第88話 月代灯夜は……諦めない!
【前回までのあらすじ】
某六十階建てビルの屋上で対峙する三人……主人公、月代灯夜と紅の竜姫、そして――――不知火ミイナ。
灯夜の説得に耳も貸さず襲ってくるミイナ。そんなミイナと決着をつける為、再び戦場に身を投じる竜姫。なんとかこの争いを止めたい灯夜だが、彼の言葉は二人には届かない。
己の無力を嚙みしめるしかない灯夜……一体どうすれば、この悲しい運命を変えられるのだろうか――――!?
◇◇◇
――――それは、すさまじい戦いだった。空中を自分の庭であるかのように自在に駆け抜け、ぶつかり合う二つの影。火線が飛び交い、爆発と閃光が乱舞する……まるで大作ゲームのCGムービーを見るかのような、どこか現実離れした光景。
その戦いを演じているのは、二人ともぼくの知っている相手だ。天海神楽学園高等部の術者、不知火ミイナ先輩と……異世界から喚び出された伝説の
並みの妖や術者の力を大きく上回る両者の激突は、ぼくの想像をはるかに超えるほどの激しさだった。黒い炎を操るミイナ先輩の猛攻もすごいけど、それを凌ぎ切る竜姫も半端じゃない。
二人の攻防は互角……一見しただけでは、どちらが有利でどちらが不利なのかはわからないだろう。
だけど、ぼくは知っている。
防戦一方なのは、残り少ないであろう反撃の機会をうかがっているからに他ならないのだ。
「…………どうしよう」
そんな言葉が、口をついて出る。
「どうすればいいんだろう、ぼくは?」
何をしなければいけないのかは、分かっている。そう、二人の戦いを止めなければならない……なのに、ぼくの足はビルの屋上のコンクリートの床に張り付いたままだ。
「どうしたら、あの二人を止められるんだろう……ぼくは!」
今も池袋の上空で繰り広げられるあの激しい空中戦に割って入って、争う二人を平和的に仲直りさせる。そんな事が本当にできるのだろうか?
こうなる少し前にも、ぼくは二人の説得を試みている。けれど竜姫は残念ながら応じてはくれず、先輩に至ってはほとんど会話にすらならなかった。
口先だけで止めるには、色々と状況が込み入りすぎているのだ。
だからといって、力ずくで……というのも無理な話。ぼくよりずっと強い二人を同時に相手をするなど、それはもうできるできないの次元じゃない。あの激しい戦闘に巻き込まれれば、あっという間に叩き落とされてしまうのは目に見えている。
『とーや……』
いつもはうるさいくらい元気なしるふも、すっかり口数が減ってしまった。彼女にも分かっているのだ……ぼくらの手の中には、目の前の難題を解決する手段が無いって事が。
「うう、ぼくにもっと力が……せめて人並みのコミュ力があればっ!」
この月代灯夜が誰とでも普通に話して仲良くなれるような社交的な人間だったなら、こうなる前に話し合いで事態を収拾できたかもしれないのに……いや、今はもしもの話をしている場合ではない。
とは言え、どうしたらいいのか……いっそどちらかに味方して片方を無力化するとか……いや、一対一の戦いの邪魔をされたらどっちも怒るだろうし……
「おい、トーヤ!」
「うひゃっ!?」
突然背中にかけられた声に、思わず奇声を発してしまう。あわてて振り向くと、そこには
「あ、愛音ちゃん!」
「いょう! 久しぶり……でもないか。まあ、ボーっとしてんのは相変わらずだな!」
愛音・F・グリムウェル――――ぼくのクラスメイトであり、同じ霊装術者。そして志を同じくする魔法少女仲間でもある。
黒を基調にオレンジ色のアクセントが映えるハロウィン風魔女のコスチュームに身を包んだ、いつ見ても可愛くカッコ良い女の子だ。
「とりあえず無事で安心したぜ。何でもやべー連中の争いに巻き込まれてるって話だったからな……黒コゲになって転がってたらどうしようかと思ったぞ?」
「あはは……」
ここに来たという事は、ビルの中の方の仕事はあらかた片付いたのだろう。ひとりでは行き詰っていただけに、彼女の到着は心強い。
「愛音ちゃん、実は……」
「ああ。あいつらの事だろ? オレもセンセーからアレをなんとかしろーって言われて来たのさ」
見上げた愛音ちゃんの視線の先には、暗雲の下で交錯するふたつの影……今も戦い続ける先輩と竜姫がいる。
「妖の方は知らねーが、黒いのはウチの高等部の生徒って話だ。で、そいつが
「正気を、失っている……!?」
なるほど、そうだとしたらミイナ先輩の様子が今までとは違う事も納得がいく。あの凶暴な黒い姿は、彼女の本来の姿ではなかったのか!
「何でもこのまま放っておくと、池袋そのものをふっ飛ばしかねないんだと。とは言え……アレをどうやって止めるかだよなー」
そうだ。愛音ちゃんが加わったのは心強いけど、あの二人の間に入るにはまだまだ戦力不足は否めない。それ程までに、彼女たちの力は強大なのだ。
「こうして近くで見ると、一段とヤバさが伝わってくるぜ。どうするトーヤ、とりあえず妖の方から倒すか?」
「――――えっ?」
愛音ちゃんの何気ない言葉に、ぼくはふと我に返った。妖の方……それはつまり紅の竜姫の事。
よく考えたら……あれは悪い妖じゃなくて、無理やりこの世界に連れて来られただけの無邪気な小さい女の子――――なんて事情を知っているのはぼくだけだ。
「あっちも相当強そうだけど、見る限りじゃ動きに少々キレが無い。オレ達ふたりがかりならどうにか……ってオイ、どうした?」
ぼく以外の人たちにとっては、紅の竜姫は池袋を荒らす危険な妖でしかない。となれば、退治するという選択肢が真っ先に出てくるのは当然のこと。
そう、彼女を助けたいと思っているのはこの世にぼく一人……それが現実なのだ。
「ごめん、愛音ちゃん。ここは……ぼくに任せてほしい」
――――心のどこかに、甘えが残っていたんだと思う。
「と、トーヤ?」
『とーや!』
力不足だとか、コミュ障だとか……そんなもの、結局ただの言い訳に過ぎない。ぼくはただ失敗を恐れて、一歩踏み出すことをためらっていただけ。
思っている事をうまく伝えられず、誤解されたり嫌われたり……そんな事を繰り返すうちに、ぼくは人と話すことを避けるようになっていた。女の子と間違えられても、言い返すこともせず愛想笑いを返すだけ。言葉を交わして分かり合う努力を、自ら怠っていたんだ。
「ぼくが、あの二人を止める。ぼくにやらせてほしいんだ!」
その結果が、今のこの窮地を生んだのだとしたら……ぼくは、今すぐに悔い改めるべきだ。この場であのふたりの事を一番理解しているのはぼくだっていうのに、それがこんなくだらない言い訳をして足を止めている。
ただ自分が傷つきたくない一心で、飛び込むことを
「……何か、策でもあんのか?」
「無いけど……信じて。二人を止められる人が居るとしたら、それはぼくなんだ。ぼくが止めなきゃなんだよっ!」
戦いを止めて先輩を正気に戻し、竜姫も助ける。それができる可能性こそが、両者共に関係を持つぼくという存在。
可能性があるうちから諦めるなんて、魔法少女のすることじゃない。
そうだ。ぼくはまだ想いの全てを伝えていない。二人に言いたいことはいっぱいある……全部伝えるまでは、諦めてなんかいられないんだ――――!!
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