第50話 影からの決死行
【前回までのあらすじ】
池袋の街で巻き起こる、妖による相次ぐ異変。暴走を続ける部下・不知火ミイナを制止すべく、その後を追っていた妖対策分室長・月代蒼衣は、人狼・犬吠埼昇を倒した彼女と高架橋上で再会するものの、ミイナは新たな敵を求めて池袋へ飛び去ってしまう。
池袋で奮闘する樹希や愛音、そして灯夜たちと合流すべく、炎と煙が渦巻く街へ降り立つ蒼衣と彦次郎。しかし二人は【門】から現れた大量のサラマンダーに取り囲まれてしまう。
見えざる炎の妖に翻弄される蒼衣たち。その窮地を救ったのは、影を操るあの術者だった――――!
◇◇◇
――――
「カズハちゃん、外の様子はどう?」
「んー、見た限りで四、五匹ってトコや……この人数で突っ切るとなるとちと厳しいなぁ。ウチの術、影の無い場所やと何の役にも立たへんし」
問いに答えながら
しかしその姿は、今朝会った時のカジュアルな服装とは一変していた。首までの全身を艶のない漆黒のボディスーツが覆い、手足を走る銀色の呪紋の流れは、細身ながらメリハリのある身体のラインを否が応にも強調している。
まるで漫画に出てくるスパイか怪盗かといったコスチューム……これが彼女の霊装形態――――妖怪【影女】と一体となった姿なのだ。
つい先刻、サラマンダーの群れに囲まれた絶望的状況から私とヒコローを救ったのも彼女の術。影の中を移動する術と、触れた者を影に引きずり込む術の合わせ技によるものである。
「困ったわね……私達が戦えれば良かったのだけど」
「姉さんと私が使えて戦闘に役立つのは、防御の術くらいしかないですからね……」
そして後ろに控える二人の少女は、
「そこはまあ仕方ないわよ。
――――渋谷での捜査の半ばで音信不通になっていた灰戸一葉と藤ノ宮桜。二人が池袋方面に移動しているという報告は受けていたけど、その理由を知ったのはつい先程のことである。
手掛かりの少なさに業を煮やした彼女達は、池袋に来ていた桜の妹……小梅の助力を得ようとしていたのだ。
知っての通り、藤ノ宮の双子巫女は二人揃うことでその真価を発揮する。ならば……という発想自体は決して悪くはないのだが、問題はこちらに無断で池袋への移動を選んだ事。
更に電車等の公共交通機関ではなく、術によって影の中を移動するというイレギュラーな手段を用いたのが状況の混乱に拍車をかけた。
「ちゃちゃーと行ってぱーっと終わらせて、センセーを驚かしたろ思うたんやが……何分土地勘も無い場所やし、そこそこ時間がかかってもうたのはまあ……ウチの誤算やなぁ」
「本当ですよ。道に迷った時点で先生に連絡しておけば、余計な心配を掛ける事も無かったのに……」
そんなこんなで、彼女達が池袋に辿り着いた時には既に正午を回っており、小梅と合流してさあ
正直言って、頭が痛くなるような手際の悪さだ。報告・連絡・相談――――その全てをガン無視されては、指揮をするこちらの立場がないってのに。
「その後私が作戦室の倉橋さんに電話して、蒼衣先生がこっちに向かっている事を教えてもらったんです。妖が視えないと危険なので、早く合流するようにとも。でも、先生には電話が繋がらなくて……」
「【門】のせいでGPSも調子が悪いとかで、結局祈禱で居場所を割り出しましたよ。小梅には気の毒だけど、巻き込んだ甲斐はありました」
そうか、池袋入りしたあたりでこっちも音信不通扱いになってたって事か。結果として彼女達には危ない所を助けられてるし……とりあえずお説教は後回しにしてあげよう。
「そうそう、センセー達はあの愛音って子を探してるって話やけど、それならさっきの場所は全然見当違いやで?」
「え……って、そっか! GPSはもうアテにならないんだっけ……」
「大丈夫ですよ。さっきの祈禱で、ついでにみんなの居場所も調べてありますから」
……小梅の話によると、池袋に来た一年S組の一行は昼から自由行動の時間との事。大まかには某六十階建てビルに残った灯夜達と、街に遊びに出た愛音達の組に分かれたのだと言う。
「愛音さんの組は妖と戦いながら移動して、今はこの先の地下道に身を潜めているようです。そして、灯夜さんの組ですが……」
「どうやら面倒な事に巻き込まれているみたいで。ビルからは動いていませんが、反応が妙に弱いんです。まるで、誰かの術に妨害されているみたいに……」
「姉さんと一緒じゃなかったら気付けなかったかもしれません。あの場所で今、何か異変が起きているのは確かです」
「つまり【門】は
――――朝早くから捜査を続けていた私達ではなく、非番でたまたま遊びに来ていた灯夜の方が事件の核心に近づいていたなんて。
思えば前の学園襲撃事件の時も、その前の四大精霊事件の時も……その中心に居合わせていたのは、他ならぬあの子ではなかったか。
単なる偶然として片付けるには、出来すぎた巡り合わせ。妖と術者の世界に関わりを持って以来、月代灯夜の運命は好ましからざる方向にねじ曲がってしまったのではないだろうか?
……いや、今はそんな妄想めいた憶測を語るべき時ではない。現場の指揮官として、私がまずやるべき事は――――
「……よし、まずはアイネ達と合流するわよ。妖と正面からやり合うには戦闘向きの術者は欠かせない。イツキが【門】に回ってる今、アイネの戦力はどうしても必要だからね!」
――――こうして愛音達のいる地下道を目指すことになった私達。だが案の定、事はそう簡単には運ばなかった。
「もう一度確認や。残念やけどあそこの入り口には影が繋がってぇへん。行くとなれば、妖の中を突っ切る事になるで?」
目的の場所……そこはビル一つを丸ごと店舗とした、生活雑貨・日用品からパーティグッズまで幅広く扱う大手ショップだ。地下道への入り口はそのビルの足元にある。
しかし、そこに辿り着くには影の差さない道路を横切らなければならない。ここまでと同じように、一葉の術で影の中を移動する訳にはいかないのだ。
距離にして約十メートル強。全力疾走すれば二十秒もかからない筈だが、道には例のサラマンダー達がうようよしている。捕まらずに駆け抜けるのは簡単な事ではない。
「影が繋がるまで待っている時間はないわね。カズハ……妖の足止め、頼める?」
「うーん、ウチは戦闘向きの術者じゃあらへんし、サラマンダーは影と相性悪いしなぁ……まあ、時間稼ぎでも三匹が限度ってトコやな」
一葉の術の大部分は諜報活動に特化したものだ。そして常に炎をまとい周囲を照らすサラマンダーに影を操る術は効きにくい。となれば、必然的に素手での格闘に頼らざるを得なくなる。
霊装による身体能力の底上げはあるにしろ、多対一では時間を稼ぐのが精一杯だろう。
「それで十分よ。サクラ、コウメ、二人とも走れるわね?」
「ま、仕方ないですね」「了解です!」
元気に応える二人。まあ若いんだし、私よりはずっと速く走れるに違いない。さて、あとは――――
「そういえばヒコロー、あんたさっきからずっと黙ってるけど……もしかしてびびってたり?」
「そ、そんな事は……無い」
小声でぼそぼそと反論するヒコロー。まあ長い付き合いだし、その態度の理由も大体想像はつく。そう、こいつは昔っから見知らぬ異性の前だと妙に
「なら問題ないわね。それじゃあみんな、一気に行くわよ……それっ!」
先陣を切って駆け出した私に、桜達が続く。一番近いサラマンダーが反応するが、その前には一葉がいち早く回り込む。地下道を目指す、それはわずか数十秒の決死行。
「ここが正念場よっ! みんな、走れ――――!!」
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