第74話 孤独な勝利者
【前回までのあらすじ】
無人となった池袋の一角で繰り広げられる、紅の竜姫と不知火ミイナの死闘。
ミイナの全力の一撃は竜姫の操る鱗のリングを破るも、大きなダメージを与えるには至らない。ミイナの炎は、竜姫が備える火炎耐性によってその威力を減じられていたのだ。
竜姫の反撃を浴び、閃光の中に消えるミイナ。ふたりの闘いは、ついに決着の時を迎えるのであった――――!!
◇◇◇
……深紅の閃光とそれが巻き起こした衝撃が収まると、池袋の街には再び空虚な沈黙が戻ってきた。
「ミイナ、と言ったか。お主は確かに……恐るべき
静かに
「だが、流石にもう起き上がっては来れまい。耐性の上からとは言え、わらわの全力をまともに浴びたのだからな……」
その視線の先には、彼女自身による破壊の爪痕が刻まれていた。道路が一直線にえぐれ、むき出しになった赤茶けた土。縁では溶けたアスファルトがごぼごぼと泡立っている。
超高温の熱線がもたらした灼熱の地獄は大通りを百メートル以上も
【
彼女の敵手、不知火ミイナは恐ろしい術者であったのは間違いない。火炎耐性を持つ竜姫と相性の悪い炎の術者でありながら、防御の要たる強固な鱗を砕く程の技を放ってきた彼女。
ミイナが異なる属性……例えば水や氷を使う術者であったなら、戦いの結末はまた違ったものであったかもしれない。
それだけに、竜姫にはミイナの無念が痛い程分かる。運も実力の内とは言うが、その運で大勢が決まってしまうのは……ミイナはもちろん、竜姫にとっても不本意極まりない事であった。
彼女たちは互いに正面からの実力勝負を望んでいたのであり、相性差によるハンディキャップマッチなどお呼びでは無かったのだ。
竜姫が止めに炎を用いた理由のひとつは、ミイナとの決着をあくまでも同条件で着けたかったからなのである。
「あ奴に耐性が無ければ、決着は死以外にあり得なかったであろう。その点では感謝するべきか、いや……」
そして、もうひとつの理由は……彼女に生じた想定外の迷いだ。敵として相まみえた時から、竜姫はミイナを殺すつもりで戦っていた。如何なる理由があろうとも、全力で向かってくる相手には全力を持って報いるのが彼女の流儀。
命を懸けた戦いの結末は、当然どちらかの死であった筈なのだ。
しかしいざ止めを刺すという時に至って、竜姫は
――――誰よりも美しくありながら、それを鼻にかけるという事を知らないはにかんだ笑顔。竜姫の正体を知ってなお、彼女を友と呼ぼうとした……銀髪の乙女の
「……ふふっ。思っていた以上に、わらわはお主の優しさに毒されておったようだの……トウヤよ」
この場にあの少女が居たならば、きっと自分を止めるに違いない。そう考えた時、咄嗟に閃いたのが炎の術であった。竜姫同様火炎耐性を持っているミイナなら、全力の火炎を浴びせても生き残る可能性は高い。
彼女は……それに賭けたのだ。
「さて、わざわざ生死を確かめに行くのも無粋だろうし……うっかり起こしたら面倒だしの。勝者は悠々と去るとしようか」
自分に言い聞かせるように呟くと、紅の竜姫は翼を羽ばたかせて宙に舞い上がった。あっという間に高度を上げ、池袋の街を遥かに見下ろす上空へと達する。
「――――去るとは言ったが、果たして
ぐるりと周囲を見渡す竜姫。遠く地平線まで見渡しても、目に入るのは灰色の建物が群れを成す無機質な景色ばかり。木々の緑は皆無ではないが、それらも森どころか林にすら至らぬ程度しかない。
それは彼女が思い描いていた“世界”の姿……どこまでも広大な緑の大地とは、遠くかけ離れた物だった。
「本当に、一人きりなのだな……わらわは」
――――強大な力を持つ、伝説の【竜種】。この世の妖の頂点に立つ存在でありながら、しかし彼女は孤独であった。
「【竜種】は全て、はるか昔に人間達によって狩り尽くされた」……
ここに彼女の仲間は……同じ【竜種】はもう居ない。人間達の世界において、彼女は存在してはならぬ者であった。
戦いの興奮が覚めるにつれ、疲労感が肩に重くのしかかってくる。先の戦いにおいて竜姫が負ったダメージは、負わせた当人であるミイナが想像したより大きなものだった。
同じ火炎耐性と言っても、彼女のそれは炎の化身たるイフリートより一段劣る物。実際に軽減できたダメージは三割程度に過ぎない。
それに加え、大規模に妖術を行使した事による消耗が重なる。この世界において力の使用が制限されるというのは聞いていたが、実際に我が身で味わう負担は予想を超えていた。
ミイナによって鱗のほぼ半数を砕かれたのも想定外であり、これを再生するには大量の霊力と長い時間が必要となるだろう。
「軽く戦っただけでここまで力を失うとは。戻るしかないか……あそこに」
竜姫が目を止めたのは、灰色の建造物たちの中でも一際高い塔……今も
「これ以上下手に暴れては身体が持たぬ。時が満ちるまで、大人しくしておるしかないのう」
あの
帰還の術が用いられれば、彼女は元の世界へと帰る事ができるのだと言う。冨向が大袈裟な身振りを交えて語った術の概要は、正直眉唾物ではあったが……彼女には他に道があるとも思えなかった。
「元の世界、か……果たして、どのような世界なのだろうな。
考えてみれば奇妙な事だが、彼女には“元の世界”の記憶が無かった。こちらの世界に
この世界は自分がいた世界ではない。それは分かるのだが、ならば“元の世界”とはどんな世界だったのか? かすかに残っているのは緑溢れる大自然のイメージだが……彼女にはそこで暮らしていた覚えが全くないのである。
……自分は、一体どこから来てどこへ帰るというのか。竜姫はそれをあえて考えないようにしていた。考え始めてしまえば、底知れぬ不安に押しつぶされるのが目に見えていたからだ。
冨向の言う通りにしていれば、きっと上手くいく……それは確信とは程遠く、半ば願いに近いもの。しかし独りぼっちの彼女に、他に寄る辺がある筈もない。
「しかし……はぁ。気が進まんな」
再び塔に戻るにあたって、竜姫は思い出していた。灯夜の制止を振り切って飛び出して行く時、勢いで酷い言葉を放っていた事を。
「『お主の友には成れぬ』とは、我ながら酷い捨て台詞よ。まったく、今更どんな顔をして会えばいいのやら……」
言葉とは裏腹に、彼女は頬を緩ませる。多少の不安はあるものの、灯夜なら
――――紅の竜姫は知らない。冨向入道に、彼女を助ける気などさらさら無い事を。最初から自身の野望の為に利用し、使い潰す算段である事を。
そしてそれを阻もうと今戦っているのが、他ならぬ月代灯夜であるなど到底思いも寄らぬ事であった。
強大な力を持つ、伝説の【竜種】。しかし同時に、彼女は純粋で疑うことを知らない……
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