第64話 運命の六十階!
【前回までのあらすじ】
【門】から現れた大量のサラマンダーによって大混乱に陥った池袋の街。天海神楽学園一年S組の面々は、近くの地下道へと身を潜めていた。
取り残された灯夜たちの身を案じ、ひとり奥へと進む静流であったが、泥細工のような姿をした妖、巖泥がその行く手を塞ぐ。
絶体絶命の彼女を救ったのは、駆け付けた愛音であった。静流の覚悟を信じ、彼女は妖の足止めを買って出る。
灯夜たちが居るのはビルの六十階。そこへ急ぐ静流の運命や如何に――――!
◇◇◇
……怖いほど静かに、エレベーターはことりと上昇を止めた。ゆっくりと左右に開いたドアの向こうに、広がっている光景。
それは、悲惨としか言いようのないものだった。
出口の周りに、そこから伸びる通路。ちらりと見えるその奥の角まで……おびただしい数の人々が倒れ、床に伏しているのだ。目に映る範囲で、動く者はひとりもいない。
「……このビルの中の人はみんな、こんなふうに気絶させられてしまったのかしら?」
原因はおそらく、エレベーターに乗った直後に感じた悪寒。かつて私が
……そっち関係の人たちが言うところの、霊力――――全ての生き物が持つという、霊的な不可視の力――――それを奪われてしまっているのだろう。
私が平気でいられるのは、普通の人間よりその霊力の量が多かったから。この体質によって、私の人生は少なからずおかしな方向へ向かってしまった訳だけど……今この時に限っては、それに感謝しなければいけない。
でなければ、私――――
「来たわよ、月代君……あなたを助けに!」
そう、私はついにここまで来たのだ。暗闇の地下道を越え、妖の妨害に遭いつつも、彼の待つビルの最上階まで。
……途中であの愛音グリムウェルに貸しを作ってしまったのは少し悔しいけど、今はそんな細かいことはどうでもいい。
私の役目は、ここから彼を……月代灯夜を助け出す事。おっと、クラスメイトの及川さんと東雲さんも忘れてはいけない。
この三人を無事に連れ戻すのが、一年S組委員長たる私に課せられた使命なのだから。
……幸いなことに、今のところ妖の気配は感じられない。私はいわゆる“術者”とかいう人たちと違い、妖怪に関しての知識はほとんど持ってはいないけれど……実際に事件に巻き込まれた経験から、そういった気配の見分け方が分かるようになっていた。
通路を抜けると、窓に面した開けた空間が広がっている。そこら中に人が倒れてはいるけれど、その密度は通路に比べれば大したことはない。
窓からは煙たなびく池袋の街が一望できたが、それを絶景と呼ぶ気にはなれなかった。第一、不謹慎に過ぎる。
「ここのどこかに、月代君が……」
彼が最後の電話で告げた移動先、それがこの展望台。フロアのどこかに居るのは間違いないはずなのだ。
……いっそ、声を上げて呼んでみるべきか? 月代君は私と同様に霊力が高いわけだから、意識を失っていない可能性は充分にある。案外、呼べばすぐ応えてくれるかも知れない。
けれど、それは同時に妖に自分の存在を知らせてしまう危険と紙一重。折角ここまで辿り着いたというのに、私まで捕まってしまっては全てがムダになってしまう。
「やっぱり、地道に探すしか…………!?」
その時だ。正面の角から、何か……声が聞こえたのだ。くぐもった、多分男性の声。月代君の楽の調べのようなそれとはほど遠い、荒々しい響きが。
「……おのれ、
私は慌てて隠れ場所を探すが、見つからない。さっきの通路へ戻ろうとも考えたけど、だめだ。声はもうすぐそこまで近づいている!
「っ……!」
こうなったら、もう運を天に任せるしかない。私は壁とその前に倒れている女性の隙間に身体を滑り込ませると、目を閉じて息をひそめた。
心臓が、張り裂けんばかりに脈打つ。その激しい鼓動の合間に……ざし、ざしと草を踏むような足音が近づいてくる。薄目を開けた先に見えたのは、白い
「あの
それは
――――これが、このビルを乗っ取った妖! 銀髪の小娘って……もしかして月代君の事!?
「あの程度の小虫ならば、動けなくなるまでそう時間は掛かるまいが……ええい、見つからぬのもまた不愉快ぞ……」
足音は横たわる私の脇を足早に通り過ぎていく。それが聞こえなくなるまで遠ざかり、さらにそこから十数秒の後……私はようやく安堵のため息をついた。
「はあ……危なかった」
「ホント、やんなっちゃうよネ~。うっかり見つかったのは、そりゃアタシのせいだけどさ~」
――――え? 私は声の方向を二度見する。目の前に倒れている女性、その傍らの手提げ袋ががさがさと音を立て、中から……小さな人影が飛び出してきた!
「なっ、あなたは――――!」
トンボのような羽を生やした、身長十五センチ程の妖精。それは忘れもしない……月代君と契約して彼を怪しい道へ引きずり込んだ張本人!
「しるふ! どうしてここに……いえ、そんな事より月代君! 月代君はどこにいるの!?」
……私が入って来た側とは違い、その現場はひどく荒れ果てていた。壁に空いた大穴からは冷たい風が吹き付け、倒れた人たちの上には壊れたオブジェの破片が降り積もっている。
まるで台風が通った後のような惨状。そんな中に――――彼は、月代灯夜は居た。
太いコンクリートの柱に、そのか細い身体を縛り付けられた無惨な姿。思わず駆け寄ろうとする私を、しるふが袖口を引っ張って制止する。
「待って! アイツが……アイツが来るっ!」
しるふが指差したのは、私たちとは柱を挟んで向かい側。突き当たりの角から、さっきの僧侶姿の妖がゆらりと顔を覗かせる。
「ちょっと、どうするのよ! これじゃあ月代君に近づけないじゃない」
倒れたオブジェの影に急いで身を隠しながら、私はしるふを問い詰めた。
「ドウスルも何も、またどっか行っちゃうまで待つしかないんじゃない?」
しるふから返ってきたのは、実に危機感のない答え。
「あいつがこれから月代君に何かするかもしれないのよ!? そんなの、放っておけるわけないわ!」
私は手にした剣――――愛音グリムウェルから借り受けた水晶の剣を握りしめた。柱まで辿り着ければ、これで彼を
けれど、その間妖に妨害されずにというのは……どう考えても難しいだろう。
「……しるふ。あなた、
「えー! なんでアタシが!?」
「あなたの方が私よりずっとすばしっこいでしょうが! 適材適所ってやつよ!」
彼女には悪いと思わないでもないが、今は非常時だ。月代君の身の安全が第一というのは、しるふだって同じはず。
「う~、精霊づかいの荒いヤツ! 行けばイーんでショ、行けば!」
私に恨めしそうな
「ほーら、鬼さんコチラっ! 捕まえられるモンなら、捕まえてみやがれなんだヨ~!!」
妖がぎょっとしたような目をしるふに向けた、その次の瞬間。私も隠れ場所を出て走り出していた。向こうがしるふに気を取られている間に、何としても柱に辿り着くのだ。
――――待っていて、月代君。今、私が……行く!!
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