第103話 最凶の切り札
【前回までのあらすじ】
栲猪と我捨、妖同士の死闘。齢千を超える栲猪の強大な力に追い詰められる我捨だったが、不意に訪れた状況の変化から一筋の勝機をたぐり寄せる。
迷いを捨て戦場にたどり着いた阿邪尓那媛が見たのは、激突する妖たちの饗宴と……その決着の引き金となった自身の運命であった。
ついに我捨が見せる、恐るべき"切り札"の正体とは――――!?
◇◇◇
――――数百年ぶりに真の姿に戻った事による感覚の鈍りか、または四方院樹希に受けたダメージが響いたか……
この場に阿邪尓那媛が現れる事自体は、当然想定内の出来事である。しかし、彼の意識は彼女が敵となるか、否かの対応にのみ終始しており……それ以外の優先度の低い状況は
……それは、鉄壁の城塞に生じた一点の
巨大な蜘蛛に向け、まっすぐに突っ込んで来る我捨。その軌道の上には阿邪尓那媛の体があり、栲猪を攻撃すれば巻き添えにするのは必至……いや、最初からそれを想定した動きでありタイミングであるのは明らかだ。
さらに我捨は、彼が言うところの"切り札"を使うと公言している。
事前に告知までされたのだ。栲猪が避け損なうというのは最早考えづらい。だが、阿邪尓那媛はどうか? 戦場に到着した瞬間を狙いすましたように……
「――――おのれッ!」
栲猪が動いた。本来なら回避に費やすべきわずかな時間を費やし、阿邪尓那媛の正面に回り込む。その口を突いて出た短い叫びは、我捨に……そしてこの結末を予測できなかった己への怒りの
「栲猪殿……っ!?」
自身の置かれた状況を把握した時には、阿邪尓那媛の身体はすでに宙を舞っていた。栲猪の巨大な脚に弾き飛ばされたのだ。
「そう来ると――――信じてたぜェ!」
すでに直近まで間合いを詰めた我捨が、黒球を握りしめた右手を振りかぶる。巨体の栲猪にはもう、それを
――――我捨は、栲猪という
もし目の前で阿邪尓那媛に危機が迫った時、栲猪という
そして、彼は賭けに勝った。
我捨は仮にも味方である阿邪尓那媛を、罠として使ったのだ。栲猪に必殺の一撃を避けさせないための……足枷として。
「まだ――――終わらぬ!!」
もはや回避は不可能。だが栲猪にも、戦士として永劫とも言える時を掛け磨き上げた技と
我捨が狙いを定めたのは巨大な蜘蛛の頭部。そこには人間姿の栲猪の上半身がいまだ鎮座したままだ。
その突き出された両腕の肘から先が、残像を残しつつゆっくりと回転する。あらゆる物理攻撃を
人が編み出した技を、人では不可能な年月を掛け極め尽くした……土蜘蛛の老将、最後の砦。
先程も、我捨の攻撃を身体ごと弾き飛ばした絶対の防御陣――――しかし。
「!?」
その両腕が「消えた」。我捨の黒球に触れた途端、音もなく消し飛んだのだ。
――――妖怪【がしゃ髑髏】。巨大な骸骨の姿で知られるこの妖の本質は【怨霊】である。
弔われることも無く打ち捨てられた死者たちの怨念。それが集まり人外のサイズの白骨として
今まで見せてきた数々の"骨"を操る技は、つまるところ彼の能力の一側面に過ぎないという事だ。
そう、彼は持っていた……【怨霊】の名に相応しい、物理に
「言ったぜ……"切り札"だと!」
持っていながら、我捨はそれをみだりに使うことをしなかった。常に"骨"の技だけを使って戦い、味方の妖の前でも決して【怨霊】の技を
彼が憑依によって得た力は大きく、大抵の相手は"骨"だけで倒せたのもある。だが、頑なに【怨霊】の技を封じ手としてきた理由は別にあった。
その一つは……強力だがリスクのあるこの技を、文字通り最後の切り札とするためだ。
連発できない以上、出すからには「必ず殺す」必要がある。そのために我捨は技の存在を隠した。情報が無ければ当然、対策を立てる事は難しくなる。
技自体の存在だけでなく、その様な系統の技がある事すら悟らせず……敵の意識の外から、不可避の破滅を喉元に突き付ける。
我捨が求めたのは、まったくの初見であれば誰であろうと「必殺」できる――――最凶の
「さあ喰らえ、腹ァ一杯にィイ!」
栲猪の眼前で、
それはゆっくりと、スローモーションのように巨大蜘蛛の眉間へと落下していく。慣性の影響ではなく、その場所へ落ちることが定められた運命であるかのように……揺らぎ無く進む黒球。
激闘の中で研ぎ澄まされた感覚が、刹那にも満たぬ時間を無限に引き延ばしているのか? そう錯覚するほど長い"間"を置きつつも、やがて黒球は栲猪の元に至り……
触れて、弾けた。
「――――【
檻から解き放たれた猛獣のごとく、瞬時に膨張した闇が巨大蜘蛛の頭部を飲み込んだ。そして直径二メートル程に膨らんだかと思うと、唐突にかき消える。
……その空間に存在した物、すべてを道連れにして。
己自身を媒介として、地獄から亡者の怨念を
喚び出された亡者達の底なしの飢餓は、そこに有るあらゆる物を一瞬で喰い尽くすのだ。
頭部を失った巨大蜘蛛の体がぐらりと
それは齢千を超える土蜘蛛の老将とて、例外ではなかった……。
「割と楽しかったぜ……まあ、もう二度とは
誰にともなく呟き、その場にどかっ、とあぐらをかく我捨。
「さてと、いつまで隠れているつもりだ。 ノンビリ観戦のお時間も終わったわけだが?」
「……そうね。貴方がうっかり負けてしまう心配も無くなったことだし」
言いながら、半ば倒壊しかけたビルの影から姿を現したのは……四方院樹希だ。
「それにしても、えげつない技を隠していたものね。自分に使われていたらと思うと、ぞっとするわ」
チッ、と舌打ちする我捨。やはり、見られていたのだ……彼の切り札を。
これで【餓鬼魂・直喰らい】は未知の技では無くなった。最凶のジョーカーの価値は、スペードのエース程度にまで下がった事になる。
「……隠していたのはお互い様だぜ。それはそうと、これからどうするよ。共通の敵もめでたくくたばった事だし、俺らでもう一戦といくかい?」
不敵に笑う我捨に、樹希はわざとらしく大きなため息で応える。
「流石にそこまでの余裕はないわよ……貴方だって、そうなんでしょう?」
彼女の視線の先には、我捨の右手があった。手首全体から肘の近くまで、どす黒い紫色に変色した右手。
おそらくは今使った術の反動なのだろう。元からあまり血色の良いとは言えない彼にしても、明らかに異常な色である。
――――これが、我捨がこの技を封じ手としてきたもう一つの理由。本来【怨霊】である彼の技は、憑依によって得た生者の肉体に大きな負荷をもたらすのだ。
【怨霊】でありながら、生者でもある……膨大な霊力と引き換えに我捨が背負った、それは皮肉な十字架だった。
「へっ、どっちにしろ今はそれどころじゃねェしな。俺にはまだ一匹、
首を巡らし、駅の方向――――正確には、そのさらに向こうにあるはずの六十階建てビルへと向ける我捨。
その眼が、突然大きく見開かれる。
「……オイ、ありゃあ一体何の冗談だ!?」
「何って……何っ!?」
……それは暗く渦巻く天空に
二人はその時ようやく気付いたのだ……寒気を呼ぶような悪意にぎらぎらと燃える、巨大なる黒い太陽の存在に――――――――!
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