第114話 月代灯夜の恥ずかしい秘密

【前回までのあらすじ】


 「月代灯夜…………お前の、勝ちだ」


 灯夜の強い覚悟と信念に触れ、ミイナはついに自らの敗北を認める。しかし、それで全てが終わったわけではなかった。

 悪魔の力を借りて放たれた“滅びの落日”は、ミイナ自身ですら止める事が叶わぬという事実。さらにミイナは、池袋の街を救おうとする灯夜たちへの協力を頑なに拒むのだった。


 己の力を利用しようとする者たちとの戦いに明け暮れてきたミイナ。彼女は告げる……助力を望むのなら、相応の対価を支払ってもらうと。


「月代灯夜よ。とりあえずお前の“秘密”を教えてもらおうか――――」



◇◇◇



「ひ……秘密ぅ!?」


 思わず叫んだぼくの変声が、虚空にむなしく響き渡る。


「そう、秘密だ。お前だって十年やそこいら生きてれば恥ずかしい秘密のひとつやふたつあるだろう。それをあたしに教えろと言っているんだ」


「な、なななななぜそんな事を! ぼくなんかの秘密を知ってどうしようっていうんですかっ!」


 そうだ。ぼくの秘密なんか知ったところで、先輩に得があるとは思えない。ぼくは所詮中等部の一年生。あやかし対策室でも新入りの新米術者扱いでしかないのだ。

 秘密を握って脅迫したところで大して役に立たない事くらい、当然分かっているはずなのに……


「なに、知ってどうこうとかネタにしてゆすってやろうなんてケチな話ではないさ。もっとも……お前があたしを裏切ろうというなら遠慮なく公表させてもらうがな」


 裏切りを躊躇ちゅうちょさせるだけの対価……先輩はそう言っていた。それを支払えない者は、彼女にとって信用に値しないということなのか。


「だから、ぼくは裏切ったりしませんって!」


「ならばおとなしく吐くことだな。裏切る気がないなら秘密が広まることもない。一時の恥で池袋を救えるかもしれないのだぞ? それとも……街より自分の身が可愛いとでも?」


「……っ!」


 にやにやと悪い笑みを浮かべるミイナ先輩。ついさっき負けを認めたばかりなのに、まるで立場が逆転したかのようだ。

 いや、もしかしてこれは……


「……先輩、意地悪してますよね?」


「フッ、そうだが何か?」


「――――――――!!」


 こ、こんな状況でこの人は……!


「まさか、負けたのを根に持って? 自分で認めたのに!?」


「どこの馬の骨とも知れぬお嬢様に言い負かされた上、あっさり軍門に下ったとあっては、今までたおしてきた奴等に地獄で笑われるのでな。せめて一矢報いておきたくなったのさ」


 り、理不尽な……けれど、ある意味納得できた。

 ミイナ先輩は最初からぼくに手を貸すつもりだったのだ。けど、ただ素直に従うのでは面子が立たない……過ちを認めたからといってすぐに曲げられるほど、彼女の人生は軽いものではないからだ。


「さあ、観念したならとっとと話すことだな。一応言っておくが、尻がまだ青いとか下の毛が生えてないといったくだらない秘密は受けつけんからな。知られたら人生が終わるくらいのとっておきのヤツを頼むぞ」


 その結果生まれたのが、軽い無茶振りでぼくを困らせてやろうという考えだ。たとえ敗れてもただでは屈しない……不知火ミイナの矜持きょうじとはそういうものなのだろう。


 それが分かれば、あとは彼女を納得させられる答えを用意するだけなのだが……


「そんな重い秘密、普通の中学生にあるわけないんですけどっ!」


 実は妖が見えるとか、魔法少女に変身できるとかいうのは、同じ能力を持つミイナ先輩の前では秘密でもなんでもない。それ以外でぼくが特別なのは見た目がちょっと良いってくらいだけど……これも一目でわかる時点で秘密にはカウントされない。


 ……月代灯夜から見た目と霊力を取ったらどうなるか。残るのはただの平凡な中学生だ。人が喜ぶような愉快な秘密なんてお出しできるはずもない。


「秘密はない、というのも当然却下だ。隠し事がないなどと言う人間ほど逆に信用ならんからな」


「うう……」


 どうすればいいんだ。こうしてる間にも“滅びの落日”はどんどん地表に近づいている。一刻も早く止めないとなのに……


『とーや! キミはジューヨーなコトを忘れてるゾっ!』


「えっなに!?」


 突然のしるふの声が、ぼくを思考の迷宮から引き戻す。


『あるじゃんヒミツ! バレたらソッコーでジンセー終わる系のっ!』


「人生終わるって、そんなレベルの秘密がほいほいと出てくるわけが……」


 言いかけて、気付いた。気付いてしまった――――ああ、なんてこったい。ぼくにはまだ、とっておきの秘密が残っていたじゃないか!


 隠すことがあまりにも日常的になりすぎて、最近では隠している自覚さえなくなりかけたぼくの秘密。まわりのみんながこれっぽっちも気付く気配を見せないのもあって、もうすっかり安心していたのだけれど……そう、これは明らかに秘密。

 バレたら人生終わる――――まではいかないかもだけど、少なくとも今の生活は続けられなくなるというヤバい秘密がぼくには……ある。


 これは確かに、先輩が求めているたぐいの恥ずかしい秘密かもしれない。しれないけど……


「――――えっと先輩。ぼくがこれから言う事、信じてくれますか?」


ミイナ先輩は秘密を言いふらすような人じゃない。その点では安心できるけど、問題はそもそも信じてもらえるかどうかだ。

 ぼくの秘密を知った人は大半が自分の耳を疑い、噓だと断言して譲らなくなる。その度にぼくは何ともいたたまれない気持ちにさいなまれることになるのだ…… 


「信じるも何も、聞いてみないことにはな。まあ、お前がこの期に及んでくだらない噓で誤魔化すような奴ではないことは……信じてやる」


 そう話すミイナ先輩の瞳は期待に輝いていた。うう、人の気も知らないで~


「さあ言え、お前の秘密を! お嬢様の恥ずかしい秘密とやらを存分に晒してみろ!」


「その事なんですが、先輩……」


 大きく深呼吸して、ぼくは重い口を開いた。


「ぼくは……“お嬢様”じゃないんです」


「なるほど、金持ちの生まれではないと……だが、あの学園では別段めずらしい事でもあるまい。家柄にかかわらず、霊力目当てで連れてこられた者も少なくはないだろう?」


「そ、そういう意味じゃなくって……その」


 いざ説明するとなると、実に言いづらい。でも、この真実を理解してもらわないことには話が進まないのだ。


「お嬢様とかそれ以前に、ぼくは……ぼくは“女の子”じゃないんです!」


 ぼくの覚悟と裂帛れっぱくの気合いを込めた言葉が、再び虚空に響き渡った。


「………………」


 それに応じたのは――――沈黙。不知火ミイナは表情ひとつ変えずにぼくを凝視し続けている。

 やがてその無表情のまま、


「……すまない、よく聞き取れなかった。もう一度言ってくれないか」


 と。うん……こういう反応には慣れているんだよ。誰だって、自分が目にしているものが真実だって信じたいんだ。けれど、ぼくはそれを打ち砕かなければならない。彼女にとっての真実が、むなしい幻想にすぎない事を伝えなければならないのだ。


 他ならぬ彼女が――――それを望んだのだから。



「ぼくは、月代灯夜は…………“男の子”なんですよ――――っ!!」

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