第115話 「証拠を見せろ」
【前回までのあらすじ】
灯夜の必死の説得により敗北を認めたミイナ。しかし彼女の協力を得るにはまだ越えなければならないハードルがあった。
力を貸す見返りとして、ミイナは灯夜に対価を要求する。
――――求められた対価、それは灯夜の“秘密”。迷い戸惑いながらも、池袋の街を救うために灯夜は隠された真実を明かすのだった。
「月代灯夜は…………“男の子”なんですよ――――っ!!」
その真実が巻き起こす波乱を半ば予期しつつも、己の最大の秘密を声高に叫ぶ灯夜だったが……
◇◇◇
――――やらかしてしまった本人が言うのも何だけど、やっぱりぼくの選択は間違っていたのかもしれない。
その動かぬ証拠が、ぼくの目の前で渦巻く猛々しい炎と……その中心で炎より激しい怒りをたぎらせた先輩、不知火ミイナの憤怒の形相である。
「――――多少は、多少は見どころのある後輩だと思っていたが! このあたしとした事が、どうやら買いかぶりが過ぎていたようだ……ッ!」
吐き捨てるようにそう口にする先輩。明らかに怒っている。激怒である。もはや機嫌が悪いで済む状況ではない。
「この期に! 及んで! こうも見え透いた噓を
ぼくとの対話で黒き炎の呪縛から解き放たれ、一度は
「そんな
――――半ば、いやそれ以上に確信していた反応ではあるのだけれど……予想よりはるかにその怒りは激しい。
「いや、信じられないかもしれないけど……その気持ちはよくわかるんだけど、これは本当のことなんですよっ!?」
「まだ言うか! 今すぐ土下座して虚言を詫びれば命だけは勘弁してやる。でなければ骨まで残さず焼き尽くすまでだ!」
「だから、ウソじゃないんだってば……」
ああ、ぼくは……ぼくはどうすれば良かったのだろう。素直に真実を告げればこうなることは分かっていたはずだ。ぼくが知る限り、月代灯夜が【男】だと言って素直に信じてくれた人は一人もいない。物心ついてから今まで実に一人もだ。
確かに信じられないのも無理はない。ぼく自身その事実を知らなければ、鏡の中に映る自分を男だとは思わないだろうから。
ぼくに先輩が納得するような適度に信憑性のあるウソを言えるだけの器用さがあれば、きっとこんな事態にはならなかっただろう。
けれど現実にはコミュ障のぼくにそこまで高度な会話テクニックは望むべくもない……そもそも
結局、ぼくにはただまっすぐ真実を伝えることしかできなかったのだ。
「……どうすれば、信じてもらえますか?」
その言葉の先にあるものを、ぼくは経験から知っている。知っていても、言うしかなかった。
「どうすれば、だと? 信じたからといって噓が真になるワケもあるまいに。フッ、そこまで言うのなら、お前がすべき事はひとつしかないだろう」
うう、聞きたくない。けれど聞くしかない!
「証拠を――――見せろ!」
来た……来てしまった。当然にして必然、そしてこれこそがぼくにとって最悪の展開。
口で言われても信じられない以上、明確な証拠を提示して欲しい――――それは当然の欲求だ。
古来より百聞は一見にしかずと言うように、言葉では伝わらない事実も画像情報にすれば文字通り一目瞭然なわけであり……なら最初から見せてくれよ、と思われてしまうのも仕方のないことだろう。
そして残念なことに、この時情報提供側の事情は考慮してはもらえない。見せたくないから言葉だけで納得してほしい……なんて願いははかなく消え去るのみなのだ。
「……本当に見たいですか? 見ても面白くないですよ?」
「面白い面白くないの問題じゃあないだろうが! ここまで
「そ、それはまぁ……」
確かに、証拠はある。見せればきっと納得してはもらえるのだろう。しかし……
「ならば、見せてもらおうじゃないか。何せ物がモノだ、今は持ってないから見せられないなんて言い訳は通用せん。見目麗しいお嬢様が、どれだけ立派なお大事を隠し持っているのか……フフッ、今から楽しみでならんわ!」
ミイナ先輩が、子供のようにキラキラと眼を輝かせながらかつてないほど邪悪な笑みを浮かべている。彼女はぼくが証拠を出せないものと確信し、その“罰”として下半身の露出を強制するつもりなのだ。
それがぼくにとってどういった意味を持つ行為であるのか、真実を目にするまで彼女には理解できないだろう……
ああ、この絶望的な状況。ぼくは思い出さずにはいられない……あれは忘れもしない、前の小学校に転校してすぐの出来事だった。
「お前ホントに男かよ? 男なら証拠見せろよ!」
クラスの男子たちに取り囲まれ、口々に浴びせられた言葉。今ならば彼らの気持ちもわからないではない。同じ男子というには、ぼくの容姿はあまりにも女子のそれに寄り過ぎていたのだから。
そして、小学生の男子に他者の事情をかえりみる深い思慮など望むべくもないということも。
――――結局、その時は見かねた女子が先生を呼んできてくれて九死に一生を得たのだけれど、そうでなければぼくはクラス全員の前でストリップショーを開催していたことになる。
実現していたら、めでたく不登校になっていたことだろう。
あの時の恐怖は、ぼくのまだそう長くもない人生に忘れようにも忘れられないトラウマとなって残っている。それが今、再び繰り返されようとしているのだ。
ミイナ先輩相手には小手先のごまかしなど通用しない。だがそれは同時に、証拠さえ見せれば納得してもらえるということでもある。だから、見せるべきなのだ……現に証拠はここにあるのだから。
けれど――――
「どうか、それだけは勘弁してもらえないでしょうか。ぼくの言葉を……信じてはもらえませんか?」
「くどい! 真実の伴わない言葉に価値など無いわ! 噓でないなら……証拠を! アレでナニなモノをポロリと出してみろ! 今、ここでッ!!」
……どうやらぼくはここまでのようだ。ぼくの言葉は先輩の心を確かに動かしたけれど、やっぱり言葉だけですべてが上手くいくわけじゃない。
何の代償も支払わずに物事が思い通りになるなんて、そんな虫のいい話はありはしないのだ。
「わかり……ました」
池袋の街が今、危機に瀕している。ぼく個人の恥ずかしいとかなんとかという気持ちで話をこじらせている場合ではない。
先輩の言うように、一時の恥を我慢するだけだ……
意を決して、ぼくは腰のショートパンツに手をかけた。魔法少女のコスチュームを物理的に脱いだことは無いけれど、服である以上脱げないことはないだろう。
「そうだ……脱げ! そしてすべてを白日の下に晒すがいい――――」
「そこまでよ!」
ミイナ先輩の高笑いをさえぎって、凛とした声が虚空を切り裂いた。
「後輩の弱みを握って
思わず振り向いた先には、黒く大きな翼をもって悠々と宙にたたずむ……ひとりの少女の姿があった。
「少し、容赦してはいただけないかしら。その子は……灯夜はわたしの後輩でもあるのだから」
「なにい、お前は――――」
その身に紫電をまとい、つややかな黒髪をなびかせた彼女の名は――――
「四方院樹希!?」
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