第117話 あの太陽を止めろ!

【前回までのあらすじ】


 灯夜の必死の説得、さらに「彼」の秘密を知った事で、ついに灯夜たちと行動を共にする決意を固めた不知火ミイナ。

 折しも駆け付けた樹希、そして愛音と【紅の竜姫】……一度は争い合った人と妖が、今池袋の街を救うために結束するのだった。


 迫りくる【滅びの落日】。刻々と近づく落着の時……灯夜たちははたして、この脅威を打ち破ることができるのだろうか――――!?




◇◇◇




「……もう一度、おさらいって奴をしておこう。あの【滅びの落日】だが、一度術が発動した後に解除あるいは停止させる方法は存在しない。黒球の落下速度は人が早足で歩く程度だが、まっすぐ真下へ向かうコースは変更不可能だ」


 淡々と語るミイナ先輩。その真上には、まさにその黒き太陽のごとき巨大な黒球――――【滅びの落日】がある。


「そして術の終了条件は……目標地点に到達して爆発するか、それ以前に何らかの方法で爆発させられるか。二つにひとつというわけだ」


「ちょっと待ってくれ。それじゃあどっちにしても大爆発じゃねーか!」


 愛音ちゃんがツッコミを入れたくなるのも当然だ。【滅びの落日】の高度はもうかなり下がってきている。あと数分もあれば池袋の高層ビル群に手が届きそうなくらいに……

 今からではどう爆発させても街は壊滅である。


「仕方があるまい。視界に入る目ざわりな物すべてを吹き飛ばすために作った術なのだからな……まさかアレを止めたくなる日が来るとは、さすがのあたしも思わなかったさ」


 彼女の過去をわずかだけど垣間見たぼくは知っている……【滅びの落日】はミイナ先輩が相当荒れていた時に編み出した術。止める方法が存在しないのも、その時の彼女にはそんな選択肢など必要なかったからなのだ。


「なら、わたし達はすぐにでも逃げる準備をするべきだけれど……ここに居るという事は何か手があるんでしょう、不知火ミイナ?」


 樹希ちゃんはこんな時でも冷静だ。ナチュラルに先輩を呼び捨てにしているけど、わざとなのはみんな解っているからいちいちツッコミは入らない。


「フッ、どうだかな……そもそも、落下前に撃墜するのもそれなりに難しい。アレは先程の……あたしが【アライメント・シフト】で得た膨大な霊力を元に生み出されたものだ。半端な攻撃術では黒球のエネルギー量に負けて飲み込まれるだけ。今のあたしも含めて、この中にアレを破壊できるだけの術と霊力があるヤツはいない――――ただ【一人】を除いては」


 そう言いながらミイナ先輩が視線を向けたのは……


「ふん! わらわの力を当てにしておるという訳か。何とも虫の良い話よのう!」


 豪奢ごうしゃな金髪をなびかせた、紅いドレスの少女――――【紅の竜姫】。今は人の体に角と尻尾に恐竜のような翼が生えた姿をしているけど、その正体は本物の【竜】。

 【アライメント・シフト】状態の先輩と互角以上に戦っていた彼女なら、それだけの力があるのもまた当然だ。


「だが、それが出来たとして……ここでやっては不味いのだろう? ダイバクハツとやらで結局街は粉微塵ぞ?」


「ああ、そうだ。まずはアレを池袋から動かす必要がある。爆発しても問題ないくらいの高度、できれば成層圏近くが理想ではあるが……」


「貴女、自分がどれだけ無茶を言ってるか分かっているの!?」


 前言撤回、やっぱり樹希ちゃんは樹希ちゃんだ。真っ先に声を荒げて先輩を睨みつける。


「落ちてくるのは止められない、術は全部飲み込まれる! これで何をどう動かせっていうのよ!」


「樹希ちゃん、落ち着いて……」


「これが落ち着いていられますかッ!」


 樹希ちゃんのヒートアップが止まらない。ここに来るまでに何か嫌な事でもあったのだろうか? それとも純粋にここでのやり取りだけで怒りが沸点に達してしまったのか?


「まあまあ……先輩もホラ、何も考えずにテキトー言ってるワケじゃないんだろ? ないよな?」


「ああ。幸い動かせそうなヤツには心当たりがある……一人いるだろう。【滅びの落日】を破壊する役には立たないのに、霊力だけはたっぷり余らせているヤツが」


「ここにそんな都合のいい術者なんて――――」


 樹希ちゃんがこの場の面子の顔を順番に見渡し……ぼくの番ではっとその事実に気付いた。


「うん。ぼくならできる……多分、できると思う」


「と、灯夜……!」


「炎や雷では【滅びの落日】は動かせない。だが……【風】ならばどうだ? 上手くすれば、あの黒球を押し上げる事ができるかもしれない。爆発の被害が街に及ばない所まで……」


 かつて、ぼくは同じような状況で風を操った事がある。湖でウンディーネと戦った時だ。あの時ぼくは湖の水を力の源としていたウンディーネを風の力で持ち上げ、湖から切り離して弱体化することに成功したのだ。


 それはぼくがしるふと契約してすぐ後の話。当時は今より使える力も小さかったし、湖の上がまったくの無風状態で苦労した覚えもある。

 けれども、ぼくはやり遂げた……しるふ共々倒れそうになるくらい疲れたけど、あの巨大ウンディーネを空高く舞い上げたのだ。


 今ならば、あの頃よりもっと上手くやれる自信がある。霊力のコントロールだってそうだし、何よりここには「風」がある。池袋一帯を駆ける膨大な風の力を借りることができれば、きっと――――


「成程ね……純粋な霊力ではなく操られた風ならば、黒球に吸収されずに物理的に押し上げる事が可能かもしれないわ」


「オレの水晶じゃあ普通に溶けちまうからな……ここはトーヤの出番ってワケか!」


「ふむ、あれ程の大きさを動かすとなると相当なものだが……お主が出来ると言うからには出来ると思ってよいのだな!」


 みんなの期待の視線がぼくに集まっている。自信はあるのに何だか落ち着かない気分になってきた。


「けれど、すぐには無理だよ。あれを押し上げるにはかなりの風を集めないとだから……」


 時間さえかければ、池袋中の風を集めることは可能だ。けれど今はその時間が惜しい。

 ぼく自身が池袋の街をまわって直接風を集めればいくらか早くはなるけれど、それでも五分以上はかかってしまうだろう。はたして間に合うだろうか……?


「時間が掛かる、というわけか……ならば、その時間稼ぎはあたしに任せてもらおうか」


「ミイナ先輩!? 時間稼ぎってどうやって……?」


「なに、身から出た錆ってヤツよ。あれはあたしの術……その扱いに最も長けているのもまた、あたし自身だ。止める以外であれば、やり様は……ある」


 不敵な笑みを浮かべた彼女の姿には、もはや問答など無用といった力強さがあった。これが先輩の威厳というものか……背中を任せるには充分すぎる安心感だ。


「じゃあわたしと愛音は不知火先輩のサポートに回らせてもらうわ。ここからは時間との戦いよ……分かっているわね灯夜?」


「も、もちろん!」


「それじゃあ作戦開始だ! 止めるぜ……あのくそったれの太陽を!」



 愛音ちゃんの号令と共に、一斉にぼく達は動き出した。おそらく十分と経たないうちにこの戦いは終わるだろう。勝つにしろ、負けるにしろ――――


 いや、絶対に勝つんだ! ぼく達の全力で、必ず…………!!

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