第67話 魔法少女、反撃!

【前回までのあらすじ】


 某六十階建てビル最上階の展望台で、囚われの身となってしまった主人公……月代灯夜。 

 身動きを封じられ、変身もできない彼を助ける為、綾乃浦静流は灯夜のパートナー・しるふと協力して救出を試みる。


 一旦はうまくいきかけたものの、蟹坊主としての正体を現した妖僧・冨向入道によって行く手を阻まれてしまう静流。

 絶体絶命の窮地。しかし灯夜は愛音との訓練で身に付けた霊力のコントロールによって水晶剣を操り、自らを縛めから解き放つ事に成功する。


 満を持して、魔法少女に変身する灯夜。彼の戦いが、今まさにその幕を上げたのであった――――!!



◇◇◇



 ――――吹き荒れる、輝きの奔流ほんりゅう。青と緑の霊力の嵐の中で、ぼくとしるふの身体は溶け合い……魔法少女としての新たな姿へと変貌を遂げていく。


 白とブルーのコスチュームが金糸でふち取られ、手足にはエメラルドグリーンの呪紋が軌跡を刻んだ。最後に虹色に彩られた霊力のはねが背中から広がり、ぼくの変身……風の精霊【シルフ】との霊装形態は完成する。


『ヤッター! これで勝つる!』


 脳裏に浮かぶのは、無邪気にはしゃぐしるふのイメージ。一心同体となった今、ぼくの中にはしるふの精神が同居している。彼女が考えた事はすぐぼくに伝わるし、逆もまた然りだ。


『油断は禁物だよしるふ。ぼく達はただ勝つだけじゃダメなんだ!』


 自分自身に言い聞かせるように、心に強く念じる。そう、ぼく達が勝利するためには、目の前の妖を倒すだけでは足りないのだから。


「か……変わった、だと!? 貴様……【妖遣あやかしつかい】だったのか!」


 目の前の妖……それは蟹坊主・冨向ふうこう入道。このビル内の人々から霊力を奪い、ビル全体を障壁の術で外界から隔離した張本人だ。まずは彼を倒して障壁を解き、ビルに囚われた人たちを解放しなければならない。


 そして、ここを飛び出していってしまった“紅の竜姫”……彼女をなんとかして救う。そこまでクリアして、ようやくハッピーエンドが迎えられるのだ。


「おのれ……だが、まだ運は儂にあるぞ!」


 蟹坊主が巨大なはさみと化した腕を静流ちゃんへと伸ばす。魔法少女……一般で言うところの霊装術者、そして妖が【妖遣い】と呼ぶ存在は、通常の妖を凌駕する力を持っている。蟹坊主は正面から戦うより、彼女を人質にする方が有効だと考えたんだろう。


 しかしその腕はきいん、と甲高い響きと共に弾かれる。こうなる事を見越して、ぼくはすでに静流ちゃんと蟹坊主の間に水晶剣を配置していた。


「な、何い!?」


 蟹坊主がひるんだその隙に、ぼくは文字通り風のように回り込み、静流ちゃんの身体を抱えてその場から飛びずさる。


「悪いけど、お見通しだよ!」


 先ほど長々と自慢話を聞かされたおかげで、ぼくは蟹坊主の人となり――――いや、妖となりか――――を大体把握することができていたのだ。


 ……自分自身の為ならば、無関係な人々どころか仲間をも騙して利用する、まるで絵に描いたような悪党。悲しい事に、彼はそういう精神の持ち主であった。

 それは卑怯な手段でも平気で、むしろ喜んで使うような悪意の化身。


 あの妖は、ぼくが倒さなければならない。もし取り逃がしでもすれば、間違いなく更なる犠牲者が生まれてしまうだろう。

 情けをかけてはいけない敵だ。断固たる覚悟で臨まなくてはならない……ぼくに、出来るだろうか?


『弱音はナシだよとーや! なんたって今はアタシがついてるんだからネっ!』


 そうだ、今のぼくは魔法少女。ひとりで戦っている訳ではないのだ。


「つ、月代君……」


「静流ちゃん、ここで待ってて。もう誰も……危険な目には遭わせないから!」


 それに、守らなければならない人たちもいる。このフロアには静流ちゃんの他にもS組の子にちかちゃん達、そして沢山の観光客が残されているのだ。

 周りのみんなを傷つけずに戦うのは難しいけど、頑張らないと!


「冨向入道! ぼくが変身した以上、お前に勝ち目は無い! おとなしく降参しろっ!」


 声が震えないよう気をつけながら、ぼくは大声で言い放った。言っておいて何だけど、彼がこの降伏勧告に応じる可能性はゼロだ。

 そう……この程度で諦めるようなら、彼は最初からこんな危険な賭けに出ていないはずだから。


「何だと!? 小娘風情ふぜいがいい気になりおって……思い知らせてくれるわ!」


 ぼくの言葉は、ただ彼の機嫌を損ねる為のもの。冨向入道にとって、自分の能力を低く見積もられる事は耐え難い屈辱なのだ。

 背中から生えた脚をぱきぱきと不気味に鳴らしながら、逆上した蟹坊主はこちらに向かって猛然と駆け出し――――


「ぐわっ!?」


 三歩もいかないうちに、盛大に転倒した。


「馬鹿な、何故儂が何も無い所で……」


 その言葉の通り、彼の足元にはつまづくような物は置かれていない。人が倒れていた訳でも、オブジェの破片が転がっていたという事もなかった。

 だが、蟹坊主は見た――――正確には、“視た”。床スレスレの所を走る、一筋の霊力の流れを。


 ……それは、太さ二センチ程の空気のひも。圧縮空気の壁を作る要領で、風の流れそのものを細く圧縮したものだ。


「こ、これは――――!」


 驚く蟹坊主の周囲を、疾風のごとき速さで駆け巡る空気の紐。異形の妖は、あっという間に幾重にも張られた紐に……“空気の網”に取り囲まれていた。 


「ホールド・アップ!」


 ぼくの号令と共に空気の網は一瞬でその隙間を狭め、蟹坊主の全身をがんじがらめに絡めとる。空気とはいえ、高密度に圧縮された強度は同じ太さのロープを上回っている。

 見た目こそ恐ろしいが、蟹坊主は力自慢の妖という訳ではない。この網はそう簡単には破れないだろう。


「降参しないなら……お前には、もう何もさせない!」


 これはぼくがブラックドッグとの戦いの時に使った、突風で相手の動きを封じる技の発展形だ。あの技はそれなりに強力だったけど、消費する霊力が大きくて長時間は維持できないという欠点があった。


 そこで、愛音ちゃんとの訓練で得た霊力のコントロール術である。蛇口に繋いだホースの先端を絞ると、流れ出す水の量は同じでもその勢いは増す。ただ突風を浴びせるのではなく、細く絞った流れで要所をめれば、より少ない霊力で同等の効果が得られるはず。


 そうして生まれたのが、ぼくの新しい技……“空気の網”なのだ。


「ぐくっ、こんな物で……」


 蟹坊主が身をよじり、腕の鋏を大きく開く。これで網を切断するつもりなのだ。じゃきんと音を立てて、巨大な鋏が勢いよく閉じる。


「!?」


 しかし、拘束はゆるまない。切断されたはずの紐は、閉じた鋏を避けるようにその外側に移動していたのだ。

 これが“空気の網”のもう一つの強み。ぼくの圧縮空気の壁は鋭い刃などの攻撃を防げず、その場で破裂してしまっていたけど……


  紐の中の空気を高速で流し続けることで、途中で寸断されてもすぐに新しい経路を通って拘束を維持することができる。

 流れ落ちる水は手でさえぎっても止まる事はないし、手を離せばすぐに元通りになる……“空気の網”はぼくが維持し続ける限り、決してほどかれる事はないのだ。


「う、うおおお――――!?」


 ずるずると、蟹坊主の巨体が引きずられていく。その行く先は壁に空いた大きな穴だ。ビルの壁面と障壁の間のすき間を使って、あいつを移動させる……とりあえず、屋上でいいだろう。

 これで、このフロアの人たちが戦いに巻き込まれる事はない。


「静流ちゃん、倒れてるみんなをお願い!」


 それだけ言い残し、ぼくは穴の外へ引きずり出された蟹坊主を追う。決着を着けるのは、その行く先でだ。


「分かったわ。頑張って、月代君!」


 静流ちゃんの応援を背中に受けながら、ぼくは……決戦の地へと翅を羽ばたかせるのだった――――!

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