第61話 炎の軍勢
【前回までのあらすじ】
裏切りの妖たちによって喚びだされた妖、伝説の【竜種】――――紅の竜姫。ふとした事から知り合った灯夜たちとひと時、穏やかな時間を過ごす彼女だったが……【がしゃ髑髏】の我捨の突然の襲撃によって事態は一変する。
我捨から灯夜たちを守る為、【竜種】としての姿と力を解き放つ竜姫。逃走を図る我捨を打ちのめした彼女の前に、強大な火炎を操る霊装術者――――不知火ミイナが立ち塞がった。
激しくぶつかり合いながら池袋の街に降り立った二人を、【門】より現れたサラマンダーの群れが取り囲む。しかし、サラマンダー達の見せた動きは竜姫にとって意外なものだった――――!?
◇◇◇
――――廃墟のような静けさに包まれた、白昼の池袋の街。その高層ビルの谷間で
人に近い容姿の者もいれば、
裏切りの
それは、火の精霊としての本能。高温高熱の環境を好む彼等にとって、周囲に火を付けて回る事は呼吸をするのと同様に自然な行為なのだ。
しかし街の一角から鳴り響く
火の精霊の本能すら
「……これは異なことよ。こ奴等に恨まれる覚えなど、わらわには思い至らんのだがのう?」
襲い掛かってくるサラマンダーの一体を片手で払い飛ばしながら、紅の竜姫は思わず率直な疑問を唇に浮かべていた。
――――突如として牙を
敵味方で言うなら、むしろこちら側に付くのが道理。それがどうした事か、明確な敵意を持って彼女に向かって来ているのである。
「フッ、理解できないといった顔をしているな? まあ無理もない。あたし自身驚いているのだからな……何の因果か、この街で暴れ回っていたのが火の精霊ばかりであった事に」
放置された乗用車のボンネットに腰掛け、竜姫とサラマンダー達の戦いを
「暇をしておるなら、ご教示願いたいものだのう? この連中が何故……わらわ
「なに、簡単な理屈よ。こいつらサラマンダーは火の下級精霊、その位は知っているだろう?」
放たれた問いに応え、ミイナは涼やかに語り出した。
「そして、あたしが契約した【
「なにい、それではこ奴等は……」
「そう、精霊たちにとって位階の違いは絶対。上位の者の命令に逆らう事はできん……つまりこのサラマンダー共は今やあたしの意のまま、最後の一兵になるまで戦う忠実な兵士という事よ!」
ミイナの言葉を裏付けるように、サラマンダー達は倒されても倒されても竜姫への攻撃を止めはしない。その上、倒したそばから次々と新手が押し寄せてくる……先程の咆哮を聞いた池袋中のサラマンダーが、今まさにこの場へと集結しつつあるのだ。
「成程、要はこの連中全てがお主の縁者であったという事か。栲猪め、よりにもよって面倒な妖をばら
次々と襲い来る敵を矢継ぎ早になぎ倒しつつ、紅の竜姫はため息をついた。サラマンダー一体一体の戦力はたかが知れているが、流石にこれだけの数の相手をするのはひと苦労である。
そして何より、彼等は冨向が準備している儀式……竜姫を元の世界へ帰す為のそれを完成させるまで、追手達を引き付ける意図で放たれたもの。
「フッ……お前の力を持ってすれば、その程度の妖を片付けるなど造作もない事なのだろう? そろそろ見せて欲しいものだ……【竜種】の、本当の実力というヤツを!」
何食わぬ顔で
竜姫にダメージらしいダメージを与えたければ、今池袋にいる数の更に倍のサラマンダーが必要になるだろう。倒すともなれば、それこそどれだけの物量があっても足りる気はしない。
それを知ってなお精霊たちをぶつけたのは、その戦闘の中から竜姫に対する有効な戦術……言わば攻略法を見い出す為であった。
実際に手を合わせてみて、ミイナは竜姫が己の目測を大きく超える実力の持ち主である事を悟っていた。本体のパワーも脅威だが、背中の羽根で空中を自在に駆ける機動力が難物なのだ。
ミイナ自身にも飛行能力はある。
だがこの方法では速度と瞬発力は得られても、ドッグファイトに不可欠な細かい姿勢制御は不得手となる。序盤の空中戦において、彼女はそれを思い知らされていた。
それに加え、竜姫の持つ攻防一体・変幻自在の浮遊する鱗。これが厄介だった。特に近、中距離での圧力が凄まじく……前述の機動力差と相まって、ミイナは遠距離からの攻撃にシフトせざるを得なくなったのだ。
そして距離を離してもその高い防御力は健在であり、先程彼女が放った追尾火球も、おそらくはこれに阻まれ竜姫本体に届かなかったと推測される。
――――ミイナが今まで相手にしてきた妖達のように、単純な力押しだけで勝てる相手ではない。紅の竜姫を攻略するには、その強大な戦闘力に隠された僅かな隙を見つけるしかないのだ。
「手下を
「そして何より……退屈で
彼女がミイナに求めていたのは強者との胸躍る戦いであって、雑魚をすり潰し続ける苦行じみた作業では無い。例え勝利が確定しているにしても、それに費やす時間は無駄以外の何物でもなかった。
噴き上がる妖気に乗せて、鋭く
「散々勿体ぶりやがって。ようやく、その気になったか――――」
それこそが、不知火ミイナが待ち望んだ瞬間であった。竜姫の戦力の要である深紅の鱗が、いかに攻防一体とは言え……攻撃に回す数が多くなれば当然、防御は手薄になるのが道理だ。
ましてや最大数を攻撃に用いた瞬間ともなれば……その間、竜姫は完全に無防備な状態になる筈である。
紅の竜姫に隙が生じるとすれば、まさにこの一瞬をおいて他にない。あくまで高見の見物を装いつつも、ミイナは全神経を集中してその時を待つ。
「よくよく考えてみれば、人間の術者はわらわの目の前。妖の追手とやらは先程始末したばかりではないか。となれば……この雑魚共もお役御免という事!」
竜姫が胸の前で両腕を交差したのを合図に、鱗たちが一斉に動き出す。しかし、それはミイナが予想していたものとは全く異なる挙動であった。
六角形の鱗がその頂点を重ね合い、一直線に連なっていく。やがて二本の長大な棒状に形成された鱗達はそれぞれの先端と後端を結合し、竜姫を中心に土星の輪のごとく配置された二枚の円形の刃に姿を変える。
「悪いが、これで終いにさせて貰うぞ。わらわにつまらぬ時間を過ごさせた報い、存分に受け取るがいい!」
二枚の刃が唸りを上げて回転を始めるのと同時に、竜姫は地を蹴って舞い上っていた。殺意の権化と化した彼女は、そのままの勢いでサラマンダーの群れへ飛び込んでいく。
「――――!!」
鈍い斬撃音と共に、妖たちの断末魔の絶叫が響き渡る。高速回転する鱗が、まるでチェーンソーの刃のようにサラマンダーの身体を引き裂いているのだ!
全方位に鱗を発射するような攻撃を想定していたミイナは、己の考えの甘さを痛感していた。敵は伝説に名を残すような怪物。無様に隙を晒すような容易い相手では決してない。
今の竜姫の姿は攻防一体どころか、近寄る者すべてを斬り倒す殺戮の化身。サラマンダーを用いてその力を図ろうとしたミイナの策は、皮肉にもより大きな窮地を彼女にもたらしたのだ。
「――――化け物めっ!!」
吐き捨てるように叫んで飛びずさるミイナ。一瞬前まで彼女が座っていた乗用車が、みるみるうちにバラバラに解体されていく。
「そう、わらわは化け物。お主にとって――――最悪の敵ぞ!」
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