第55話 灯夜、更なるピンチ!?
【前回までのあらすじ】
色々あってゴールデンウイークにダブルブッキングを決行していた主人公、月代灯夜。
不思議な女の子……通称“お姫様”と仲良くなって、某六十階建てビル最上階の展望台にやって来たところで異変は起こります。
何者かの術によって展望台の中の人々は次々と霊力を奪われて倒れ、ビルそのものも見えない壁によって封鎖されてしまいました。
そして妖の男から灯夜たちを守る為、“お姫様”は伝説の妖【竜種】としての姿と力を解き放ち、灯夜の元から去っていくのです……。
何とかして彼女を救いたいと思う灯夜の前に、立ちふさがる妖僧・冨向入道。
彼の術によって囚われの身となった灯夜は、冨向の恐るべき野望を知ることになるのでした――――!
◇◇◇
「――――そして儂は首尾よく最上級の触媒、“竜の鱗”を手に入れたのよ! しかしあの
柱に縛り付けられ、身動きできないぼくの前で……
「儀式の地に渋谷を選んだのは、あそこが人間共の欲望の気が最も濃い場所だったからよ。少人数での召喚を安定させるには、多くの気が集まる場所が適しておるからのう……」
彼の話は、正直言ってぼくには半分も理解できなかった。知らない人名や難しい専門用語が説明も無しに出てきたり、エピソードが不意に前後したり……おそらくだけど、彼はこういった説明をするのが苦手というか、そもそも誰かに話を聞かせた経験自体がほとんど無いのだろう。
「召喚は見事に成功した! 触媒を用いての術式はこれが初めてになるが、魔術を極めし儂が失敗などする筈も無いのだ! 全てはこの冨向入道様の目論見通りという訳よ。ふははは――――!」
そして事あるごとに、自分の能力が優れているだの考えは正しいだのといった自慢が入る。彼のやっている事は、良い悪いを別にすればそれなりに大した仕事なのかもしれないけれど……それを本人が声高に語っちゃうのはどうなんだろう?
「籠城する場所も儂が決めたものだ。ここならば万一追手や術者共に嗅ぎ付けられても、半日は優に粘る事が出来る。この儂の術式を最大限に活かせる地形を選んだのだからな!」
額に汗を浮かべ、半ば息を切らせながらも……冨向入道の熱弁は止まらない。ぼくがその話を理解できるかどうかなんて、彼は気にも留めていないようだ。
……よくアニメやドラマ等で、悪役が自分の悪事をこと細かに説明するシーンがあるけど、ぼくはそれをお話の都合なのだと思っていた。話を分かりやすくするための工夫なのだと。
小説なら地の文でいくらでも書けるけど、それが使えないとなれば登場人物に喋らせるしかない。そして、悪事を説明するにはそれを考えた悪役が最も適任というわけだ。
けれど、がらんとした展望台で身振り手振りを交えて語り続ける冨向入道の姿を見て……ぼくは、自分の考えが必ずしも正解とは限らないと思い始めていた。
――――彼は、語りたかったのだ。自分の企みがどれだけ優れたものであるか、それを実現するためにどれだけ苦労したかを、ずっと誰かに話したかったに違いない。
性格的に自慢せずにはいられないとか、自慢することがモチベーションに直結するとか、そういった
けれど、この企みは口外厳禁。軽々しく外に漏らしてしまえば、罠が罠にならなくなるのだから当然である。
相手が、ぼくだから――――恐れるべき敵でも、
「あの竜の小娘には“封呪の
とは言え、自由を封じられている状態というのは決して丁重な扱いとは言えない。貴重な情報を得られたのはいいけれど、これを外に伝える手段がないのだ。
もっとも冨向の方も、ぼくが誰にも話すことができないと確信したからこそ、秘密をぺらぺら喋っているんだろうけど。
『とーや! もしかしてピンチ? ピンチだよねっ!』
「っ!?」
その時突然頭の中に響いた声に、ぼくはびっくりして思わず声を出しそうになった。
『しるふ! いきなりどうしたのっ!』
それはぼくのパートナー、風の精霊しるふからの“念話”だった。契約で結ばれたぼく達は、離れていてもこうして意思を伝え合えるのだ。
でも、なんか妙に距離が近い気がする。ビルの外にいるなら、もっと遠い感じになると思うんだけど……
『いきなりじゃないヨ! ホラホラ~!』
気配の方に視線を向けると、熱弁を振るう冨向の後ろ……天井からぶら下がった飾りの影から、笑顔でピースサインを送るしるふの姿が。い、いつの間にっ!
『いやさっき壁に穴空いてたでショ? そのスキにささっとセンニュー完了していたのだよっ!』
なるほど、流石はしるふ。一瞬のスキも見逃さない……ってちょっと待った!
『なんで入ってきちゃったの!? 外にいれば、愛音ちゃん達に情報を伝えられたのに!』
そう、しるふと念話でやり取りすれば外にいるみんなと連絡が取れたのだ! しまった、もっと早く気付いていれば……閉じ込められた時点でしるふに、この事をみんなに伝えてって頼むべきだった。
目の前で起こる出来事にかかりっきりで、そこまで頭が回らなかったのだ。不覚……
『ダイジョブダイジョブ! スキを見てマホーショージョになって、ぱぱーとやっつけちゃえばモンダイないって!』
それはそうかもしれないけど……冨向入道の目の前で変身する訳にもいかない。無力な人間のぼくをわざわざ拘束する用心深い相手だ。しるふがふわふわ近づいてくるのを黙って見過ごしてはくれないだろう。
「――――
幸い、冨向入道の長話は締めの部分に差し掛かっている。彼だっていつまでもぼくの相手をしている訳にはいかないだろうから、遠からずチャンスは訪れるはずだ。
魔法少女にさえなれれば、もう傍観者に徹している理由もない。
「“器”と同期した者は、力を使えば使う程多くの妖力を吸い取られていく。そして残りが一定の割合を切った時、一気にその全てが“器”に流れ込む仕掛けになっておるのだ。それと知った時にはもう手遅れという寸法よ。くく、楽しみよのう……」
そこまで言って、冨向入道はくるりとぼくに背を向ける。しるふが慌てて飾りの中に身を隠すが、気付かれはしなかったようだ。
「あ奴が外で暴れれば暴れる程、“器”の仕上がりが早まるという訳だ。本来であれば時間を掛けて吸い上げるつもりだったが、
満足気な笑い声を残して、冨向は通路の奥へと姿を消した。思ったより早い、チャンス到来……けれど、安心してもいられない。彼の話が真実なら、紅の竜姫の運命は風前の灯火だ。
一刻も早く、彼女にこの事を伝えないと。
「しるふ、変身するよ!」
「オーケイだヨ~!」
勢いよく飛び出したしるふが、そのままぼくへ向かってくる。いつものように意識を集中して、一心同体の魔法少女へと――――
…………べしょ。それはしるふがぼくの胸元に衝突した音だ。彼女はひらひらと力なく落下すると、床で見事な大の字を描いて転がった。
「な、なぜに~」
「なぜにって……」
変身が、失敗した!? そんな、こんな事今まで一度もなかったのに。
「もう一度だよっ!」
「お、おうけ~い!」
目を閉じて、しるふの気配を感じる……けれど、いつも流れ込んでくる力の
「どうして!? 変身できないなんて」
「とーや、もしかしたら……」
しるふが指差したのは、ぼくの動きを封じている白い
「コレが変身っていうか、術のハツドウをボウガイしてるんじゃないかナ?」
「な、なんだって――――!?」
チャンスと思いきや、訪れたのは思わぬピンチ。ぼくの脳裏で
変身を封じられ、打つ手なしの状況に……ぼくはただ、自分の無力を嚙み締めるしかなかった――――。
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