第73話 業火の応酬

【前回までのあらすじ】


 無人となった池袋の一角で、裏切りの妖たちによって喚びだされた伝説の【竜種】・紅の竜姫と、強大な火炎を操る霊装術者・不知火ミイナの死闘は続く。


 竜姫の反撃によって窮地に追い込まれるミイナの脳裏に去来するのは、かつて味わった戦場での苦い経験だった。

 ――――あの頃の自分とは違う。それを証明するかのように放たれた必殺の一撃が、今まさに竜姫へと炸裂する。


 池袋を揺るがす力と力の激突。果たして勝負の行方は如何に――――!?



◇◇◇



 ――――その瞬間。駆け抜けた衝撃波が周囲のビルを打ち、大量の窓ガラスが一斉に砕け散った。そして直後、巻き起こる爆風によってそれらの破片は舞い落ちる間もなく吹き飛ばされる。


 ビル街の中心で荒れ狂う……それは破壊の嵐。高速回転する灼熱の円刃と化したミイナと、受け止める紅の竜姫の激突の余波は、その一帯を壊滅に追い込む程のものであった。


「わらわと正面から打ち合えるとは……中々にやるではないか!」


 必殺の円刃をこちらも回転する鱗のリングで受けながら、紅の竜姫は歓喜に震えていた。あやかしの力を宿しているとはいえ、人間の身で【竜種】に抗するだけの技を繰り出してくる目の前の術者に、彼女は素直な驚きと称賛の念を禁じ得ない。


 この力を得る為に、一体どれだけの修練を重ねてきたのだろうか? その能力の大半が生来のものである彼女にとって、ここまで強くなった“人間”はもはや尊敬にすら値する存在だった。

 【竜種】である彼女がどれだけ修練を積んだところで、元の数倍、数十倍に強くなるなど不可能である。それを成し遂げる事ができる人間という生き物に、紅の竜姫はある種の憧れを抱いていたのかもしれない。


「まだだ……まだ、こんな物じゃないぞッ!」


 一方、ミイナには感慨にふけるような余裕は無い。全霊力を込めたこの一撃が不発に終われば、竜姫を倒せる見込みはほぼ無くなるのだ。

 己に喝を入れるべく叫ぶと、すでに全力である回転に更に気力を上乗せする。


 最初に生じたのは、わずかな違和感。白熱する円刃が生み出す光が、鱗のリングに反射する輝き……竜姫は完全に同一形状・等間隔で連なっている筈の鱗の反射に、乱れが生じている事に気付いた。


 目にも止まらぬ速さで回転し続けるリングに、彼女は目を凝らす。人の姿をしていても、人間のそれをはるかに超える動体視力は……その原因をすぐに突き止めた。


「なにい!?」


 鱗が、欠けているのだ! 恐らくは地上のいかなる鉱物をもしのぐ強度を持つ“竜の鱗”。それが欠けるとはすなわち、不知火ミイナの円刃の威力が鱗の強度を上回り始めた事を意味する。


「うおおお――――ッ!」


 ミイナの咆哮ほうこうと共に、なおも加速する円刃。竜姫のリングの節々に細かい亀裂が走り、火花と共に鱗の欠片が飛び散っていく。


「わらわの鱗を……砕くというのかっ!?」


 初めて耳にする、紅の竜姫の驚愕の叫び。ミイナは悟った……今こそが、好機チャンス


「“煉獄almutahar dayira yaqtae”――――alnihaya!!」


 白く燃える円刃に浮かび上がるミイナの影。回転するそのかかとに極大の霊力が集中していく。これこそが“煉獄斬円”の最終形――――あらゆる防御をも粉砕する、必中必滅の踵落とし!


「!!」


 なたの如き重撃に、無敵と思われた鱗のリングがバラバラに砕け散る。炎をまとった踵はそのままの勢いで……竜姫の身体へとまっすぐ突き刺さった。


「――――くたばれッッ!!」


 まるで隕石が落下したかのような衝撃が大気を震わせ、次いで天を衝く程の轟音が響き渡る。砕けたアスファルトがその下の土砂と共に舞い上がり、辺りは大量の粉塵によって覆い尽くされた。



 ……この世の終わりをも思わせる、凄まじい破壊の嵐。しかしその災厄の中心にあって、ミイナは奇妙な違和感を覚えていた。


 ――――あたしの踵は完璧に奴をとらえている。人間サイズの体にあれだけの衝撃が加われば、到底無事では済まない筈だ。

 ならば、何故あたしの足先には……肉が潰れ、骨が砕ける感触が伝わって来ないのか? 


「……何を、不思議がる事がある?」


 一陣の風が土煙を切り裂き、ミイナの眼前の影をあらわにした。振り下ろされた踵を受け止めていたもの……それは、交差した二本の腕。 


「止めただと……このあたしの一撃を!?」


「当然であろう。もしやわらわが、操る鱗より脆いとでも思っておったか!」


 完全に勢いの止まったミイナの踵を、難なく弾き返す竜姫。バック転して距離を取りながらも、ミイナは困惑を隠し切れない。


「馬鹿な、“煉獄斬円”はあたしが持つ中でも最大級の技。それが全く通じないなど……」


「ふん、効いておらんという訳ではない。現にわらわの鱗は砕かれ、無粋な受けの構えまで取らされたのだからな」


 そう言って二の腕をさする竜姫の顔は、何故か寂しげであった。


「だが、完全な形で効いておらぬのも解るであろう。つまりは……そういう事よ」


「どういう事だッ!?」


 言われてみれば、確かに妙だ。いかに【竜種】が強大な存在とは言え、【炎の魔人イフリート】も並みの妖ではない。その力を宿したミイナの攻撃を少なからず受けて、ここまで平然として居られる筈がないのだ。


「……わらわにも、火を操るすべには心得があるのだ。当然、火から身を守る術にもな。火炎を吐き出す竜が、その火で傷つく筈は無いであろう?」


「火炎耐性、か……」


 ミイナの精神を、鈍器で殴られたような衝撃が走った。火炎耐性……それは他ならぬミイナが、【炎の魔人】が有している能力でもあったのだ。

 自然の火によって傷を負う事はなく、魔術や妖術による火の効果をも半減させる強力な耐性。つまり、これまでのミイナの攻撃はそのほとんどが半分程度のダメージしか与えていなかった事になる。


「威力を減じてなお、あの威力……残念よのう。お主の技が炎にるものでなければ、わらわにそれなりの傷を負わせられたであろうに」


 竜姫の心から惜しんでいるかのような口調に、ミイナのはらわたは煮えくり返らんばかりであった。

 ――――こいつは、最初から最後まで全力じゃあなかった。あたしの技が効かないのを知った上で……遊んでいたとでも言うのか!


「おのれッ!」


 怒りに任せて飛び出そうとしたミイナの足が、何かに絡めとられる。振り返った彼女が見たのは、地面から飛び出した深紅の鎖――――鱗によって形作られた足枷あしかせだった。


「わらわはお主のような強者と戦えた事を誇りに思うぞ。よって、止めは同じ炎によって刺してやろう……無論、わらわの全力の炎を持ってな!」


 紅の竜姫が、ゆっくりと左手を突き出す。その手首の周りを三枚の鱗がくるくると回転し、赤い閃光と共に凄まじい妖力が集中していく。

 ……それは冨向フウコウ入道の障壁を貫く程の威力を持つ、必殺の術の構えだ。


「さらばだ、炎の術者よ――――」


 やがて音もなく閃光が弾け、竜姫の左手から灼熱の波動が解き放たれた。炎と呼ぶにはあまりにも強烈な熱線が、まっすぐにミイナを目指して突き進む。


「畜生……ッ!!」


 無慈悲な熱線はミイナの身体と叫びを飲み込むと、そのまま一直線に池袋の市街を貫いていくのだった――――。

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