第60話 激突、竜姫対ミイナ!

【前回までのあらすじ】


 裏切りの妖たちによって喚びだされた妖、伝説の【竜種】――――紅の竜姫。ふとした事から知り合った灯夜たちとひと時、穏やかな時間を過ごす彼女だったが……【がしゃ髑髏】の我捨の突然の襲撃によって事態は一変する。


 我捨から灯夜たちを守る為、【竜種】としての姿と力を解き放つ竜姫。形勢の不利を悟り、逃走を図る我捨を打ちのめす彼女だったが、その前に強大な火炎を操る霊装術者――――不知火ミイナが立ち塞がる。


 互いの実力を認めつつも、激突する二人。恐るべき強者同士の死闘が、ここに幕を開けたのだった――――!



◇◇◇



 …………遥か空の彼方に、時折またたく光。もし地上から見上げた者が居たならば、その輝きに何らかの違和感を覚えたことだろう。

 しかし平時ならいざ知らず、各所で火災が頻発ひんぱつし、全域に避難指示が出ているこの池袋の街においては……吞気に空を眺める余裕がある者など、もはや皆無に等しい。


 そう。地上六十階を誇るビルの、更に上空で繰り広げられている死闘。その激しさを知る者は、当事者である二人以外には存在しないのだ。


「喰らいやがれ、このトカゲ野郎!!」


 肌もあらわな姿に、炎の羽衣をまとった少女が右手を振りかぶると……その指先にぽっと明るい火がともる。生じた輝きはみるみるうちに大きく膨れ上がり、サッカーボール程のサイズの火球へと姿を変えた。


 少女が火球を投げ放つ、その標的は……これもまた美しき少女。深紅のころもまぶしい金色の髪をなびかせた、しかし異形の少女は、飛来する火球をその腰から生えた太い尻尾で弾き飛ばす。


「こんなもの、かわすまでもないわ!」


 あらぬ方向に弾かれた火球が爆発する、その閃光の照り返しを受けながら……紅の竜姫はその口元に余裕の笑みを浮かべていた。


 ――――拳と拳の応酬から始まった二人の少女の激突は、今や何でもありの総力戦の様相を呈している。直接の殴り合いだけにとどまらず、間合いを離しての飛び道具をも交えた激しい攻防。

 己に挑み来る敵手の予想以上の強さに、竜姫は内心の昂ぶりを隠せない。


「【竜種】と知って、なお向かって来るだけの事はある。だが、まだ足りぬ! もっとわらわを愉しませてみせよ!」


「フッ……ならば、こういう趣向はどうだっ!」


 竜姫の挑発に応じるように、羽衣の少女――――不知火ミイナは再び右腕を高く振り上げた。今度は大きく広げた五指の先にひとつづつ、計五つの小さな火球が生まれ出でる。

 ミイナの手から放たれると、火球たちはそれぞれ異なる軌道を描いて竜姫を貫かんと殺到した。


「ふん、子供だましよの」


 自分を狙って迫る火球の群れを、竜姫は寸前でひらりと避ける。一瞬前までその身体があった空間を、五条の火線が駆け抜けていく。


「まだまだいくぞ! そらっ!」


 間髪入れず、今度は左手から火球を投げ放つミイナ。それと同時に、伸ばしたままの右手首をくるりと返す。


「むっ、これは――――」


 ミイナが打ち出した新たな五つの火球に加え、回避した筈の先程の五つまでもが方向を変え、再び竜姫へと押し寄せてくるではないか。


「味な真似をっ!」


 前後から迫る火球を、今度は大きく旋回して躱す竜姫。しかし数を増した火球たちはその勢いのまま方向転換し、なおも彼女を追い続ける。


「そいつ等からは逃げられんぞ! 大人しく喰らってくたばるんだな!」


 哄笑こうしょうするミイナの声に歯嚙みしながらも、竜姫は回避に専念する。一発一発の威力は然程さほどでもない筈だが、うっかり一つでも当たろうものなら続く全弾のヒットが確定してしまう。

 ……【炎の魔人イフリート】と契約したミイナの、これがまさに真骨頂。多数の火球を正確に遠隔操作する術は、彼女の強靭な精神力を持って初めて完成するものなのだ。


「避け切れぬか……ふふ、面白いっ!」


 竜姫が急上昇に転じた。背から生えた羽根を羽ばたかせ、更なる高みへと飛翔する。火球の群れもそれに遅れることなく、逃げる獲物を追って天高く昇っていく。


 やがて遥か上空で爆光が閃き、大気を震わす轟音と衝撃がミイナの鼓膜を叩いた。 


「フッ、他愛ない……あの程度の攻撃をさばけんとは、【竜種】とやらも所詮しょせんは過去の遺物か」


「……さて、それはどうかの?」


 頭上から不意に投げ掛けられる声。そちらを振り仰いだミイナの視界は、瞬時に真っ白く塗りつぶされる。


「――――なにい!?」


 それは……太陽。まぶしく輝く真昼のそれから降り注ぐ容赦のない陽射しが、一瞬だが彼女の視力を奪っていた。


「詰めが……甘いわ!!」


 時間に換算して一秒にも満たない僅かな隙。その刹那の間隙をぬって、ミイナの身体に赤いシューズの爪先がめり込む。太陽を背にして飛来した竜姫の蹴りが、まともに彼女を捕らえたのだ!


「ぐうっ!」


 重力加速度のたっぷり乗った一撃を浴び、真下へと跳ね飛ばされるミイナ。眼下に広がる高層ビルの街並みがぐんぐんと迫り、彼女の視野を埋め尽くしていく。


「減速は……間に合わんか!」


 咄嗟に体をひねり、手近なビルの外壁を蹴りつける。速度はそのままに方向のズレた身体は別のビルの窓に飛び込み、フロアを横断しつつ反対側へと吐き出された。


「久しぶりだな……ここまでの一撃を貰うのは。雑魚ばかりを相手していたお陰で、腕が鈍ったのかもしれん」


 どうにか体の制御を取り戻し、ミイナはアスファルトの路面へと降り立った。街に人影はなく、通りのあちこちからは今も黒い煙が上がっている。


「そうか、やけに街が静かなのは……こいつらのせいか」


 ミイナのつぶやきに応えるように、建物の影から炎を纏った怪物が姿を現す。火の精霊・サラマンダー……それも一匹や二匹ではない。おびただしい数の精霊たちが、いつの間にか彼女の周囲を遠巻きに囲んでいるではないか。


「何ぞ、こ奴らは。わらわの折角の愉しみに、水を差そうというのではあるまいな?」


 ゆっくりと舞い降りてきた竜姫が、居並ぶサラマンダーを一瞥いちべつする。彼我の実力差を悟ってか、火の精霊たちは襲い掛かるでもなく沈黙を守っていた。


「ふふ、ふはは――――」


 唐突に声を上げたのは、ミイナだ。竜姫の蹴りを受け、少なからぬダメージを負った筈の彼女が……笑っている。


「お主……何が可笑しい? 蹴落とされた時に頭でも打ちおったか」


「フッ、つくづく運が無い奴だと思ってな……まさか落ちた先が、よりにもよって火の精霊の群れとは」


 ミイナは静かに右手を持ち上げると、言葉の意味を図りかねて首をかしげる竜姫を指差した。


「やれ、火の精霊サラマンダーども! こいつが貴様等の敵だ!」


 途端に、サラマンダーたちの目の色が変わった。爛々らんらんと燃える幾条もの視線が一斉に竜姫へと向けられたかと思うと、周囲をまるで狂気に囚われたかのような咆哮ほうこうが埋め尽くす。


「誰の手も借りぬとは言ったが、使える物は使わせて貰おう。さあ、切り抜けて見せろよ……【竜種】!」

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