第69話 水晶魔術! 神秘なるそのパワー!!

【前回までのあらすじ】


 池袋各地で繰り広げられる妖との戦い。泥の妖・巖泥に追い詰められつつあった愛音の前に現れたのは、影を操る霊装術者・灰戸一葉だった。


 消火栓を利用する機転により、迫り来る泥を押し戻す事に成功した二人。魔法少女たちの反撃が今始まる――――!



◇◇◇



 オレたちの目の前には、真っ暗な通路が続いている。某六十階ビルと電気の供給が途絶えた地下道の、ちょうど境目。

 この暗闇の中をちょっと進めば、ここに来る時見た大勢の人が泥に捕まっているエリアに出るハズだ。


「アイツは多分、捕まえた人たちから霊力を吸い取ってるんやと思うで。泥田坊どろたぼうってあやかしには本来、あんな大量の分身を生み出す力は無いハズやからなぁ」


 ――――泥田坊。灰戸センパイエロコスのねーちゃんが言うには、それがあの泥妖怪の正式名称らしい。


「本当なら田んぼに潜んで人をおどかすのが精々の妖や。それがこんな事をしでかすなんて……くだんの黒幕とやらに、良からぬ入れ知恵でもされたんかねぇ?」


「そういや誰かの一番弟子とか言ってたな。アイツ頭悪そうだったから、アッサリ口車に乗せられたってトコだろ」


 今のところ、その泥田坊に動きはない。さっきの放水攻撃を警戒してか、通路の奥に引きこもっていやがるのだ。


「それじゃあウチが注意を引いてる間に、愛音はんが自慢の水晶魔術でアイツの本体を見つけ出して仕留める。よろしく頼んますでぇ?」


 危険なおとり役を引き受けたっていうのに、センパイは相変わらず余裕の表情を崩さない。腕をぶんぶん振っているのは肩慣らしのストレッチだろうか? 黒い全身タイツに包まれた身体が揺れる度に、でかい胸がぽよんぽよん跳ねてこれは……


「あーダメダメ、エロすぎます」


「ええ加減エロから離れや! まったく、このコスチュームは動きやすさと隠密性を兼ね備えた最良のスニーキング・スーツやねんのに、それを痴女コス扱いはあんまりやで……」


 さめざめと泣く……振りをするセンパイ。霊装術者のコスチュームがどうなるかは本人のイメージ次第って言うし、こうもエロいとそっち方面の願望を疑わざるを得ないんだけどな~。


「さて、そうぐずぐずしてもいられへん。ここの妖をやっつけて捕まった人たちを助け出す……本番は、それを済ませてからやろ?」


「おうよ。ドロタボーはしょせん手下にすぎねーからな。真のラスボスはビルの上だ!」


 コイツに門番を押し付けたヤツ。それが今回のラスボスのはずだ……まあオレたちがたどり着く頃には、トーヤの奴が片付けてるかも知れねえけど。


「ほな、ちょろっと行ってくるわ」


 陽気に手を振りながら、センパイが通路に踏み込んでいく。ほんの数メートルも歩けば、そこはもう泥の中。泥田坊の支配領域だ。


「……馬鹿なヤツめ、のごのごと一人で来るとは」


 床を覆った泥が波打つようにざわめき、不気味なダミ声が通路に反響する。センパイの前で盛り上がった泥が姿を変え、手足を備えた人型となって立ち塞がった。


 それはさっきと同じ、いびつな泥人形……おそらくこれも本体じゃあない。ヤツ自身はこの泥のどこかに隠れ、悠々自適ゆうゆうじてきに分身を操っていやがるのだ。


「おでの泥に足を踏み入れたが、最後だぁ゛! おま゛え゛はもう逃げられね゛え゛!」


 ヤツがそう言うと同時に、センパイの足元から泥の腕がにょっきりと生え……その細い足首をがっしりとつかむ。


「ちょ、いきなり捕まっ……て!?」


 だが次の瞬間、センパイの姿は曇か霞のように突然搔き消えていた。


「残念やけど、逃げられるんやなぁこれが」


 背後から掛けられた声に振り返る泥田坊。しかし、声の主はもうそこには居ない。


「アンタは泥の中を自由に動けるみたいやけど、似たような事ならウチにもできるんやで?」


 そして、センパイは全く見当違いの場所から顔を出す……そう、照明のない通路のほとんどを覆う“影”の中から。


 影に潜み、その中を移動する能力。それがセンパイが契約した妖怪【影女】の力だ。暗闇の中においては、彼女を捕まえる事は不可能に近い。

 この能力への絶対的な自信が、センパイの余裕の秘密ってワケだ。


「ぐお゛お゛、逃げるな゛ぁっ!」


 センパイが移動するたびにその周囲の泥が次々と盛り上がり、彼女を捕らえようと手を伸ばす。単に素早く動くだけの相手なら、数の暴力で捕まえる事もできただろう。


 だが、泥の腕はセンパイに届かない。その気になればずっと影に隠れていられる彼女にとって、わざわざ姿を見せているのはある種、めプレイにも等しいのだ。

 囮役として、これほど頼もしい存在はいねえ。


「おっと、いつまでも見とれてられねーぜ。オレもオレの仕事をキッチリこなさねーとな!」


 泥田坊がセンパイに夢中になっているこのスキに、ヤツの本体を見つけ出すのがこっちの仕事だ。オレは腰の後ろに差した短杖ワンドを取り出し、正面に構える。

 コイツはストラト・サイクロン三世――――十二歳の誕生日に師匠から授かった、オレ専用の魔法の杖だ。


 扱う術の種類によって短杖からフルサイズのスタッフに変わるだけでなく、移動時にはホウキに変形するというハイスペックな魔法の杖。

 まあ接近戦用の武器としてはいささか心もとないんで、最近はあまり活用してなかったんだが……ちゃんとした魔術を使う時には、コイツが役に立つ。


「……大いなる全能の前略中略以下略! 水晶よ! 我が敵の姿を指し示せ!」


 オレ程の術者ともなれば、長々とした詠唱は必要ない。短杖の先に埋め込まれた水晶球がうっすらと光を放ち、オレ自身が持つ霊的感覚を数倍以上にはね上げる。

 これが、グリムウェル家が誇る水晶魔術の本来の姿。探知、探索に特化し、果てには過去視や未来予知までも可能にする深遠なる力の、ほんの一端。


 ――――実際のところ、オレはこういう普通の魔術はあんまり得意じゃねーんだが……それでも名門の名に恥じない程度には使えるつもりだ。

 伊達にガキの頃からみっちり仕込まれてきたワケじゃーない。


 水晶球の中を、ぐるぐると光が渦巻いている。目まぐるしい速さで動き回っているのはセンパイの光だ。その周りをのろのろとのたうつ暗い輝きが泥人形たち。

 そして、泥人形の足元から伸びる光の筋……そいつが集まる一点こそが――――!


「視えたっ! ドロタボー、お前はそこだっ!」


 オレが杖をかざした先に向かい、水晶剣が飛翔する。一瞬の間をおいて、暗闇の中にくぐもった絶叫が響き渡った。


「……な、なんでおでの居場所が!?」


 剣が突き刺した壁からずるずると這い出して来たそいつは……今までの泥人形に似ていながらも、明らかに違う存在だった。

 ぬらぬらと濡れたような顔に、ひとつだけの眼。苦しげに宙を掻く手に、指は三本しかない。


「妖怪・泥田坊……なんや、本体は意外と瘦せっぽちやないか」


 センパイの言う通り、そいつは哀れなほどにやせ細った異形の妖であった。


「ぐぬぅ……一太刀浴びせた゛ぐらいで、いい気になるなぁ゛ー!」


 泥田坊の身体が、床に溶け落ちるように姿を消す。再び身を隠して反撃するつもりなのだろう。

 だが、そうは問屋がおろさねえ。再び水晶剣がひらめき、矢のように床の一点を突いた。


「ぐぎゃあーッ!! そんな馬鹿なぁ゛――――!?」


 泥が泡立ち、肩に剣を受けた泥田坊が姿を現す。完全な異空間であるセンパイの影と違い、泥の中にはしっかりダメージが通るようだ。


「オレの水晶剣ソードは一度ロックオンした敵を逃さねえ。地獄の果てまで追い詰め、確実に切り刻む!」


「……なんや、正義の味方にしちゃ物騒なセリフやなぁ」


「えー、別にいいじゃん。カッコ良いし……とにかくドロタボー! テメーそろそろ年貢の納め時だぜ!」


 杖をびしっと振って、事前に練習した決めポーズを取る。やった! オレ今サイコーに魔法少女してるっ!



 …………センパイの視線がなんとなく冷たいような気がするけど、気にはしないぜ。

 カッコいいは正義。そして正義は、必ず勝つものなんだからな――――!

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