第49話 突入、災厄の街!

【前回までのあらすじ】


 池袋の街で巻き起こる、妖による相次ぐ異変。暴走を続ける部下・不知火ミイナを制止すべく、その後を追っていた妖対策分室長・月代蒼衣は、人狼・犬吠埼昇を倒した彼女と高架橋上で再会するものの、ミイナは新たな敵を求めて池袋へ飛び去ってしまう。


 管轄外の現場とはいえ、池袋にはミイナ以外にも樹希たちや遊びに来ていて巻き込まれたであろう灯夜たちもいる。一刻も早く皆と合流すべく、蒼衣は腐れ縁の土師彦次郎と共に災厄の街へと急ぐのだったが……。


 

◇◇◇



 ゴールデンウイーク二日目の池袋。本当なら連休で賑わっている筈のこの街だけど……私達が到着した時には、そこはまるで紛争地帯の真っ只中のようだった。

 ビルをめる炎と、視界をさえぎる黒煙。道路は乗り捨てられた車であふれ、周囲には最早人っ子一人見当たりはしない。


「駄目だな。どう迂回してもこの先は火の中だ。少なくとも、バイクではもう進めそうにない」


「困ったなぁ……アイネ達の場所にはまだ距離があるってのに!」


 ミイナが倒した半妖の男の身柄を本部のスタッフに引き渡した後……私、月代蒼衣は暫定専属運転手の土師彦次郎と共に、今まさに火災の中心地である池袋東部へと踏み込もうとしていた。


「このへんはもう妖がうろつく危険地帯よ。バイクなら最悪、スピードでゴリ押し行けるかと思ったんだけど……」


 私達が居るのはだいたい東池袋駅のあたり。現地の警察と妖対策室本部の連携によって、周辺はいち早く避難と封鎖が実行されている。

 本来なら消防に来てもらって消火活動をお願いしたい所だけど……残念ながらそれは叶わない。ここから先には、出火の原因でもある妖がそこら中を徘徊はいかいしているのだ。


 今回【門】から現れた妖は、そのほとんどが火の精霊サラマンダーだと報告されている。どうしてこんな偏りが生じたのかは分からないけど、どちらにしろ一般人では対処しようのない相手に変わりはない。 

 術者ならまだしも、妖を視るすべさえ無い人間が迂闊うかつに近づいたら、どうなるかは火を見るより明らかだ。


 まあ、厳密には私も偉い事を言える立場じゃない。妖が視える人間自体、警察組織の中では極めてレアな存在。なにせ、妖が視えない私が妖対策室分室長なんて役目を務めているくらいだ……かつて大きな妖事件に深く関わった事がある、程度の理由で。


「ここから先は、文字通り命がけの道程になるわ。イツキ達が【門】を残らず潰してくれたとしても、出てきた妖が一掃されるワケじゃないしね」


 池袋に発生した【門】は計六つ。先程分室の望美ちゃんから聞いた話によると、その内ひとつはすでに樹希が塞いでくれたらしい。今頃はパートナーの雷華さんと合流して、次の【門】へと向かっている筈だ。


 そして、私達が向かおうとしている先では、愛音ちゃんとノイちゃん、そしてルルガ・ルゥちゃんが妖と交戦中とのこと。携帯で何度か連絡を入れてみたけど、どうやら応答している余裕はないみたい。


 あと気にかかるのが我が愛しの甥っ子……灯夜の動向だ。ちょうど先程からGPSの表示が消え、携帯も不通のままなのである。

 一緒に居た愛音ちゃん達なら、何か事情を知っていると思うんだけど……現地では火災の影響で一時的な通信障害が起きているという話もあるし、ここは直接行って確かめてみるしかない。


「さて、それじゃあちょっくら行ってきますわ。ここまでありがとね、ヒコロー」


「馬鹿言え、一人で行くつもりか! お前の腕っぷしの強さは認めるが、見えない奴等相手にどうするつもりなんだ!?」


 あー、やっぱり引き留めてくるかー。私も今回はちょっとヤバいんじゃないかなって思うけど……それでも行かなきゃいけない訳があるんだよね。


 愛音ちゃん達がサラマンダー程度に後れを取るとは思わないけど、あの子達だけでは結局、目の前の敵に対処する事に終始してしまうだろう。

 霊装術者は上位の妖と戦える貴重な戦力だ。雑魚の相手をさせるよりは、できれば敵首魁しゅかいの撃破に向かってもらいたい。その為には本部や分室との連携が不可欠であり、誰かが双方を繋ぐパイプ役を果たさねばならない。


 緊急動員された本部所属の術者の数は決して多くはないし、彼等は今も各地で住民の避難と危険地帯の封鎖にかかりっきりだ。

 だから今立場的にフリーで、かつ愛音ちゃん達の直接の上司である私が行くのが最も手っ取り早いというワケ。


「まあ妖とニアミスするなんて日常茶飯事だし、アイネ達に合流するまでならなんとかなるっしょ!」


 本当なら護衛の術者のひとりも欲しいところだけど、残念ながらこちらの手札はゼロ。内心、ここでミイナが使えたら楽できたのに……と思いつつも、眉間にしわを寄せたヒコローに向かって私はびしっとVサインを決めてみせる。

 ちょっとばかし無理をこなして見せなきゃ、人の上に立つ仕事は務まらないのだよっ。


「なんとかって、お前…………!?」


 そんな私の覚悟を近くに見て、驚きに目を丸くするヒコロー。こいつには珍しい表情の変化だ。この蒼衣先生の勇気あふれる姿にバッチリ感銘を受けたのかなと一瞬思ったけど……違う。

 ヒコローの視線は私を通り越し、その背後へと注がれているのだ。なんとなーく嫌な予感を覚えつつも、仕方なく振り返ってみる。


 そこにあったのは……火だ。道の真ん中、何もない空間に浮かんでいるそれは、火の玉というにはいびつな形で、しかも複数が不自然な配列で縦に並んでいる。

 更に奇妙な事に、それは動いていた。炎がゆらめくのは当然なのだが、そいつは並び方もそのままにこちらへゆっくり近づいてくるではないか。


 例えるならそう、映画のメイキング映像なんかでよくある……歩いている人の上にCGで炎を合成したヤツの、炎の部分だけを抜き出して再生しているような感じ。

 燃えている者の姿は無いのに、炎だけが動きに沿って進んでくる――――それは現実では有り得ない、理不尽極まる光景だった。


「蒼衣、こいつはまさか……」


「あー、そのまさかっぽいかなぁ……」


 近づいてくる炎は、次第にその数を増していく。路地の角や、車の間から次々と現れる炎の人影によって、私達はあっという間に囲まれ……逃げ場を失っていた。


「はぁ、これ全部がサラマンダーだとしたら……まったく、よくもこんだけいたものよねぇ」


 妖は、基本常人の目には写らない……しかし、それが周囲に及ぼす影響は別だ。サラマンダーはその高温によって、存在するだけで自然に身体を発火させてしまう……姿そのものは視えずとも、何かが燃えているというのは素人目にも明らかなのだ。


「下がってろ蒼衣! 見えなくたって、居るのが分かってれば――――」


「ちょ、ヒコロー!」


 ヒコローが飛び出し、手近な炎の群れに飛び掛かる。しかし、炎はそんな彼を嘲笑あざわらうようにさっと左右に別れ……次の瞬間、ヒコローはみぞおちの辺りから体をくの字に折り曲げたかと思うと、そのままもんどりうって地面に転がっていた。


「ぐはっ!?」


 いくら下級精霊と言っても、サラマンダーの身体能力は並みの人間を上回る。多勢に無勢の上、まともに相手が視えないとあっては……ロクにスポーツの経験も無いバイク一辺倒の男が敵う相手じゃない。


「ああ、言わんこっちゃない……ええかっこしいも程々になさいっての!」


 倒れたヒコローに駆け寄る私。ぱっと見た限りでは怪我はしてないみたいだけど、どの道これでは時間の問題だ。せめて、助けが呼べれば……


 いや、駄目だ。仮に連絡できたところで、本部の術者や愛音ちゃん達が駆けつけてくるには最低でも数分は掛かるだろう。それだけの時間があれば私達はレアやミディアムを通り越し、こんがりウェルダンまで焼き上がっているに違いない。


「馬鹿、お前は早く逃げろ……」


「誰が馬鹿だって? だいたい、今更どこへ逃げろってのよっ!」


 不可視のサラマンダー達が、私達を囲んだままじりじりと距離を詰めてくる。迫りくる熱気と背筋を走る寒気に、思わず身震いした時……


「あれま、こりゃまたえらい事になってまんなぁ~」


 不意に足元から響いた緊張感のない声に、私は文字通り飛び上がって驚いた。


「ひゃっ! な、何なの!?」


「何なのとはご挨拶やねぇ。センセーがピンチと聞いて、ウチが颯爽さっそうと駆け付けたったってのに」


 声の主は……影。地面に落ちた私自身の影の中に、見覚えのある少女の顔面が浮かんでいる。

 糸のように目を細めた、薄ら笑いの顔。それは、紛れもなく――――


「まあ積もる話は後や。とりあえずお二人様、ご案内~!」


 彼女の名を口にするより早く、意思を持ったかのようにうねる影が私達の身体に絡みつく。地の底へ引きずり込まれるように、果てしなく落ちていく感覚に包まれて……


 私の視界は、ただ一色の闇に塗りつぶされていった――――。

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