第116話 終わりを越えて、共に
【前回までのあらすじ】
必死の説得により敗北を認めるも、力を貸す為の見返りとしてミイナは灯夜の秘密を要求する。
池袋の街を救うため、隠された真実を明かす灯夜だったが……ミイナはその「月代灯夜は男だ」という言葉をかたくなに信じようとはしなかった。
信じて欲しければ証拠を見せろ――――苦悩しながらも、人としての最大の恥辱を甘んじて受けようとする灯夜だったが……
◇◇◇
「い、樹希ちゃん!」
絶体絶命のぼくの前に現れた、それはまさに救世主だった。
今度ばかりは本当に、本当に絶体絶命だった……この状況で救いの手が差し伸べられた事を、ぼくは神と彼女に感謝せずにはいられない。
「フッ、今頃になってお出ましとはな……お前もあの教師崩れに言われて来たのか? 半人前のこいつにあたしを任せるのはさぞ心もとなかっただろうからな」
「言われなくても来るわよ。こうも好き勝手暴れ回ってくれればね……あの黒い球体も貴女の術なのでしょう? まったく、この忙しい時に余計な仕事を増やしてくれたものだわ」
小さな
「もっとも、わたしの仕事はいくらかこの子が減らしてくれたようだけど」
言いながらちらり、とぼくに視線を向ける。呆れるような、諦めたような……それでいてどこか、誇らしげな笑顔。
それはめったに笑顔を見せてくれない彼女の、貴重な表情だ。
「ふざけるな! まだ何も終わってなどいないぞ!」
対するミイナ先輩は相変わらず不機嫌の極みだ。ぼくが怒らせたせいももちろんあるだろうけど、樹希ちゃんを視界に捉えた瞬間からさらに不機嫌が加速した気がする。
そういえば同じ対策室のメンバーだというのに、樹希ちゃんがぼくの前で先輩について言及したことは一度もない。二人の会話に含まれた棘の本数を見るに……おそらくお互い、顔を合わせたくない程度には険悪な間柄なのだろう。
「こいつはあたしに噓を
「噓? 灯夜、あなた彼女に何を言ったの?」
「ひ、秘密を言えって言われたから……その、秘密を……」
眉間に皺を寄せながら、樹希ちゃんはぼくと先輩の顔を見比べた。そして腕を組んでしばし思索にふけった後……唐突に大きなため息をついた。
「灯夜……まさかあなた、『自分は男だ』なんて言ってないでしょうね?」
「うっ!」
――――図星だ。さすが樹希ちゃん、ぼくが言いそうな秘密くらい当然のようにお見通しである。
「まさにそれだ! どうやらお前も聞かされた事があるようだな……こうもバカバカしい噓を、あたしは他に知らぬ!」
「噓……ね。初めて聞かされた時はあたしも貴女と同じことを思ったわ。こんな馬鹿馬鹿しい事がこの世にあるわけがない、とね……」
目を閉じて再びため息をつく樹希ちゃん。その姿を見たミイナ先輩に、にわかに緊張が走ったのをぼくは見逃さなかった。
「おいなんだその反応は。お前も聞いたんだろこの噓を。噓だろこれは――――噓なんだよな!?」
「はあ、不知火ミイナ……残念な話だけど、灯夜の言った事は真実なのよ。とても、とても残念な話だけど……」
重く沈んだ声で、ぼくの言葉を肯定する樹希ちゃん……本当に心から残念そうな顔をしている。そ、そこまで残念がらなくてもいいだろうに……!?
「な、なにいー!? バカな、こんな
こんなに取り乱した様子のミイナ先輩もぼくは初めて見た。なにもそこまで取り乱さなくてもいいのにっ!?
「そうだ、証拠だ! 月代灯夜、お前が証拠を見せるまでは何も信じられん! 見せろ証拠を――――ッ!」
飛び掛からんばかりの勢いでぼくに詰め寄るミイナ先輩! けれど素早く割り込んでその狭間に樹希ちゃんが機先を制する。
「見たいの、貴女……まあ、どうしてもと言うなら見せてもいいのだけれど」
「なんでそれを樹希ちゃんが言うのっ!?」
「正直見ても、あまり気分の良い物ではないわよ? ただ、信じたくない事実を突きつけられるだけ……確かにあったはずの幸福が目の前でむなしい幻想へと変わり、粉々に打ち砕かれはかなく消え去っていく――――それはある意味この世の終わりのような絶望よ。一生にそう何度もしたくない体験だという事は確実に保証できるわ」
あからさまに嫌な思い出を語る表情の樹希ちゃん。どうしてそこまで……そもそもあの時無理矢理見に来たのはそっちの方だったと思うんだけど!?
「お前……見た、のか――――」
「ええ……見てしまったのよ。そこにあってはならないものが、確かにそこにあるところをね――――」
「…………」
不気味なほど気まずい沈黙が、辺りを支配していた。ツッコミを入れたい気持ちは余りあるけれども、ぼくには沈痛な面持ちで黙りこんでしまった二人に掛ける言葉が見つからなかった。
「四方院、お前がデタラメを言っているという可能性は……」
「無いわ。わたしがこの手の冗談が嫌いだって事くらい、付き合いの浅い貴女でもわかるでしょうに。つまりそういうことよ」
その瞬間のミイナ先輩の表情を……虚無と絶望が音もなく叫びを上げるその顔を、ぼくは当分の間忘れられないだろう…………
◇◇◇
「さて、話も終わったようだし本題に入るわよ!」
「ああ……終わったな……」
「終わってはいけないものまで終わった気がするよ……」
ここに来て、どっと押し寄せる疲労感……正直少し休憩のひとつもはさみたい気分だ。ぼくと先輩の戦いは武力によるものではなかったとは言え、まぎれもなく命がけのものだった。
疲れるのも無理はない、というか当然だろう。
――――けれど。
「何を
「そう……だよね」
そうなのだ。なんとかミイナ先輩を説得することはできたけど、そこはまだゴールではない。
「約束は約束だ、手は貸してやる。だが……実際問題としてあれをどう止める? あたし自身にももう解除はできないんだぞ」
今や視界を覆いつくすほどに広がった、【滅びの落日】――――ミイナ先輩が生み出してしまった黒き憎しみの太陽。池袋の街に迫るこの脅威を打ち破るまで、ぼく達の戦いは終わらないのだ。
「正直、何とも言えないわ。わたしもあまりベストとは言えない状態だし……力ずくという訳にはいかないでしょうね」
そう言われて初めて、ぼくは樹希ちゃんの霊装が所々裂けたり欠けたりしているのに気が付いた。彼女も彼女で、激しい戦いをくぐり抜けてここに来たのだ。
「大丈夫だよ! 樹希ちゃんにミイナ先輩、愛音ちゃんだっている。それに……」
少し離れたところからぼくと先輩の戦いを見守っていた愛音ちゃん、そして――――紅の竜姫。
二人の力も借りれば、きっとどうにかできるはず!
「フッ、あいつと共闘する羽目になるとはな……まあ、今更
「では行きましょう。合流して、まずは出来る事から始めるわよ!」
黒い太陽の下へと、樹希ちゃんが飛ぶ。ミイナ先輩がそれに続く。
ぼくも行かなければ。半人前とは言え、ぼくだってこの状況では貴重な戦力なのだ。疲れたなんて言ってはいられない!
『とーやはとっくにイチニンマエだよ! だって、アタシがついてるんだから!』
「そうか! 半人前でも二人で力を合わせれば一人前だもんね!」
ちっちっち、と指を振るしるふの姿が脳内を横切った。
『アタシはもうイチニンマエだから、合わせてイッテンゴニンマエだよ! とってもお得ダネ!』
しるふのドヤ声を聞いていると何か不覚にも元気がわいてくる。彼女がパートナーで良かったと思うのはこういう時だ。
そう。どんな困難が待ち構えていたとしても……ぼくは決してひとりじゃない。
「さあ行こう。みんなで、この池袋を救うんだ!」
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