第81話 共闘と刹那の連鎖

【前回までのあらすじ】


 西池袋にて今も続く、裏切りの妖・栲猪と四方院樹希の戦い。ビル街を己の庭のように駆け巡る栲猪の戦法に、苦戦を強いられる樹希。


 そこに突如乱入する妖の男、【がしゃ髑髏】の我捨。警戒する樹希の前で、彼は意外にも共闘を申し出る。

 

 強敵栲猪との死闘は、今新たな局面を迎えようとしていた――――!!



◇◇◇



「――――共同戦線ですって!? ふざけないで!」


 思考する速度よりも速く、わたしの口からは怒声がほとばしっていた。


「よくもまあそんな世迷言よまいごとが言えたものね。この四方院樹希が、敵の手を借りるような恥知らずに見えて!?」


 ……西池袋のとあるビルの屋上で、わたしは一人の男と対峙していた。


 ぼさぼさの前髪の隙間から、刃物のように鋭い視線を投げつけてくる痩身の男……その名は【がしゃ髑髏どくろ】の我捨がしゃ

 土気色の肌にサラシを巻いただけの上半身が、その引き締まった身体をより強調している。


「……それに関しちゃ、こっちも同意見だ。自分で言っといて何だが、俺だって殺しに関しちゃあこだわりがある。獲物の始末に誰かの手を借りるなんざ屈辱の極みだぜ」


「だったら、どうして――――」


「『勝つ為』に決まってるだろ。あの栲猪タクシシは今、ここで倒さなきゃならねえ……取り逃す訳には行かねえんだ。下らねープライドの為に躊躇ちゅうちょしていられる状況じゃ無えのさ」


 薄ら笑いを浮かべながらも、我捨の言葉には今までのような余裕が感じられない。顔には決して出さないが、その体にはかなりのダメージが蓄積しているのだろう。

 そうでなければ、あやかしにとっては宿敵である四方院わたしの手を借りるなんて発想は生まれないはずだ。 


『どうやら当面の利害は一致しているようですね。向こうもこちらも、目的の達成には一手足りません。ならば、共闘するというのも一つの手でしょう』


 雷華の思念は終始冷静だ。確かに、効率だけを考えれば悪い手段ではない。ないのだが……


『あなたは良いの、雷華! 奴はわたし達と命がけで戦り合った相手なのよ?』


 感情的には、そう簡単に割り切れるものではない。昨日の敵は今日の友とは言うが、あんな男を友に持ったらそれこそ命がいくらあっても足りないだろうに!


『お嬢様こそ冷静に考えて下さい。ここで共闘を拒めば、私達と彼は敵対したまま栲猪と戦う事になります。そうなれば、互いに足を引っ張り合うのは必至』


『それは、そうだけれど……』


『今栲猪が攻撃してこないのも、こちらの動向を見極める為なのでしょう。あちらの目的が時間稼ぎなのだとすれば、ここで長々と問答している暇は無い筈ですが?』


 くっ、これではわたし一人が我儘わがままを言っているみたいじゃないの。


「どうするんだァ~? ま、無理にとは言わねえが……俺たちが揉めて潰し合いでも始めりゃ、栲猪の奴は笑いが止まらんだろうな~」


「ああもう! 最初に取り引きした時点で運の尽きだったわ! いいわよ。乗ってやるわよその話……毒食わば皿までって奴よ!」




 ――――栲猪が攻撃してこないのは、この状況で積極的に攻める必要がないからである。特に敵が二人になり、どちらかを倒してももう片方に反撃されるリスクが生じた今となっては、より慎重にならざるを得ない。


 だから、わたし達はあえて別行動を取った。機動力のあるわたしが栲猪を引き付け、潜伏した我捨の元におびき出すという算段である。


「あの男……共闘とか言っておいて、ちゃっかり囮を押し付けるなんて!」


『仕方ないでしょう。栲猪を追い立てるには、翼を持つこちらの方が適任なのですから』


 そして警戒しつつも高度を上げ、この辺りで最も高いビルに近づいた時だ。


「――――我捨とは、話が付いたのか?」


 風に乗って届いた声は、紛れもなく栲猪のもの。大胆にも奴はビルの屋上で、足を止めてわたしを待ち構えていたのである。


「……貴方にわざわざ、教えてやる道理は無いわ! 四方院の名にいて! 降臨くだれ、“拆雷さくみかづち”!」


 暗雲を切り裂いて、一条の稲妻が屋上を打つ。しかし、その瞬間にはすでに栲猪の姿は無い。こちらの攻撃の気配を察し、いち早く飛び退いていたのだ。


「逃がさないわよ!」


 再びビルに糸を打ち込み、摩天楼を飛ぶように渡る栲猪。だが、今度は思い通りにはさせない。


「降臨れ、“拆雷”っ!」


 奴を追い駆けながら、わたしは矢継ぎ早に拆雷を放つ。狙いは、その進行方向……流石に当たってはくれないものの、栲猪は当然、雷が置かれた道を避ける。


「成程、我を一方へ追い込む心算つもりか。ならば、その先には――――」


 数度の方向転換の後、栲猪は我捨の射程内へと踏み込んだ。下方のビルの窓から待ってましたとばかりに骨針が飛び出し、灰色のマントを串刺しにせんと殺到していく。


 ――――「共闘するとは言っても、具体的にはどうするつもりなの? 付け焼き刃の連携が通用する相手とは思えないのだけど」――――


 だがそれを予期していたであろう奴は、別のビルに糸を打ち込んで軌道を変えた。栲猪の体は空中でくるりと反転し、骨針の群れは見当違いの虚空を貫くのみに終わる。


「そして、生じた隙を衝く訳か!」


 振り返った栲猪の猛禽もうきんのような眼光が、死角から蹴りを放とうとしたわたしの姿を捉えた。読まれていたのだ!

 カウンターで突き出された爪先を避け切れず、わたしの体は大きく弾き飛ばされた。寸前でガードした両腕に鈍い痛みが走る。


 ――――「難しく考えることはねえぜ。要は片方が隙を作って、もう片方がそこを衝けばいい。二人掛かりの利点をフルに使ってなァ!」――――


「作って……やったわよ!」


 わたしにカウンターを放った衝撃で、栲猪の体がスピードを失った瞬間……その背後には骨腕を振りかざした我捨の姿があった。先程の骨針は栲猪を狙うのと同時に、向かいのビルに突き刺して自らを移動させる為のものだったのだ!


「うおおお!」


 獣のような雄叫びを上げ、襲い掛かる我捨。わたしがあえてカウンターを浴びたのもこの一瞬の為。流石の栲猪も、これはかわせない筈!


 ――――「隙を作っては、叩く。それを繰り返せば、いつか……」――――


「フ……そう来るか!」


 我捨の背中から生えた骨腕の拳が、栲猪に突き刺さる……そう思われた刹那だった。まっすぐ突き出された骨腕が、ぐにゃりと歪む――――いや、我捨の体そのものが回転し、あらぬ方向へと弾かれたではないか!


「!?」


 猛然と突き進む骨腕がくるりと円を描いた栲猪の腕に触れるや否や、その勢いのまま方向を変え跳ね飛ばされる……わたしが見たのはその一部始終。

 空手で言うところの回し受けに近いが、だとしたら恐ろしいまでの練度だ。 


「やられたぜ。けどよ……」


 空中でもがく我捨の胸から、なおも一本の骨針が放たれる。しかし不安定な姿勢のせいか、それは大きく逸れて……


「隙は、作れたぜェ?」


 栲猪の頭上――――奴を支えていた糸を、すっぱりと断ち切った!


「何っ!」


 ……我捨が作った隙をわたしが衝き、それによって生じた隙をまた我捨が衝く。一度では決まらずとも、その繰り返しはやがて――――


「四方院の名に於いて!」


 練達の技をもってしても、補い切れない空隙くうげきを生む。それを……見逃すわたしではない!


「降臨れ、“拆雷”っ!!」



 ――――降り注ぐ雷霆らいてい、閃く電光。それはついに、狙いあやまたず栲猪の身を打ち据えたのだった……!! 

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