第113話 勝利の対価!?

【前回までのあらすじ】


 ミイナが放った禁断の技“滅びの落日”。池袋の街に迫るこの脅威を止めるため、単身彼女の説得へと向かった灯夜。その想いを込めた言葉はミイナの隠された本心を言い当て、ついに彼女の閉ざされた心をこじ開ける。


 自分の戦いが己の死に場所を探すためだった事を明かすミイナ。最強最後の敵と定めた竜姫との戦いを、何故阻もうとするのか。その問いに灯夜は答える……ミイナも竜姫も、共に救うためだと。

 信じた正しさを貫こうとする意志、決して諦めない心の強さ――――ミイナはついに悟る。暴力に負けぬ覚悟と信念こそが、灯夜の持つ力だということに。


「月代灯夜…………お前の、勝ちだ」



◇◇◇



 最初は、聞き違いかと思った。


 だって、あの先輩が……あの恐ろしく強いミイナ先輩が、「ぼくの勝ち」だなんて言うわけが――――


『いやいや言ったって! アタシだって聞いたもん!』


 しるふの声が、ぼくの行方不明になりそうな意識を現実に引き戻す。


『とーやの勝ちだって! つまりアイツの負け! やったねダイショーリだよっ!!』


「ぼくの……勝ち!?」


 いまだに信じられない。けど、ぼくの前に立つミイナ先輩の顔は晴れやかで……その身にまとっていた黒々とした炎の霊装も、今は澱みない澄んだオレンジ色を取り戻している。


「……二度とは言わん。今回はたまたまお前に理があると思っただけだ」


 微妙に視線を外しながら言う先輩の、どこか照れくさそうな声。ああ、これはぼくの知っている荒々しくも優しい彼女の姿だ。

 ――――戻ってきたのだ、不知火ミイナは……怒りと憎しみに縛られた戦場の悪夢から。


「じ、じゃあ……もうあの【竜種】の子と戦うなんて言わない?」


「無論だ」


 や、やったー! これでもう二人が傷つけあう事はない! 問題は解決、しるふの言う通り大勝利だ!


「良かった、本当に……」


 先輩との心と言葉の戦い……ほんの十数分の事だったとは思えないほど、長い戦いだったような気がする。けれど、それも終わり――――ギリギリの綱渡りだったけれど、ぼくは望んだ勝利を手に入れることができた。緊張で生きた心地がしなかった時間も、今では過去の話に……


『とーや、安心するのはマダ早いよっ! あのヤバイ術をナントカしなきゃでショ!』


「ああっそうだ! 先輩、あの黒い太陽みたいな術を今すぐ解除して! 池袋の街が吹っ飛んじゃう!」


 先ほどミイナ先輩が放った巨大な真っ黒い炎の玉の術。今もゆっくり街に向け降下しつつあるあれを止めない限り、大勝利を喜んでなどいられないのだ!


 先輩にもう戦いを続ける意志がない以上、あの術で大破壊を引き起こす意味だってない。先輩だってそう思っているはず……


「……」


「……先輩?」


 不穏な沈黙が辺りを支配する。ただ風の音だけが響く空で、ぼくはミイナ先輩の次の言葉を待つ。


「……月代、残念だがあれは止められん」


「ええっ!? どうして!?」


「あの術――――【滅びghrwb alshams 落日al'akhir】は、あたしがすべてを焼き尽くしたい気分の時に生み出した術。そもそも解除の方法など考えもしていない代物だからな」


 驚くぼくの前で、先輩は神妙な面持おももちで言葉を続けた。


「それにあれは先程までのあたし同様、悪魔の力にって練られたもの。力ずくで止めようにも、素に戻った今のあたしでは無理だろう。つまり、止めようがないという事だ」


「そんな! それじゃあどうしたら……」


「ならんな、どうにも」


 腕組みして押し黙るミイナ先輩。先輩自身がそう言うのなら、きっとそういう事なのだろう……けれど。


「そ、それでも何か方法があるはず! そう、みんなで力を合わせればきっと……」


 一見絶望的な状況だろうとまだ希望はある。ぼくだけじゃなく愛音ちゃん達もいるし、何より先輩がいるじゃないか!

 力を合わせればどんな危機だってきっと乗り越えられる! そうきっと!


「力を貸してくれますよね、ミイナ先輩?」


 そう口に出しながら、ぼくの脳内では黒い太陽をどう攻略するかの思索が始まっていた……のだが、


「何故、あたしが力を貸さなきゃならない?」


「……えっ?」


 その思索は思わぬ一言によって中断を余儀なくされた。


「あたしがいつ、お前の言う“みんな”の内に入ったというんだ? 確かに負けは認めた。あの竜種にも今後一切手は出さん……だが、【滅びの落日】はそうなる前の話だろう。すでに放たれた矢の行き先など、もはやこちらのあずかり知らぬ事よ」


「せ、先輩!?」


 ぎらりと光る眼光がぼくを射抜く。それは紛れもない……非情な戦士の眼。


「勘違いしているようならハッキリ言ってやろう。あたしはお前の仲間になったつもりはない。ただ敵対するのをやめただけ……それだけの話よ」


 な、なんだってー! てっきりぼくとの心をぶつけ合う戦いの末にすっかりわだかまりが消えて、あの頼りがいのある先輩に戻ったと思ってたのに!?


『負けたんならドゲザして仲間にしてもらうのがスジでショーに! コイツめんどくさい!』


 彼女にとって自分の過ちを認めることと、ぼく個人に対する信用とはまた別の問題のようだ。


「それ以上を望むというなら……お前にも相応の対価を支払ってもらうぞ」


 にやり、と暗い笑みを浮かべるミイナ先輩……どうやらまだ、すべてのわだかまりが氷解したわけではなかったらしい。


「た、対価って……」


「フッ、あたしの力を目当てに近づいてくる者は多いからな。当然、そんな奴等の言いなるつもりはないのだが……お前はそれをあたしに望んでいるわけだ」


「そんな!? 先輩の力を利用するなんて事、ぼくは……」


 この局面でミイナ先輩の助力を期待していたのは確かだ。けれど、それは自分の利益のために彼女を利用したいとか……そんなやましい気持ちじゃあ決してない!


「お前にそのつもりは無くとも、お前の仲間になるという事はすなわち、あの学園に手先として利用されるという事だ。例えばお前の姉がそう望んだなら、お前はそれに逆らってあたしを守ってくれるのか?」


「蒼衣お姉ちゃんはそんな事しない! しない、けど……」


 蒼衣お姉ちゃんはあやかし対策室の暫定室長だけど、それ以上の立場から命令を受けたらきっと従わざるを得ない。先輩はそういう状況になった時、ぼくが味方になってくれるのかと言っている。彼女にとって当てになる存在になれるかと言っているのだ。


「約束するよ! ぼくは絶対、先輩を裏切ったりしない!」


「口約束など当てにならんと言っているんだ! そんなものを信じていたら戦場では命がいくらあっても足りない! だからこそ、対価が必要なのさ。少なくとも裏切りを躊躇ちゅうちょさせるだけの対価が、な……」


 裏切りによって多くを失ってきた彼女にとって、それは絶対に譲れない一線なのだろう。けれど、対価とは? ぼくに一体何を支払えと?



「そうだな、月代灯夜。とりあえずお前の“秘密”を教えてもらおうか――――」

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