第85話 窮地の最前線!
【前回までのあらすじ】
池袋の街を襲う妖による異変は、今新たな局面を迎えようとしていた。【門】とそこから現れた大量のサラマンダーは駆逐され、灯夜たちが囚われたビルの障壁も今は無い。
妖対策分室長・月代蒼衣は愛音たちのグループと合流し、回復した通信連絡網を駆使して術者たちの指揮にあたっていた。
ビルに残る人々の救助が続く中、目下彼女の心配事は未だ連絡の取れない灯夜と、指示を無視して暴走を続ける不知火ミイナの行方であった…………!
◇◇◇
「――――はい、駅前周辺は鎮火完了……と。それでは東口方面から順次消火に当たって下さい。はい、西口方面は準備でき次第こちらから連絡しますので!」
「先生、救急の方から問い合わせです!」
「はい、はい! よろしくお願いします……っと。で、救急が何だって?」
ここは某六十階ビルの足元。平時なら車の行き交う道路の真ん中で、私はパイプ椅子に腰掛けノートPCに向かいつつ、消防との通話を終えて新しい報告を受けていた。あー忙しい。
広い道はビルから助け出された大勢の人々で埋め尽くされ、その中を救急隊員が慌ただしく駆け回っている。
……ビル内で
救急隊の敷いたブルーシートの上に寝かされた意識不明者も次々と目を覚まし、未だ黒煙たなびく街を眺めて不安げに身を寄せ合っている。
「さっき上から落下物があったそうです! 屋上の柵の一部らしくて、危険なので避難場所をもう少しビルから離したいとのことです!」
報告してきたのは藤ノ宮小梅。私、月代蒼衣の部下であり……また生徒でもある十三歳の少女だ。
現状人手が全く足りてない為、彼女を始めとした生徒たちにはこの仮避難所を半ば無理言って手伝って貰っている。これは後で何かお礼をしてあげなきゃね。
「屋上はまだ片付いてないの? うーん、移動って言ってもまだビルからの避難が終わってないしねぇ……」
上の様子は気になるけど、まずは目の前の仕事を何とかしなければならない。最優先はビルからの要救助者の救出なんだけど、これが遅々として進んでいないのだ。
特に最上階に結構な人数が取り残されているのが難物で、結局エレベーターでのピストン輸送に頼るしかなく……どうにも効率が上がらない。
私は握ったままのスマホを操作し、ビル内の
「もしもし、ウチやけど?」
スマホ越しに陽気な関西弁が響く。素行不良のネタには事欠かない彼女だが、今は他に代えがたい貴重な戦力である。
「カズハ、あとどれくらいかかりそう?」
「あー、現在進捗八割ってトコやね。時間が経つにつれて目覚めてくれる人が多くなったから、元気な人には階段で降りてもらってますわ」
六十階から階段でというのは気が遠くなりそうな話だけど、エレベーターが詰まっている以上そっちも使わざるを得ない。上りじゃなくて下りなのがせめてもの救いか。
「エレベーターがあと二、三巡りすればこっちは完了。階段組も合わせて十五~二十分ってトコやなぁ」
「うーん、まだその位はかかるか……とりあえず動ける人達だけでも動かした方がいいわね」
できれば全員の救出を待ってからにしたかったけど、そうも言っていられないか。
「ありゃ、下で何かありましたん?」
「下じゃなくて、上よ! カズハ、あなた屋上は落ち着いたって言ったわよね!?」
つい先程の連絡では、屋上で灯夜が敵の妖を無力化したという話だったはずだ。それを聞いた時は安心したのだけれど……
「言われてみれば、さっきから上が騒がしいような? ちょっくら見てきますわ」
言うが早いか、通話はぷつりと切れた。おそらく一葉が影に入ったのだろう。影の中は一種の異空間であり、電波の類いはそこに届かないのだ。
「避難に二十分、屋上は報告待ち、とくれば次は――――」
私はPCのモニターに視線を移す。そこには西池袋にある定点監視カメラの画像が表示されていた。
本来ならばGPSと連動して逐次、監視対象を……今回は四方院樹希を追尾するはずなのだが、先程から次々と切り替わる画像の中に彼女の姿は無い。
もちろん、理由は見当がつく。GPSマーカーの移動速度からして、樹希はビルの谷間を高速で飛行しているのだろう……定点カメラの多くは地表付近、交通量の多い道路に向けて配置されている為、上方となると死角も多い。
そもそもが人間相手のシステムである。このような状況は想定されていないのだ。
「はぁ、こっちも目に見える進展は無しか。まあイツキなら心配はいらないと思うけど、ここが片付かないと西池に消防が入れないのよねぇ……」
相手にしているのが敵の
「……あとは、ミイナかぁ」
自分で口に出しておきながら、思わずため息が漏れてしまう。他の面々が苦戦しながらも事件解決へ向かって努力している中、彼女だけが好き勝手に暴走しているのだ。
キーボードを叩くと、画面は十数分前の西池袋に切り替わる。今樹希が戦っているのとはまた別の場所……そこのカメラが捉えた映像に、何者かと戦闘中のミイナの姿があった。
一見、ピントがずれて判別不能の人影。人間と妖の融合体である霊装時の術者は、このように不鮮明な形で記録されるのだ。
対して、そのミイナが相手にしている“何者か”の姿は全く写っていない。飛び散った
これはすなわち、ミイナの敵が純粋な妖である証拠。現状、妖の画像はあらゆる映像記録媒体を用いようと保存する事はできない。
人間の姿に化身している等の例外を除いては、たとえ肉眼で視えたとしてもそれを記録できないのだ。
「ったく、あんたは一体何と戦ってるのよ……」
こちらが掴んだ情報によれば、今回の事件を起こした裏切りの妖は二体。それぞれ灯夜と樹希が対応しているが、愛音が地下で遭遇したもう一体の事を考えれば、他に仲間が居たとしてもおかしくはないけど……
「もしかして、イツキが言っていた“追手”側の妖に嚙みついてるとか? もう、余計な仕事を増やすんじゃないっての!」
ポケットの中のスマホに反応があったのはその時だ。多分一葉だろうが……さて、状況はどう動く?
「もしもし?」
「ああセンセー! こりゃあきまへん。もうウチの手には負えませんわ!」
一葉の声は、彼女らしからぬ切羽詰まったものだった。
「なに!? 一体何があったってーのよ!?」
「ウチにもわかりまへん! いつの間にか見た事もない妖がおって、ミイナの
――――ミイナ!? スマホを耳に当てたまま、私は再びPCの表示を切り替えた。ミイナを表すGPSマーカーは……正面のビルに重なっている!?
「ミイナのやつ、いつの間に……それで灯夜は? 灯夜は無事なの?」
「一応無事です! 何か、姐御と妖の間に入って揉めてるみたいやけど……あ、ヤバっ!!」
私が思わずビルを見上げるのとほぼ同時に、どおんという爆発音と共に屋上から閃光がほとばしった。直後、もうもうと上がる黒煙の中から何かが飛び出し、真上へと一直線に上昇していく。
……その行く先には、曇天に染みのように浮かぶ漆黒の影があった。
「カズハ、あの黒いのってもしかして……」
「そう、姐御ですわ。ミイナの姐御……またブチ切れちまったみたいやねぇ」
――――なんて事! よりにもよってこんな時に……こうなってしまったら、もうミイナを止められる者はいない。あの黒い炎をまとった姿こそ、彼女の最強にして……最悪の姿。
「……避難を急がせて! 下手するとこのビルどころか……池袋全域が火の海になるわよ!?」
慌ただしく通話を打ち切ると、そのまま一階で避難を手伝っている愛音をコールする。今上に送って、生きて帰って来れそうなのは彼女だけだ。
「
無機質に繰り返されるコール音が苛立ちを
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます