第82話 暗転する運命!
【前回までのあらすじ】
某六十階建てビルの屋上で対峙する主人公、月代灯夜と蟹坊主・冨向入道。
新たな技“風の網”で冨向の自由を奪った灯夜は、冨向にビルを覆った障壁の術を解かせる事に成功した。
更に紅の竜姫に掛けた呪いをも解かせようという彼の要求に、冨向は哄笑と共に真実を告げる。竜姫はこの世界ではどのみち長くは生きられず、また彼女を元の世界に帰す方法も存在しないのだと。
衝撃を受ける灯夜。だが、それを聞いていたのは彼だけではなく――――!?
◇◇◇
――――コウモリのような形の翼をばさりと羽ばたかせ、彼女はぼくと
ひとつは、腰の横から後ろにかけてを覆っていたスカートの丈が半分ほどになっている事。そしてもうひとつは……その顔色が見てわかるくらい真っ青に青ざめている事だ。
「何かの、間違いであろう? 冨向、お主はわらわに約束したのだ。『妖術師冨向の名にかけて、必ず元の世界に帰す』と。それが――――」
ふるふると肩を震わせながら、少女は……紅の竜姫は絞り出すように言葉を紡ぐ。
「それが偽りであったなどとは……よもや言うまいな!?」
彼女が精一杯の虚勢を張って叩き付けた問いに、冨向の上体が気圧されたように揺らぐ。何か上手い言い訳でも考えているのか、脂汗をぽたぽたと滴らせながら落ち着きなく視線を右往左往させる
「……何が、悪い?」
しかし、その口から放たれたのは竜姫の求める答えとはほど遠い……開き直りの自己弁護であった。
「
目を血走らせ、大声でまくし立てる冨向。
だとしたら……酷い。だまして悪いどころか、頑張ってだました自分の苦労を察しろとでも言わんばかりだ。開き直るにも程がある。
「そもそも、出会ったばかりの相手をあっさり信じる貴様が悪いのだ! 愚かな者は
げっげっげ……と冨向は高らかに
だました自分を正当化するために、被害者を更に
冨向入道……彼は本当の本当に心の奥底まで、“悪い妖”そのものだというのか。
『何コイツ、馬鹿じゃないのっ! 本人の前でこんな事言ったら、ボコボコにされるに決まってるじゃん!』
しるふの言う通りだ。目の前で悪意に満ちたぶっちゃけを聞いて、竜姫が黙っているはずがない。彼女は冨向が元の世界に帰してくれるという話をずっと信じていたのだ。それが真っ赤な嘘となれば、怒り心頭間違いなし――――
「信じて、おったのだぞ……わらわは、お主を信じて……」
……消え入りそうなか細い声と共に、がっくりと膝をつく竜姫。どうやらぼく達が想像していたより、彼女のショックは大きかったようである。
思えば彼女にとって、冨向は右も左もわからない異世界で唯一頼れる人物だった。それが事もあろうに、最初から自分をだまして利用するために近づいてきたというのだ。ショックなのも無理はない。
伝説の【竜種】とは言っても、ぼく達と一緒にいた時の彼女は普通の女の子にしか見えなかった……世の中にこんな卑劣な裏切りが存在するなんて、思いもしなかっただろう純粋な少女。
「それが愚かだと言うのだ! やはり貴様の様な者に【竜種】の力は勿体無いわ。
そんな彼女の心を
――――これは“怒り”だ。冨向への、理不尽なまでの悪への怒り。
「もう黙れっ! 冨向入道!」
「ぐえっ!?」
冨向の体を、再び“風の網”が締め上げる。彼が竜姫を救えないと分かった以上、このまま自由にしておく理由はない。
いや、彼女のためにはむしろここで倒してしまった方が良いんじゃないのか? そうすれば少なくとも、掛けられた呪いは解くことができるかもしれない。
“風の網”を構成する圧縮空気の流れ、これを刃に変えれば、こいつを倒す事なんて簡単に――――
「こ、殺すのか……儂を! 貴様の言う通りに障壁を解いた儂を、用済みとばかりに殺すのか!」
先ほどまでとは打って変わって、悲鳴のような情けない声を上げる冨向入道。それを聞いた途端、ぼくの心を支配しかけていた怒りは瞬時に消え失せていた。
そうだ、網に捕らわれている以上、こいつにはもう何もできはしない。
なのに、ぼくは今そんな相手に……殺意のような物を抱いていた。手も足も出せない相手を、さらに傷つけようとしていた。
それは良い悪いで言えば、決して良いことではないはず。けれど……竜姫にひどい事をした冨向には、もっと大きな罰を与えてやりたいという気持ちも確かにある。
「くく……殺せぬよなぁ、小娘? 正義の味方面で儂を悪党呼ばわりするからには、当然殺せる訳が――――」
敵であっても簡単に命を奪ってはいけない。それが正しい事だとしたら、竜姫のためにこいつを倒すのはいけない事なのか?
こんな時、魔法少女は……正義の魔法少女はどうするべきなんだろう?
「――――な、何だ? 何者だ貴様は!?」
不意に、冨向入道の目が驚愕に見開かれた。血走ったその視線の行方はぼくではなく、その背後に向けられている。
「!!」
『なっ、何コレっ!!』
振り向こうとしたぼくの背筋を、すさまじい悪寒が駆け抜けた。次いで背中から押し寄せるのは……熱気!
まるで熱湯を浴びた時のように、最初の一瞬だけ冷たいと錯覚してしまう。ビルの屋上を瞬く間に支配したのは、灼熱感と同時に底知れぬ不安をも呼び覚ます……悪夢から這い出したかのごとき地獄の瘴気!
「ここに、居たか……探したぜ、
氷の刃のように鋭く、それでいて中心部はマグマのように煮えたぎった少女の声が響く。
……どこかで、確かに聞き覚えのある声だ。けれど、そんな事があるのか? そんな偶然が、本当にあるものなのか――――
「このあたしがあの程度でやられるとでも思っていたのか? さあ、とっとと続きを始めようじゃないか……!」
恐る恐る振り返ったぼくが見たのは、予想通りの人物の予想外の姿だった。
アニメやゲームに出てくるような露出過多な踊り子の衣装の上から、羽衣のように燃え盛る炎を羽織った……すらりと背の高い少女。その格好から察するに、彼女もぼくと同じ魔法少女……いや、霊装術者なのだろう。
けれどその顔と声、茶髪に走る真紅のメッシュは紛れもなく、彼女がぼくの知る人物……天海神楽学園高等部の先輩、不知火ミイナであることを証明している。
「そんな……先輩が、どうして!?」
目の前に突如として現れた衝撃の光景に、ぼくの脳内は混乱のるつぼと化していた。そうだ、ぼくはその名前をずっと前に聞いていたのだ……確かこの学園に来てすぐの頃、蒼衣お姉ちゃんが聞かせてくれた高等部の術者の話。
謹慎処分になったというその三人のうち、一人の名前――――それが不知火ミイナ。
午前中に渋谷で出会った時、その名前に妙な
樹希ちゃんや愛音ちゃんに匹敵する格闘の技も、今ならば納得できる……最前線で妖と戦ってきた猛者なのだ。そこいらのチンピラ程度が相手になるはずもない。
「どうした、早く立って構えろ! それとも……その必要もないとでも言いたいのかッ!」
がっくりとうなだれたままの竜姫に向け、先輩が怒りもあらわに叫ぶ。同時に、その全身から霊力の炎が噴き出した。竜姫のそれにも劣らない、熱く激しい力の脈動。
……けれど、そこに混じった
「ならば……やる気にさせてやるまでだ!」
――――まるで、地獄の釜の蓋が開いたかのような禍々しさ。先輩のまとった炎はいつしか、闇そのものと見紛う程真っ黒に染まっていたのだ…………!!
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