第95話 月代灯夜は助けたい!
【前回までのあらすじ】
紅の竜姫と不知火ミイナの戦いは続く。その真の姿、巨大な竜としての本性を現した竜姫の力は【アライメント・シフト】下にあるミイナさえも上回る。
だが、その力は竜姫自身の命をも削り取る諸刃の剣であった。
それを知りつつも……【竜種】としての誇りと生を全うすべく、己の全霊力と引き換えに炎の息吹を放とうとする竜姫。
しかしその寸前に、ひとつの影が彼女とミイナの間に躍り出た。
魔法少女(男子だけど)――――月代灯夜。彼ははたして、この悲しい戦いを止めることができるのだろうか…………!?
◇◇◇
『――――トウヤよ、分かっておるのか』
ぼくの目の前にいるのは……深紅の
『この姿のわらわの前に立ち塞がるのが、一体どういう意味を持つのかを』
けれど相手の頭の中だけに伝わる普通の念話と違い、彼女……今は恐ろしい巨竜と化した紅の竜姫のそれは、耳の鼓膜どころか全身をびりびりと振るわせるほどの圧を伴うものであった。
『われら【竜種】の行く手を阻む者は、等しく死を以ってその罪を
心と体を同時に打ち据える、
「……覚悟なら、あるよっ!」
でも、ここで引き下がるわけにはいかない。自分自身の怯えを、弱さを振り払うように……ぼくは叫んだ。
「きみと先輩の戦いを……止める。ぼくは、そのためにここに来たんだから!」
――――紅の竜姫とミイナ先輩。ふたりがどういった
それでも、ぼくにはこの戦いに意味があるとは思えない。竜姫は自分の意志で人を襲うような悪い妖じゃないし、ならばそれをミイナ先輩が倒そうとするのはおかしい。
出会って間もないとはいえ、ぼくはふたりの人となりを大まかに知っている。ふたりとも、いい人でありいい妖なのだ。
「お願い、もうやめて! ふたりが戦わなきゃいけない理由なんて無いんだ!」
必死に呼びかけるぼく。けれど……巨竜はその
『だからこそ、分かっておるのかと問うたのだ。トウヤよ……お主が
人間には理解し難い、巨大な爬虫類の表情。だけどそのわずかに細められた目は……ぼくにはとても悲しげなものに見えた。
『つまり、お主がそこに立つという事は……わらわの炎にその身をさらすという事。それはすなわち死ぞ! お主がそこまでする程の価値が、あのミイナとやらに有るというのか!』
「…………!!」
命を懸けて守る価値……ここに来てあらためて、ぼくはその意味を考えた。
そう、命には価値がある。自分のものも他人のものも、等しく同じ命である以上……ひとつの命を救うために他の命が失われては意味がない。
ましてや命を懸けてなお救えなかったともなれば、その行為は無意味どころか無駄になってしまう。
自分の命と引き換えにしても、助けられないかもしれない……それでもなお、救いたいのか? ぼくにとってミイナ先輩とは、そこまでして救わなければならない相手なのか?
紅の竜姫は、それを問いかけているのだ。
「ぼくは……」
ほんのつい最近まで、そんな事を深く考えたりはしなかった。そもそもぼくは他人を助けるどころかむしろ助けられる側だったし、誰かのために命を懸けるなんて別世界の出来事のように思っていたのだから。
けれど、魔法少女になってからは違う。しるふの力を借りることで、ぼくは悪い妖から人々を救う立場になったのだ。
助けられる側から、助ける側へ……最初は、単純にそれが嬉しかった。今までたくさんの人にお世話になってきた分、その恩返しができると。
ぼくに救えるのなら、救えるだけ救いたい。そう思って突っ走って、静流ちゃん達に無茶をするなと釘を刺されてからだ。
誰かを助けるという事は、その誰かを襲う危険に自ら身を投じる事なのだと……意識し始めたのは。
命を救うには、命の危険と正面から向き合う必要がある。そうして命を懸け続ければ、いつかは自分自身の命を落とす日が来るかもしれない。
「それでも、ぼくは……」
そう考えたら、すごく怖くなる。たとえばこの前の【
人助けは良い事だけど、そのためにどこまで自分を犠牲にできるのか。命を懸けてまで、救いたい人がいるのか。
ぼくにとって、不知火ミイナはそこまでする価値のある人間なのか?
――――答えは、もう決まっていた。
「ぼくは……助けたい! 先輩も、君も、みんなを助けたいんだ!」
危ないのは分かってる。けれど、だからって目の前で苦しんでいる人を放っておけるわけがない。それが友達でも、知らない人でも……妖だろうと関係ない。
救えるなら、救えるだけ救う。たとえ命を懸けてでも救うんだ。ぼくの命は、きっとそのためにある……そう信じているから。
――――幼い頃、お母さんに救われた命。今にして思えば、ぼくは魔法少女としてもっと多くの命を救うために生かされたんだと思う。
傷つくのが、死ぬのが怖くないわけじゃないけど……それでも、差し伸べる手を諦めたくない。救えなくて後悔する事はあっても、「救わないで」する後悔は絶対に嫌だ!
「君がミイナ先輩を殺したいなら、火でも何でも吐けばいい! ぼくを巻き添えにすればいい! けれど、そんな事をするのは本当に悪い妖だけだ! 君は……ぼくの知っている“お姫様”なら、絶対そんな事はしない。そうだよね!?」
そう、これは賭けだ。ぼくが目の前に立ち塞がっている限り、紅の竜姫はミイナ先輩を攻撃できない。それでも戦いを望むなら、短い間とはいえ臣下として仕えたぼくに手を下すしかないのだ。
もし彼女が、敵を倒すためにそこまでするような妖ならば……それはもう本当の怪物である。ぼくは己の人を見る目の無さを嘆きながら、哀れな消し炭へとなり果てることだろう。
果たして竜姫はどう出るか。文字通り、生死を分ける数秒間の沈黙を経て……
『愚かよの、お主は』
ふっ、とため息のような思念の波が伝わってきた。それが意味するのは失望か、落胆か……ぼくの背筋を冷や汗が流れ落ちる。
『愚かなまでの……お人好しよな。ここまで来ると、もはや
……ゆっくり、ゆっくりと巨大な顎が閉じていく。それに合わせて、竜の体内で渦巻いていたはち切れんばかりの妖気もまた薄れていった。
『わらわの負けぞ、トウヤ……たとえわらわとミイナとやらの立場が逆であろうと、お主は同じ事を言うのだろうな』
「“お姫様”……!」
『しかしだ、【竜種】として若輩とはいえ……お主のような小さき者に
……人には違いの分からない、巨大な爬虫類の表情。だけどその時、ぼくは彼女が確かに微笑んだように見えたんだ――――――――。
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