第46話 友達、だから
【前回までのあらすじ】
色々あってゴールデンウイークにダブルブッキングを決行し、池袋と渋谷をせわしなく行き来していた主人公、月代灯夜。
午後からの自由行動中、不思議な女の子……通称“お姫様”と仲良くなり、某六十階建てビル最上階の展望台にやって来た彼等の前で、突如異変が起こります。
何者かの術によって展望台の中の人々は次々と霊力を奪われて倒れ、ビルそのものも見えない壁によって封鎖されてしまいました。
そして、不吉な気配をまとった謎の男に捕まってしまう“お姫様”。勇気を振り絞り助けに飛び出した灯夜君の前で、男は衝撃の事実を語るのです――――!
◇◇◇
――――
人や動物とは異なる命の形を持ち、その姿は高い霊力を持つ者にしか視ることはできない。霊力を奪うために人を襲う者も多く、人類の歴史の裏では彼らとの長い抗争が続いているのだと聞いている。
このぼく、月代灯夜もそうした妖との関わりが深い人間であり、今は霊装術者として妖対策室の末席に加わっている身だ。だからこそ余計に、彼の……紫のスカジャンを着た、白髪の男の人の言った事が信じられなかった。
鮮やかな赤いドレスが似合う、十歳くらいの金髪の女の子。元気で明るいけど、時折とても寂しそうな顔を見せる……通称“お姫様”を指差して、彼は
「――――う、噓だ! その子が妖だなんて、あるわけない!」
そうだ、あり得ない。ぼくには妖の知り合いや友達もいるし、風の精霊・しるふと契約を果たしてもいる。ひと月前は分からなかった人と妖の霊力の違いだって、なんとなくだけど見分けがつくようになってきたんだ。
“お姫様”とはさっき会ったばかりだけれど、彼女の霊力は普通の人間と変わらなかったし、いくつかのおかしな仕草も……外国から来た世間知らずの女の子とすれば当然の
そもそも妖だとしたら、なぜこんな人の多い場所にひとりで居たんだ? ぼく達と接する態度だって、何か下心があるようには見えなかった。霊力目当てで近づいて来たなんて、とても考えられない。
「へっ、確かに上手く隠しちゃあいるが……コイツは間違いなく妖だ。オマエ、本当に何も知らねェで口を出しやがったのか? やれやれ、術者にしたってとんだマヌケだな」
男の人がこちらに向き直った、その一瞬。“お姫様”と目が合った。幼い蒼い瞳に宿っていたのは……海よりも深い
それで、解ってしまった……男の人の言葉が、真実だという事が。
さっきまで元気に抵抗していた彼女が、今はうつむいて黙りこくっている。違うなら違うと一言言えばいいのに、そのちいさな唇は固く引き結ばれたままだ。
「ま、そういうコトだ。それでも邪魔したいって言うなら、オマエも一緒に始末する事になるぜ?」
それは警告。これ以上立ち入るならば、子供だろうと容赦しない――――ぼくを見下す視線は冷酷にそう告げていた。
……けれど、この人はそもそも何者なんだろう? 妖の妖気に似たオーラをまとっているけど、その一方で人間の気配も感じる。
樹希ちゃんや愛音ちゃんのような経験豊富な術者なら分かるかもしれないけど、駆け出しのぼくではそこまで読めないのだ。
確かなのは、彼が“お姫様”を害そうとしている事。それを邪魔する者にも、同様の運命を与えるつもりであろう事だ。
……だとしたら。
「は、放してください! 彼女が、妖だとしても……それでも、悪い子じゃない! 何もしていないのに、始末するとか無いですよっ!」
だとしたら、余計に退けない。彼が何者だろうと、こんなやり方は許せない。自分が無茶なことを言っているのは分かるけど、それならあの人がやろうとしている事もムチャクチャだ!
たとえ妖だとしても、無力な子供に手をかけるなんて、絶対に間違っている!
「――――はァ? テメエ……馬鹿なのか?」
男の人の顔色が、明らかに変わった。氷のような冷笑から一転、不愉快さを誇示するかのようにギザギザの歯を食いしばる……怒り心頭の表情。
まるで冷たい氷河が煮えたぎるマグマの海に転じるかの様に、ぼくの言葉は彼を
「っ!」
“お姫様”の体を無造作にどさりと放り出し、男の人は大股でぼくに歩み寄る。
「アレがオマエの何だってんだ? アレが妖だとも知らなかったようなヤツが……どうして偉そうに文句つけやがってんだよォ~!?」
あっという間に目の前まで近づかれ、恐怖にすくんだぼくの首筋に……骨ばった指がぐいと食い込んだ。細くも引き締まった腕に力がこもり、ぼくの体はゆっくりと吊り上げられていく。
「ひっ……だったら、だったらあなたは何なんですっ……! あなたはあの子の何なんですかっ!」
首を鷲づかみにされ、さーっと血の引いていく音を聞きながらも……ぼくは必死で言い返す。言葉だけのむなしい抵抗だとしても、最後の最後まで戦うんだ!
「俺か? 俺にはちゃんと理由があんだよ。裏切りやがった妖と、ソイツ等が
「な……それじゃあ、あなたは――――」
「馬鹿でもそろそろ気付いたろ? この俺様も……妖だって事に!」
この人も……妖!? 死人のように血色の悪い肌に、
微妙に混じる人間の気配は、もしかしたら“憑依”によるものなのか? かつてウンディーネに取り憑かれた静流ちゃんも、同じような雰囲気になっていたし……
「さァ言ってみろ。アイツはオマエの何なんだ? こんな目に遭ってまで、助けてやる価値があんのかよォ~!」
妖の男の手が、ぼくを宙吊りにしたままぎりぎりと締め上げてくる。呼吸も血流も
ああ、ぼくはやっぱり選択を間違えたのだ。デッドエンドに繋がるだろうルートを……そうと知りながら選んでしまった。
後悔は当然ある。けれど、それでも黙って見てはいられなかったんだ。だって、あの子は……“お姫様”は、ぼくの――――
「……友達、だから」
「…………あァ?」
「友達を……助け、たい。それが……いけない、事……なの?」
出会ったばかりでも、その正体が妖でも……彼女はもうぼくの友達なんだ。突然現れたしるふとも、ぼくはすぐに友達になれた。【
友達になるのも、助けたいと思うのも理屈じゃない。ただ大切で、守りたいと思う……少なくともぼくにとって、友達とはそういうものなんだ。
目の前が完全に白く染まって、妖の男の顔はもう見えない。首に掛かる圧力が衰えないという事は、ぼくの答えは彼の求めるそれとは違っていたのだろう。
「…………を、放せ」
遠くから
「トウヤを、放せと言っておるのだ!!」
今度は微かではない。干からびかけたぼくの脳を揺さぶる程に大きな声だ。それに
「……ガキ共が、お友達ゴッコのつもりかァ? だいたい、首輪に力を封じられたテメエに何ができるってんだよ!」
「首輪? これの……ことか!」
回復し始めたぼくの視界の端で、“お姫様”が首のチョーカーに指を掛け……それを軽々とちぎり取る姿が見えた。
「何ィ!?」
妖の男が初めて見せる、それは驚きの
「
そして、ぼくは見た。“お姫様”の体から膨大な霊力の気配……
「貴様、ちとやりすぎたのう。わらわだけでなく、その臣下にまで手を出しおってからに。これは……相応の罰にて報いてやらねばな!」
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