第63話 四方院樹希は奔走する

【前回までのあらすじ】


 渋谷の街で大規模な召喚術を行った妖を追い、池袋の地に降り立った天御神楽学園の術者……四方院樹希。

 

 管狐から呑香由衣の危機を知らされた彼女は、東池袋の地下駐車場に急行する。

 囚われていた由衣を救い【門】を破壊した樹希は、雷華と共に池袋の各所に点在する残り五つの【門】を閉じるべく、行動を開始した――――!



◇◇◇



 ――――時はしばし巻き戻り、池袋に【門】が発生してからおよそ三十分が経過した頃。わたし……四方院樹希は数えて六つ目となる【門】に相対していた。



響震ひびけ、“鳴雷”なるみかづち!」


 白い雷光が【門】に向けはしる。まばゆい閃光が辺りを覆い尽くし、それが弾けた後……天に向けそびえ立っていた光柱は消え失せ、狭い裏路地は何事もなかったかのように平時の穏やかな静寂に包まれていた。


「はい、お終い……と」


 わたしは柱のあった跡に転がる砕けた小石を拾い、懐に収める。【門】を生み出していた召門石――――破壊される事で霊力を失い、今はただの石ころだが……一応の証拠物件だ。


「これでもう、五月蠅うるさいサラマンダー共が増える事はなくなったわね」


 路地の塀にもたれかかるように倒れた黒焦げの爬虫類を一瞥いちべつしつつ、ゆっくりと身を起こしたわたしの脳裏に、 


『開かれた六つの【門】……その全てが閉じられたとは言え、すでに街に放たれたあやかしが消え失せる訳ではありません。引き続き、殲滅せんめつを続ける必要があります』


 霊装によって一心同体となったパートナー、雷華の声が響く。こうして【門】を一掃できたのも、早々に彼女と合流できたお陰だ。でなければ、池袋全域に点在する【門】を生身の足で回る羽目になっていたのだから。


「その前に、いくつか気になる場所もあるわ。先生が向かったっていう地下道もそうだし、例の六十階ビルに見えた爆発も。それと――――」


 黒煙たなびく空の、更に上。航空機ではあり得ないスピードで飛び回っては火花を散らす、二つの物体……片方はあの不知火ミイナだろうが、ここからでは彼女が何と戦っているのかまでは分からない。


「戦闘力だけには定評のある先輩と、互角にやり合ってる奴がいるわね。気は進まないけれど、そっちの救援も考えに入れる必要があるか……」


 さて、これからどう動いたものか? 自慢する訳じゃないけど、四方院の巫女は妖対策分室の最大戦力。それがどの戦場へ投入されるかによって、今後の戦局が左右されることになる。


「とりあえず、一度分室に連絡しておくべきかしらね」


 わたしは懐から携帯を――――耐電処理が施されたごついガラケーを取り出した。池袋全域に発生した電波障害によって、無用の長物と化していた携帯電話。

 だが障害の原因と目される【門】がなくなった今なら、元通り通話が可能のはず。


 けれどボタンを操作し、コールを開始しようとした途端、それはぶるぶると振動しながらチープな着メロを奏で始めたのだ。


「……先生だわ! どうやら、先手を打たれたみたいね……もしもし?」


『もしもしイツキ? やっと連絡できたっ! もうあなただけが頼りなのよ~!』


 通話口の向こうから安堵のため息が流れてくる。電話の主は……月代蒼衣。妖対策分室のトップである。

 聞いた話では、陣頭指揮のため危険をかえりみず池袋入りしたとの事。わたしとしてはまず術者でもない彼女の無茶をとがめたいところだが、なにぶん状況が状況だ。


「……先生、ご無事で何よりです。まずは、そちらの現状を教えてもらえますか?」


 ――――先生は今、桜や一年S組の生徒たちと一緒に居るという。彼女の話す情報はおおむねこちらの予想の範囲内ではあったが、それでもいくつかは重要な新情報が含まれていた。


 まず池袋の電波障害だが、今からおよそ十分ほど前には解消していたらしい。十分前といえば、わたしが丁度三本目の【門】を処理したあたりだ。

 街を囲うように設置されていた【門】の半数が失われた事で、電磁波による干渉領域が激減したせいなのだろう。


 分室の倉橋からの電話で先生はそれに気付いたのだという。事前に池袋の外に退避させた呑香どんこさんが、分室にわたしが【門】を閉じるという情報を送ってくれていたのだ。


 それによって先生の端末は分室との同期を回復し、現時点での最新情報を手に入れることができた。こちらとしても、状況を俯瞰ふかんした彼女の指揮を受けられるのはありがたい。

 現場の判断だけでは難しい局面というのは、どうしてもある物なのだ。


 次に、妖が例の六十階建てビルを占拠しているという事実。偵察に出た愛音の話では、ビルの周囲は強力な障壁で覆われて一歩も近づけないのだという。

 そして厄介な事に……灯夜がクラスメイトと共にその中に囚われているというのだ。障壁の影響か、ビル内とは今も全く連絡が取れず、彼等がどうなっているのかは皆目見当がつかない。


「灯夜が……まったく、世話が焼ける子だこと! わたしが行って気合いを入れ直してやります。ついでに妖共も叩き潰して――――」


『あー待って、待ってイツキ! あなたには他に行ってもらいたい所があるのよ~!』


 先生いわく、そちらではすでに愛音が戦闘中との事。地下を探索中に門番らしき妖と遭遇したらしい。例の障壁は地下まではカバーしていない様で、門番さえ片付ければ突破できそうだという話である。  


「それで、わたしはどこへ行けばいいんです? まさかそっちより先輩の援護が優先とか言いませんよね?」


『うーん、ミイナを放っておきたくないのは山々だけど、それより先に確認してほしいの。回復した監視カメラが、あなた達が追っていた妖……セーラー服の女の方が西池袋方面に向かうのを捉えたのよ!』


 セーラー服の女……あれは確か、あの我捨がしゃとかいう男の仲間だったはず。呑香さんの話では、敵の首魁しゅかいのひとり、土蜘蛛の栲猪タクシシとやらと因縁浅からぬ関係だという事だが……


『そいつが向かう方向に、その栲猪がいる可能性は高いわ。街のそこら中に【門】を開けるような奴よ……放置しておいたら、また何をされるか分からない。頼めるわね、イツキ?』


 “憑依”を果たした妖である我捨をして、“相当の手練れ”と評した栲猪。これは確かに、四方院わたし向けの仕事だ。


「分かりました。今から向かいます。西池袋、でしたよね?」


『ええ。こっちで誘導するから、通話は切らないでよ!』


 わたしの携帯は旧式なため、GPSの地図機能を利用できない。地味に不便ではあるが、最新のスマホを耐電仕様にするには技術的に問題があるのだ。

 獣身通・虎鶫トラツグミの黒翼を羽ばたかせ、わたしは西池袋方面を目指す。


 異変が起こったのは、池袋駅の真上を通過した頃だ。背後から響く異様な遠吠え……その不気味さは、わたしを立ち止まらせるのに充分なものだった。


「妖の……叫び? それも、一匹や二匹じゃない……」


 下を見ると、今まで好き勝手に暴れていたサラマンダー達が、一斉に声のした方向へと走っていく。これは、連中にしか分からない何かの符丁ふちょうなのか?


『とりあえず、今はこちらの仕事が優先よ。そこから十時の方向、ビルの立体駐車場が見えるわね? 例の女がその中に入ったわ!』


「了解!」


 気配を消しつつ、駐車場へと近づく……見えた! 無人のはずの上層階にたたずむ、マント姿の男。おそらく、奴が栲猪だ。


「これから仕掛けます。通話終了!」


『気を付けてね、イツキ!』 


 携帯を懐に戻し、向かいのビルの後ろ側から慎重に距離を詰める。屋上から駐車場をうかがうと、男とセーラー服の女が何やら口論している様子である。

 ……こちらの存在には、まだ気付かれていない。


『どうします、お嬢様。奇襲を掛けるなら今ですが……』


「雷華、四方院の巫女が不意討ちやだまし討ちで勝ちましたなんて、言えると思う?」


 ――――対妖の最強戦力、それが四方院。妖たちにとって恐怖の存在であり続ける為に、わたしは常にその実力を示し続ける必要があるのだ。  


「正々堂々、正面から蹂躙じゅうりんする! それがわたしの……四方院樹希の戦い方よ!」

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