第66話 想いのバトン

【前回までのあらすじ】


 某六十階建てビル最上階の展望台で、囚われの身となってしまった主人公……月代灯夜。 

 身動きを封じられ、変身もできない彼を助ける為、綾乃浦静流は灯夜のパートナー・しるふと協力して救出を試みる。


 一旦はうまくいきかけたものの、蟹坊主としての正体を現した妖僧・冨向入道によって行く手を阻まれてしまう静流。

 彼女の目の前で、冨向の放った刃が灯夜に迫る。


 絶体絶命の窮地。灯夜の命運はここに尽きてしまうのだろうか――――!?



◇◇◇



「あぁ? 術を教えてくれだぁ~!?」


 ……それはゴールデンウイークに入る少し前。ぼくがいつものように、愛音ちゃんと放課後の訓練をしていた時のことだ。


「教えるも何も、オマエはもう術使えるだろ。風をヴぁ~ってヤツ」


「それは変身して、しるふの力を借りなきゃ使えないでしょ? いざって時の為に、ひとりでも使える術が欲しいんだよっ!」


 肩書き上は術者見習いになっていても、実際のところぼくが自分でできるのは初歩の初歩、封印のお札をちゃんと貼る事くらい……まあ、ついこの間まで普通の一般人だった事を考えれば仕方のないことだけど。


「しるふが一緒の時はいいけど、そうじゃない時に不意に妖に出会ったりしたら困るし……だから、何か簡単な術でいいから教えて欲しいんだ」


 この前の学園襲撃事件の際、樹希ちゃんと愛音ちゃんがそれぞれのパートナーと別行動で妖に対処する中、ぼくとしるふはセットで動くしかなかった。

 高い霊力を持ちながらも、ぼくはしるふがいないと全くの戦力外なのだ。


 一人で妖と戦う……までは無理でも、せめて時間稼ぎくらいの事ができればもっと役に立てるはず。その為には、ぼく自身が何か術を覚えるのが手っ取り早いと思ったんだけど……


「樹希ちゃんにも聞いてみたんだけど、『馬鹿なこと言ってないで、あなたは基礎体力づくりに専念しなさい!』って」


「まあ、アイツならそう言うよな……」


 腕組みしながら、珍しく難しい表情を見せる愛音ちゃん。


「そもそも魔術の類いってのは、そうホイホイ教えたりできねーんだよ。うっかり広まったらヤバいモノだしな……だから家とか流派ごとに厳重に管理されてて、部外者には秘密にされてる」


 言いながら彼女は、水晶でできた剣を頭の上でくるくると回転させる。【乱れ踊るは光輝の剣シャイニング・ソード・レイヴ】……魔術によって剣を生み出し、それを自在に操る彼女の得意技だ。


「それに術ひとつにしたって、ちゃんと使えるようになるまでは何年も修行しなきゃならねーんだ。今から覚えるくらいなら、その時間で変身後の技を磨いたほうがよっぽど役に立つんじゃねーの?」


「うーん、駄目かぁ。ぼくの無駄に高い霊力を何かに活用できたらなーって思ったんだけど……」


 魔法少女になれるとは言っても、その力はしるふの協力あってのもの。ぼく自身が強くなった訳ではないのだ。

 基礎体力を鍛えれば確かに強くなるんだろうけど、それだって一朝一夕で身に付くものじゃないし……やっぱり、簡単に手っ取り早く強くなれる方法なんてないんだなぁ。


「霊力か~。そういやトーヤ、オマエ霊力のコントロールってどうやってんだ? 風みたいに形の無い物を動かすには高度なコントロール技術が必要だーって聞くが、オマエそれ得意だったよな?」


 霊力の……コントロール? あらためて聞かれると、何か自信がなくなってくる。高度なコントロールとは言うけれど、そこまで意識してやってる訳じゃないのだ。

 しるふと仮契約した一番最初の頃は、文字通り体全体を使って無理やり風を動かしていた。それが本契約の後は格段に楽になって……うーん、どう説明したものか。


「ええと、風の流れに沿って力を乗せていく感じで……全力の時は全力で、抑える時はそーっと、っていうか……」


「…………」


 愛音ちゃんの微妙な表情を見るに、伝わっているとは思えない。本当に感覚的なものなので、言葉にするのはどうにも難しいのだ。


「……んじゃさ、その要領でこの剣まで霊力を伸ばしてみろよ。いつもはオレの霊力にしか反応しないようにロックしてあんだけど、今設定をニュートラルにしたから、うまく伝わればオマエでもコイツを動かせるはずだぜ!」


「ほ、ホントに?」


「おう。オレが発動させた術を、オマエがコントロールするんだ。これなら術を教えた事にはならねーし、霊力のコントロールを磨けば地力のアップにもつながる。今後何か術を修得するにしても、ムダにはならねーハズだ!」


 ふむふむ、物は試しだ。ぼくは大きく深呼吸すると、いつもは風に乗せて流している霊力を指先に集中させた。そして、そこからゆっくりと……愛音ちゃんの手元にある水晶剣へと力を伸ばしていく。


 本当にゆっくり、風に伝える時の半分以下のスピードではあるけれど、指先から流れていく霊力の糸がはっきりと視えた。ふらふらと頼りない、か細い流れ。


「よーし、その調子だ! まだ実戦で使える速さじゃねーが、シロウトにしちゃあイイ感じだぜ」


 体から離れるにしたがって、流れの先端のぶれが大きくなる。なるほど、遠くなればなるほどコントロールが難しくなるわけか。

 精神を研ぎ澄まし、流れに集中するとぶれは収まり……霊力の糸はまっすぐ剣へと向かっていく。


「あ……!」


 糸の先端が剣に触れた、その瞬間。不意に吸い込まれるような感覚に襲われ、ぼくは思わず声をあげてしまった。糸を通して繋がった剣に向かって、霊力が勢いよく流れ込んでいくのだ!


「そうだ! そうやって剣全体に霊力を行き渡らせるんだ。オマエの霊力が剣に満たされた時……」


 水晶の剣が、まばゆい光を放つ。愛音ちゃんが生み出し、ぼくの霊力を注がれた剣。それは今――――


「それは、オマエ自身の“魔法の剣マジックソード”になる!」

 



「な……何ぞ、これは! 一体どうなっておるのだ!?」


 冨向ふうこう入道……今は蟹坊主としての恐ろしい正体を現した妖の僧の目が、驚きに見開かれる。

 おそらく、想像すらしていなかったんだろう……身体の自由を奪われ、術を使う事もできない無力なまとでしかないぼく。


 そこに向かって投じた剣が、刺さる寸前で時が止まったようにぴたりと静止してしまうなんて。


「つ、月代……君?」


 顔を両手で覆っていた静流ちゃんが、おそるおそるこちらに目を向けた。涙に濡れた視線が、ぼくのそれと絡み合う。


「ありがとう、静流ちゃん。君の勇気――――」


 水晶の剣が命を持ったかのようにくるりとひるがえり、ぼくの体を覆う白いいましめを切り飛ばした。


「――――確かに、受け取ったよ!」


 胸の奥が、燃えるように熱い。静流ちゃんが助けに来てくれた……術者でもない彼女が、勇気を振り絞ってここまで来たのだ。

 こんなに危ない事をさせてしまって、申し訳ないという気持ちはもちろんある。けれどそれよりも、嬉しいという気持ちがずっと大きい。 


 もっと心配しなきゃなのに。どうして来たのって怒らなきゃ、叱らなきゃなのに……嬉しくてたまらない。最近は何かと話しづらくなっちゃって、嫌われてしまったのかとも思っていたのに。


 彼女は来てくれた。絶体絶命のピンチに、颯爽さっそうと駆け付けてくれたのだ。まるで、いつかの劇の王子様のように。


 そして、この水晶の剣。今もどこかで戦っているのだろう愛音ちゃんが、静流ちゃんに託した勝利の鍵。この間の訓練の事を、彼女は覚えていてくれたのだ。

 「オマエなら、コレ一本あれば逆転できるだろ?」――――そう言いながら白い歯を見せて笑う彼女が脳裏に浮かぶ。


 ぼくの窮状を見越した、この剣は無言のエール。静流ちゃんを通して繋がれた想いのバトンなのだ。


「しるふ、いける?」


「うにゃ~、ゼンゼンいけるよ~」


 頭を振りながらふらふらと舞い上がるしるふ。蟹坊主に吹っ飛ばされたダメージは思った程ではないようだ。

 ようし、ここからはぼく達の番。二人が届けてくれた想いに……全力で応えるんだ!


「見ていて静流ちゃん。ぼくの――――変身!!」

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