第68話 エロねーちゃんに秘策アリ!?

【前回までのあらすじ】


 【門】から現れた大量のサラマンダーによって大混乱に陥った池袋の街。遊びに来ていた天海神楽学園一年S組の面々は、近くの地下道へと身を潜めていた。

 偵察から戻った愛音は、静流が単身地下道の奥へと向かった事を知り、その後を追う。


 泥の妖、巖泥に襲われる静流を間一髪で救った愛音。灯夜たちの救出を静流に託し、彼女は巖泥に立ち向かうのだった――――!



◇◇◇



「――――そう、戦闘中! シズル? あーそっちは見つけたから大丈夫だって!」


 左手に持ったスマホに応対しつつ、オレは正面の敵にハイキックを繰り出す。泥細工の化け物の上半身が弾け飛び、残った下半身はその場に崩れ落ちた。


「コッチには障壁はないみてーだ! その代わり門番って奴が居て……いやだから戦闘中なんだってば!」


 オレの両サイドに配置された二本の水晶剣も、それぞれ自分の相手を斬り倒している。残り一本は敵の群れの中に切り込ませているが、多勢に無勢。攻守を逆転させるには少々戦力が足りねーみたいだ。


「とりあえずコイツ倒したらまた連絡するぜ! ゴキゲンヨウっ!」


 まだ何か言いたそうな蒼衣センセーを無視して、スマホの電源を切る。電話が繋がるようになったのは良いが、そろそろ吞気のんきにお話してる余裕はなくなってきた。


「はぁ……すぐ追い掛けるとは言ったものの、こりゃどうしたものか」


 オレの目の前に広がる光景、それはまさに……うーん、正直描写するのも面倒なくらいに敵、敵、敵。

 道幅いっぱいにあふれかえった泥人形の群れが、今もどんどんこちらに押し寄せてくるというホラーじみた状況だったりするのだ。


 当然こっちも黙って見ているワケじゃーない。幸い一体一体は大して強くねーから、三本の剣込みで秒間数体は倒している計算になるんだが……


『倒したそばから新手がいてくるんだよ。これじゃらちが明かないんだよ』


 そう、ノイの言う通り。この泥人形どもは倒されてもすぐに泥の中から復活してきやがる。多分この中のどれかが本体で、それ以外はそいつに操られてるんだろう。


「わかっちゃーいるが、ここを突破されるわけにはいかねーぜ。シズルの奴に合わせる顔がねーからなっ!」


 とは言え、じわじわと押されてきているのは事実。ここを突破されたらシズルの後を追われてしまう。いやマジでどうにかしねーとなんだが……


「……フフフ、お困りのようやねぇ愛音はん?」


「うおっ!?」


 いきなりの背後からの声に、オレは思わず回し蹴りを放っていた。


「ちょ、ウチは味方やで!?」


 そのつま先をすんでの所で器用にブリッジしてかわしたのは、全身黒づくめの細身の女。声の方向を正確に攻撃したつもりなのに、やるな……って、コイツは!


「あ、アンタは……センセーと一緒にいたエロコスのねーちゃん!」


 顔以外を体のラインくっきりな全身タイツで覆った、くっそエロい格好。難しい言い方をするなら……そう、そいつはいわゆる痴女ちじょ衣装を着たねーちゃんだった。


「エロコス言うなっ! 灰戸一葉はいどかずはや。折角応援に来たのに、ヒドい扱いやな~」


 眼を糸のように細めて、肩をすくめるねーちゃん。格好はエロいが、話によれば彼女も霊装術者。オレが交戦中だと知ったセンセーが応援として送ってくれたって事か。


「それはそうと、調子はどうなん? 何やら苦戦中みたいやけど」


「苦戦っていうか、コイツら強さは大した事ねーんだが……」


 話してる間にも水晶剣がうなりを上げ、また一体の敵を斬り倒す。泥の塊が崩れ落ち……床でばしゃりと弾けて広がった。

 戦闘では負けてないのに、追い込まれている理由はそれだ。ヤツらは倒される度に床に泥を広げ、じわじわと自分たちの領土を拡大しているのだ。


「このままじゃー泥に囲まれちまう。ねーちゃんは戦闘向きじゃあねーんだろ? だったら、むしろ逃げた方がいいかもだぜ?」


 応援に来てもらって何だが、それが正直な意見だ。霊装術者にも向き不向きがある。この状況をひっくり返すのは、オレかイツキ並みの戦闘力のある奴でなきゃ無理だろう。


「成程ねぇ。けどな、ガチンコかますだけが霊装術者の戦いやないんやで?」


 そう言うや否やねーちゃんは手のひらを重ね合わせ、身を屈めたかと思うと……突然飛び上がった。その身体は空中で一回転し、水泳選手の飛び込みのように真っ逆さまに落下する。


「なにい!?」


 そして、彼女は消えた。床に伸びた影の中に、吸い込まれるようにして消滅したのだ!


「ちょっと待っててーな! こういう時に、使えそうな物があるんや!」


 声ははるか遠く、泥人形の群れを挟んだ反対側から聞こえた。確か、彼女の能力は影を操るんだったっけか……いきなり背後に現れたのも、影の中を移動してきたからだったワケだ。


「待っててって、こんなオサレ地下街に何があるってんだ?」


 ちょっと考えたが、この妖どもを一掃できるようなアイデアは思いつかない。半ば無意識に泥人形をなぎ倒しながら、大丈夫なのかよオイ……と少し心配になった時。 


 突然、けたたましいベルの音が辺りに響き渡った。これは非常ベルか?

 あのねーちゃん、一体何をやらかしやがった!?


「ほれ、コイツをしっかり持っててな!」


 再び床の影から顔を出したねーちゃんが、何か白いホースに繋がった金属の筒をこちらに放り投げる。何だコレ?

 なんとなくどこかで見覚えがあるような感じなんだが、どこで見たんだっけか……


「英国暮らしでも、防災訓練くらいは経験あるやろ?」


「防災……そうか!」


 ――――分かったぞ。あのエロいねーちゃんが考えている事がっ!


「ほないくで。“放水ヨシ”や!」


 ねーちゃんの頭が影に消えてからちょうど一呼吸の後。いきなりホースがパンパンに張ったかと思うと、筒の先端から勢いよく噴き出したのは……水!

 こんなオサレ地下街だからこそ、設置が義務付けられている消火栓。影を通して、彼女はそのホースを持ってきてくれたのだ!


「おら、喰らえっ!」


 強烈な水流を叩き付けられ、泥人形たちがひるんだ。適度な水分あってこその泥……そのバランスが崩れれば、ヤツらは形状を維持できなくなってしまう。

 そこに三本の水晶剣が猛然と襲い掛かり、苦し気にもがく妖の群れを次々と切り刻んでいく。


 そして、水流は床を覆っていた泥をも押し流す。一時はエレベーターのそばまで迫っていた泥はどんどん後退していき……やがて元来た角、照明の消えたままの通路まで追いやられてしまった。


「どうやら、上手くいったみたいやな」


「スゲーなねーちゃん! こんな方法を思い付くなんて……伊達にエロい格好してるワケじゃねーって事か!」


 またいつの間にか横に立っている彼女を、オレは尊敬の眼差まなざしで見上げた。イツキがボロクソに言ってたから正直どうよって思ってたけど、センパイってのも意外とやるじゃあーねえか!


「エロは関係ねーやろ! それより、まだ戦いは終わってへんのやで?」


 おっとそうだった。消火栓の水は妖を一旦後退させただけ。完全に撃退するには、ヤツの本体を見つけて叩く必要がある。


「よーし、ここからはオレとねーちゃんでダブル魔法少女だ。悪いがもうひとっ走り付き合ってもらうぜ?」


 返事の代わりに、ニヤリと悪そうな笑みを浮かべる彼女。戦闘向きじゃないとか言ってたが、その余裕は間違いなく……腕に覚えがある者のそれだ。


「さあ行くぜ! 今度はオレたちのターンだ!!」

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