第56話 地下道の再会

【前回までのあらすじ】


 池袋の街で巻き起こる、妖による相次ぐ異変。奮闘する樹希や愛音、そして灯夜たちと合流すべく、炎と煙が渦巻く街へ降り立つ妖対策分室長・月代蒼衣と……バイクの運転手として呼び出された土師彦次郎。


 【門】から現れた大量のサラマンダーに取り囲まれた二人の窮地を救ったのは、影を操る霊装術者、灰戸一葉だった。

 彼女の助けにより藤ノ宮の双子巫女と合流を果たした蒼衣は、愛音たちのグループが隠れているという地下道を目指す。

 サラマンダーによって包囲された入り口へ、強行突破を敢行する一行だったが…………。 


 

◇◇◇



 ――――走る。ただひたすらに。一秒でも速く、一歩でも前へ。それが今の私達の最適解なのだから。


「もう少しよっ! 頑張れ――――!」


 半分は自分に言い聞かせるように、苦しい息の中から声を絞り出す。この場の引率者は私。余裕はなくとも、声掛けしなきゃな立場である。

 幸い、先行した藤ノ宮の双子姉妹は地下道への入り口、長い下りエスカレーターに無事辿り着いたようだ。


 残るは私、月代蒼衣つきしろあおい土師彦次郎ヒコロー、そして――――


「あかん、一匹そっちへ行ったで!」


 足止めを担当している灰戸一葉はいどかずはの、珍しく切羽詰まった叫び。走りながらちらりと背後をうかがうと、ゆらゆら揺れる炎の人影がヒコローの後を追いかけてくるのが見えた。


 ……炎の正体、それはサラマンダー。火をつかさどる下級精霊のこいつらは、本来ならこんな街中にホイホイ出てくる連中じゃない。この池袋に開かれた複数の【門】から、大量に発生したあやかし……それがたまたまサラマンダーだった、という事らしいのだ。

 たまたまと言っても、こうも大量にくからには何らかの因果関係があるんだろうけど……今はそんな考察にふけっている余裕はない。


「ヒコロー、急いで!」


 今は一刻も早く、地下道へと逃げ込まなくてはならないのだ。火の精霊である奴らは本能的に閉所を嫌う。そうでなくとも、大量のサラマンダーが地下に入れば、あっという間に酸素と二酸化炭素の比率は逆転してしまうだろう。

 火の無い所に存在できない連中にとって、それは自らの首を絞めるに等しい。


 だから、地下道までは追って来ない……恐らく愛音達も同じ事を考えてここに避難してきたのだ。逃げ込みさえすれば、当面の危機は回避できる筈。


「お、おう。言われなくとも……うっ!」


 言ったそばから、ヒコローがバランスを崩す。転がっていたペットボトルを踏みつけたのだ。倒れ込む彼の後ろで、広がった炎が抱擁ほうようせんとばかりにその手を伸ばす。


「ヒコロー!!」


「……先生、フセロ!」


 私が叫ぶのと同時に、エスカレーターの方から鋭く響く声。慌てて身を屈めた私の頭の上を、一陣の疾風が走り抜けていく!


「ひゃっ、何!?」


 風を巻いて飛翔するのは、人の背丈程もあるゆるく湾曲した板。それはヒコローの背後の炎をひとぎで弾き飛ばすと、そのままくるくると弧を描いてこちらに帰って来る。

 エスカレーターの前に立ち、その巨大なブーメランを受け止めたのは……肌もあらわな民族衣装姿の少女。


「――――ルルガ・ルゥ! 助かったわ!」


 灰色の髪に褐色の肌を持つ彼女の名は、ルルガ・ルゥ・ガロア。愛音同様留学生の術者で、私が副担任を務める一年S組の生徒だ。


 ……S組の子達の池袋行きの話を聞いた時、そのメンバーに彼女の名前があったのを少し意外に感じた覚えがある。正直最初は大丈夫なのかこの子とか思ってたけど、思いのほかクラスに溶け込めているようで何よりだよっ。


 ヒコローの腕を引っ張って走る私の脇で、再び投げ放たれたブーメランが砂煙を巻き起こす。術者である彼女は、私達と違ってちゃんと妖の姿が視えている。この一撃も追いすがるサラマンダー達に正確にヒットしたことだろう。


「大丈夫ですか、先生!」


「早く下へ! 暗いから気を付けて!」


 双子の声に従い、私達もエスカレーターを……動かざる金属製の階段を駆け降りた。戻ってきたブーメランを掴んだルゥがその後に続く。


「連中も、流石にここまでは追って来いへんなぁ。これでとりあえずひと安心やわ」


 いつの間に追いついたのか、一葉が涼しい顔で隣のエスカレーターを並走している。短時間とはいえ、数匹のサラマンダーを同時に相手取った後とは思えない余裕だ。


「ありがとうね、カズハ。あなたが奴らを引き付けてくれたお陰よ」


「なぁに、囮役くらい軽いもんですわ。ウチは逃げ足にゃ自信ありますんでねぇ」


 長いエスカレーターを降りると、そこは広い地下道になっていた。薄暗い通路の両脇には、サラマンダーに追われて逃げ込んで来たのであろう人達が座り込んでいる。

 エスカレーター同様照明の電源も落ちているらしく、明かりといえば出入り口から差し込む僅かな光と、個人個人が持つスマホの画面くらいのものだ。


「結構大勢いるな……ちょっとした避難所って所か」


 ヒコローが言う通り、ここには結構な数の避難民がいるようだ。暗くて正確には分からないけど、二、三十人……いや、もっと多いだろう。


「ルウ殿! 戻ったでござるか……って、小梅殿が二人!? それに蒼衣先生まで!」


 暗がりから駆け寄って来たのは、長い髪を首の後ろでまとめた眼鏡の少女――――服部忍はっとりしのぶ。彼女もまたS組の生徒である。


「や、ごきげんよう~。とりあえず無事で何より!」


「こっちは姉ですよ。ほら、前に話した……」


「藤ノ宮桜よ。こんな有り様で何だけど……初めまして、ね」


 再会を果たして、生徒達も安心したようだ。とは言え、未だ予断を許さぬ状況に変わりはない。それに――――


「ところで、アイネはどこ? 貴方達と一緒だって聞いたんだけど?」


 そう、肝心の愛音とノイがいない。危険な道程を強行したのも貴重な戦力である二人と合流する為。妖どもに反転攻勢を掛けるには、どうしてもあの子達の力が必要なのだ。


「愛音殿たちは、ちょっと偵察に行くって出ていったでご……です。十分くらいで戻ると言ってたので、そろそろ帰って来ると思いますが……」


「うーん、丁度入れ違いになってたかー」


「今ここに居るのは拙……私と静流殿にルゥ殿。別行動を取っていた灯夜殿たち三人も居ないのでござ……です」


 変な語尾を抑えつつ、状況を説明する彼女。教師相手だからって遠慮してるんだろうか……別に拙者でもござるでも気にしないんだけどなぁ。


「ん、静流って綾乃浦あやのうらさんよね。彼女はどこ? 姿が見えないようだけど……」


「え? 静流殿ならずっとそこに――――」


 誰も居ない床の一角に向けて振り返る彼女。薄暗闇の中でも、その表情が強張るのがハッキリと分かった。


「し……静流殿? ど、どこに行ったでござるか――――!?」



 暗い地下道に反響する呼び掛け。しかし、それに応えるべき少女の姿は、ついに現れる事は無かったのである――――。

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