第90話 宝物殿の真実
【前回までのあらすじ】
西池袋の高層ビル街で続く、裏切りの妖・栲猪と四方院樹希……そして【がしゃ髑髏】の我捨の戦い。
我捨と連携した樹希の雷術が栲猪を捉えるも、【火鼠の皮衣】をまとう彼にダメージを与えるには至らなかった。
久しぶりの強敵との戦いに喜びを感じる栲猪。そんな彼が思い出すのは、この戦場に立つきっかけとなるある男とのやり取りだった……!
◇◇◇
「――――今、何と言った?」
静かに押し殺した声が、ゆっくりと暗闇に溶けていく。はるか地下深く、人知れず築かれし
「何と言ったと……聞いているのだッッ!」
叫びのごとき詰問と、荒々しく踏み出した靴音が沈黙を引き裂く。土蜘蛛七将の一角、
「言い直したところで、事実は変わらないのだけどね。まあ、それで君が納得するのなら構わないが……」
常人ならば震え上がらずにはいられない怒気が吹き荒れる中で……トレンチコートに身を包んだ大柄な男は微動だにしない。口元にゆるい笑みを浮かべたまま、ただ淡々と言葉を紡いでいくのみだ。
「妖大将がここの品々を使う事は金輪際無い、と言ったんだよ。むしろこの宝物殿は、魔道の品を誰にも
――――今をさかのぼる事数百年。妖大将はその居城に集った妖たちにひとつの命を下した。
『この国に散らばる魔道の品を集めよ』……『それらは我等妖にこそ必要な物である』……『その価値を知らぬ愚かな人間どもの手の内から、一つでも多くの貴重な品を救い出すのだ』……と。
妖たちは大将への忠誠を示すため、こぞってそれらの品を集め始めた。戦国時代を境に人間の歴史から数多くの呪具・宝具が姿を消したのは、戦禍のためもあるが……大部分は妖によって奪われ、地の底の宝物殿に隠されたせいだと言われている。
……多くの妖はいずれ妖大将がそれらの品を、人間たちに抗する切り札として使うものと考えていた。彼等妖の宿願、それはこの世界の支配者を
集められた魔道の品は、当然その実現の為に使われると信じていたのだ。
無論、栲猪もそれを信じていた……あの大夜行を迎えるまでは。そして先日の夜行において、再び一族の者が多く犠牲になるのを見て……疑念はより大きなものとなった。
――――ここには古今東西、あらゆる魔道の品が納められている。だがその中に、命を上回る程の価値を持つ物がいくつあるというのか? 同胞を見殺しにしてまで出し渋る理由とは、一体何なのか?
答えを得ようにも、当の妖大将は長くその行方をくらませている。それもまた栲猪の疑念を
しかし真実は、彼をして予想だにしないものであったのだ。
「使わせぬとはどういう意味だ! そもそも、この魔道の品々は目的があって集められたのでは無かったのか!?」
「まあ、君たちがそう勘違いするのも無理はない。けれど“彼”は……妖大将はただ集めろと命じただけ。その使い道については明言していない筈だよ?」
確かにその通りではあるが、道具とは元来使う為に作られる物。妖たちは、集められた品々がいつか自分たちの役に立つ事をずっと期待していたというのに。
「何故だ……集めたのが人間達に使わせない為と言うなら分かる。しかし、我等妖の為にも使えぬとはどういう訳だ!」
「うーん、それは“彼”の性格的な所が大きいかな。“彼”はすべての要素を計算に入れた上で、常に自分の盤面を支配しておきたいんだよ。だから、事前に不確定要素を排除することに余念がない。想定外の事態が起こるという事は、“彼”にとっては己の読みが足りなかったという事を意味するからね」
「……なにい?」
この男は、何の話をしているのだ? 困惑する栲猪をよそに、幽玄の君はなおも続ける。
「配下の妖の力はもちろんの事、人間側に今どれだけの戦力があるのかも“彼”は把握している。呪具・宝具の
「魔道具の力を知っているのならなおの事、それを我等に使わせぬ理由がわからぬ。特にかの大夜行は我等にとってまさに天下分け目の一戦。そこで使っておれば、あのような大敗を喫する事も――――」
「事はそう、単純ではないのさ」
肩をすくめ、幽玄の君はため息をついた。
「確かに魔道具の類いは、正しい手順を踏みさえすれば人でも妖でも使う事ができる物だ。けれど、それが逆に厄介でね……妖が扱うことで、一部の魔道具は想定外の動作を引き起こす事があるんだよ」
「……想定外の動作?」
「今ある魔道具の大半は人間の術者によって作られた物。人が扱う限りにおいては、定められた効果以上の動作をする事はない。でも妖の場合は別だ。人の霊力と妖の妖力、ふたつは似て非なるものだからね」
霊力、それは人にとっても妖にとっても生きる為に欠かせないものだ。しかし人が霊力をそのまま術などに用いるのに対し、妖は己が身に取り込んだ生命維持のための霊力を、妖術のための力――――すなわち妖力に変換して使う事になる。
これは人間の体力と霊力が別であるのに対し、妖にとっては霊力がその二つを兼ねている為だ。術や特殊能力の発動に用いる力を霊力と分離することで、不意の消耗による“消滅”を避ける……妖ならではの身体の仕組みなのである。
「妖が魔道具を使う時、道具に流し込まれる力にはその妖固有の“色”とでも言うべきものが混ざる。それが道具の効果に予期せぬ影響を与える可能性に、“彼”は気付いたのさ」
「それが、理由だと言うのか……そんなもの、使って見なければ分からぬ事ではないのか?」
「そう。だから“彼”は、妖が魔道具を使うという行為そのものを計算から外す事にした。使用可能な道具をすべて、この宝物殿に封じる事でね。どんな妖が何を使う事でどのような変化が起きるか……それを検証する為の膨大な手間と時間を考えれば、実に合理的な判断だと言えなくもない」
栲猪は戦慄した……これでは石橋を叩いて渡るどころか、渡る以前に叩き壊しているようなもの。慎重にしても行き過ぎている。
「本当は集めた魔道具を全て処分したいところなんだろうが、そうすると君たちが混乱するだろう? だから名目上、来たるべき時の為に保存するという事にした。これが宝物殿に与えられた真実の役目さ。“彼”がその目的を遂げるまで、全てを死蔵し続ける事が……ね」
「ば、馬鹿げている! いくら想定外の事態を避けるためと言っても、そうすることでより多くの犠牲を出していては無意味ではないか!」
「けれど、“彼”はそう思ってはいない。確かにあの大夜行では結構な打撃を受けはしたが……それも“彼”にしてみれば、充分収支の帳尻は合っているとの事だよ」
「何、だと……」
前世紀末の大夜行、それは人と妖が雌雄を決する大戦であった……少なくとも栲猪をはじめ、その戦いに加わった者たちにとってそれは間違いない。
「――――大夜行だぞ! 我等妖は、あの一戦に全てを懸けていたのだ! それを収支だの帳尻だのと、まるで他人事の様に……」
言いかけて、栲猪は気付いた。思い至ってしまったのだ……そのおぞましい考えに。何もかもの
「……我等妖の宿願、それは人間達からこの大地を奪い返す事に他ならない。幽玄の君よ、貴様は知っていたのか? あの妖大将が――――」
「長い付き合いだからね。勿論知っているよ……“彼”の本当の望みが、何であるかくらいは……ね?」
帽子のつばが生み出す影に隠され、幽玄の君の表情は読み取れない。しかし、その口元には微笑が浮かんでいるように……栲猪には見えたのだった――――。
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