってもいいのよ」


 艶っぽい声で引きとめてくれるドロシーさん。今日は休みでもいいかもしれない。……いやいや、ダメダメ。


「一応冒険者組合で仕事受けてんすよ」

「それ、全部ウチから出した仕事でしょう?」

「そうっす」


 ぶっちゃけそれしか仕事させてもらえないし。


「……そろそろちゃんと考えなさい。何だったらウチに来ればいいじゃない。”白”の魔力持ちは歓迎するわよ」

「……前から思ってたんすけど、組合とギルドでなんでこんなに”白”の扱いが違うんすかね?」

「それはギルドの成り立ちが原因ね」


 ドロシーさんの言うところによれば、もともと冒険者組合はならず者を管理するために作られた組織だったそうだ。出来て時代が経つにつれ、色が付いた魔力の強い者の発言権が徐々に強まっていった。理由は簡単で”白”の魔力持ちは他の色持ちが使える攻撃魔法の法定式が組めず、『身体強化』しか使えなかったらしい。白持ちは徐々に扱いが悪くなっていった。そのことが今でも引きずられているとのこと。つい十数年前にブチ切れた白持ちがギルドを創設し、『見返してやる!』と意気込んだのだ。だからハンターギルドには白の魔力持ちしかいない。


「今じゃあ、研究も進んで幻を見せる”幻術”やら魔物をなつかせる”従属”やら属性にはまらない様々な”術”が使えるようになっているけどね。結局は直接ぶん殴ることをサポートするための術でしかないのよ。それに属性魔法は素材を痛めることが多いから、私たちの仕事にとっては邪魔でしかないの」


 こう言った技術を法のような技、略して『魔術』と呼び、魔法とは分けているらしい。「まぁ、色の付いた魔力持ちなんかうちにいないから、属性魔法うんぬんは関係ないんだけど」と言っている。


「でも、こんな便利なものなんで流出しないんすか?」


 ハンターギルドにはそれこそ俺のように”白”をバカにされて冒険者をやめたやつが大半らしいのだが、そんな目にあわされた連中がせっかくの力を組合に漏らすわけもなく、秘密はいまだ守られている。向こうも、バカにしている連中がそんな力を身に付けていることに気づきもせず、今だ自分たちはアイツらより上だと思っているようだ。向こうの油断も秘密が守られている一端を担っていると思われる。


「―――という感じかしらね」

「なるほどなぁ……」


『ずずっ』と出された茶をすすり、「ほぅ」と息をついていると、


「で?どうしてアレクは冒険者にこだわるのかしら?チームを組んでる子たちに惚れてるの?」

「ぶふっ」

「きゃあっ」


 口で楽しんでいた茶を吹き出してしまった。


「んもう!お行儀悪いわよ!」

「すみません!ドロシーさんが変なこと言うから……」

「何が変なのよ。チーム組んで3年でしょ?健全な男女だったら体の関係があったっておかしくないわよ」

「やっぱそうなんすかねぇ……」

「え?……アレクひょっとして……手、出してないの?」

「まぁ……」

「……とんだチキンね」

「言い返したいとこなんですけどね、返す言葉もないっす……」


 元々の結成理由が理由なので、そこまで頭が回らなかったのである。






 俺たち”リベンジ・デルタ”が初めて出会ったのは、およそ3年前。当時の俺は今と変わらず白持ちだったが、今ほどは冷遇されてはいなかった。その時は俺以外にもギルドから回って来ていた初級クラスの仕事を他の低級冒険者もやっていたのだ。ある日、傷を治すためのポーション素材を収穫に行く際、たった1年だけ先輩の俺が、無理矢理自分たちのパーティに組み込もうとしていたゲスな冒険者に襲われていた2人を助けたのが、メルとシーだった。

 礼だということで、組合に併設されている酒場でおごってもらっている時に、冒険者になった理由を聞かれたのだ。あまり話したいことでもなかったのだが、その時は慣れない酒も多量に入っていることもあり、ペラペラと話してしまった。


 俺の故郷の村は、ある盗賊団に壊滅させられた。大人の男たちや老人は男女を問わず皆殺しにされ、女子供はどこかへと連れて行かれた。その中に義理ではあるが俺の妹がいたのだ。何が理由だったのかはわからないが、俺は両手両足の骨を折られ、生かされた。


『悔しいだろぉ。ぎゃはは!力のない奴を殺すのもたまらんが、力がないせいで、すべてを奪われるところを見ることしかできないやつの表情を見るのもたまらんな!』


 舌をべろりと出して挑発してくる盗賊を睨むことはできても、手足を砕かれた俺には手を出すことなどできなかった。舌には妙な刺青が入れられており、なんとなく不愉快な気分になった記憶がある。凶悪なゴーレムを引き連れ、村を蹂躙して回った光景が、いまだに俺の脳裏に焼き付いている。


 なぜか生かされた俺を残し、村人を意気揚々と連れ去った盗賊たちが去って行ってからどれほどだろうか。たまたま見回りで通りかかったオルムステッド王国の騎士団が村の惨状を発見し、俺は助けられたのだ。なお生き残りは俺1人。残りは殺されたか、さらわれたか……


『ただの村人が、生きていくにはどうすればいいですか?』


 俺を介抱してくれていた騎士に俺はそう聞いた。その騎士は嫌な顔もせず、真摯に答えてくれた。


『そうだね……冒険者なんかどうだろう』

『ぼう、けんしゃ……』

『そう。身分の貴賤もない。ただ実力のみが支配する世界。もちろんそれだけじゃないよ。特級というランクまで上がることができれば、国に仕えることができるんだ。世界でただ1つ、成り上がることが出来る職だと思うよ』


 ―――強くなれば、妹を助け出せるかもしれない。ついでに襲ってきた盗賊を皆殺しにしてやる。


 今から思えば、そんなありえないほど前向きのような、そうでもないような理由で冒険者になったのだ。


 そう言って笑っていた騎士を今でもはっきりと思いだせる。そう言って聞かせた2人の顔は微妙だった。『何でそんな顔してるんだ?』って聞くと、彼女たちも村を滅ぼされたのだそうだ。ただあっちは、たまたま出てきたランクの高い魔物だったらしく、はっきりしたことは覚えてないそうだ。ただ、『見ればすべて思い出せる』と言っていたので、そうとうな目にあったことは間違いないと思われる。特徴的な魔物なのだろう。俺は”白”の魔力持ちなんだと言ったのだが、冒険者になった境遇が似ていることと、信用できそうという理由でパーティを組んだ。お互いの復讐相手に出くわしたとき、それぞれサポートするんだと意気込んで。


「―――というわけで今に至るんですけど、はてさてアイツらは覚えてるんだか……」


 どうにもよそよそしい最近の態度にはどうも疑問がわいてくる。……が、どうもその辺の話を振ると変な顔をするのだ。……やっぱり俺よりアイツらのほうがいいんだろうか。


「……きっと覚えてるわよ」


 物思いにふける俺に向け、とても優しい声で優しい目で俺に語りかけてくれた。……この人もいい女だなぁ。包容力がたまらん。


「それじゃあしょうがないわね。頑張って強くなりなさい。きっとミラも手を貸してくれるわ。あの子、あなたのこととても気に入っているみたいだし」

「……うす」


 頭を下げて挨拶をして、俺は医務室を後にした。今日中には無理かも知らんが、早い目に仕事を完遂するにこしたことはない。なにせ、この依頼の向こうには素材を待っている人がたくさんいるのだから。

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