第44話 戦場へ翔ぶミイナ

 渋谷の街で大規模な召喚術を行った妖を追い、奔走を続ける天御神楽学園の術者たち。渋谷警察署でその指揮を執っていた月代蒼衣は、現場のサポートを学園の倉橋に任せ、暴走を続ける部下・不知火ミイナを制止すべく署を後にする。


 その頃、人狼・犬吠埼昇と高架橋上で対峙したミイナは、自らの契約妖怪であるイフリートのサラーヴと一体となり、ついに霊装術者としての本領を発揮していたのだった――――!



◇◇◇



「あそこよ! ヒコロー、あの煙が上がってる所へお願い!」


「……了解」


 ――――やれやれ。悪い予感ってのは、どうしてこうも良く当たるのかねぇ?


 渋滞の隙間を縫って、私達のバイクはもくもくと黒煙を上げるその現場……高架上を走る高速道路の分岐点へと向かっていく。急加速とブレーキの繰り返しに、大排気量のエンジンが抗議するようなうなりを上げた。 


「……ちゃんと掴まってろよ」


「はいはい、わーってるってば!」


「……返事はいい。舌を噛む」


 この無愛想なのは土師彦次郎はしひこじろう、通称ヒコロー。あたし、月代蒼衣つきしろあおいの学生時代の同期で重度のバイク狂だ。普段はバイク便のライダーをしているけど、今日は非番……って事で、こうして足として活用させて頂いています。

 いやホント、マジ助かるわ~。


 もちろん、渋谷署で車を貸してもらえればそっちを使ったんだけれど、あいにく全車出払っているとの事で……まあ何台かは残ってるんだろうけど、余所者に貸すほど余裕はないって事なんでしょ。

 あやかし対策室なんていうマイナーな部署にいると、こういう時の対応が実に冷たい。妖に関しては警察内部でも極秘扱いだから、仕方ないっちゃあ仕方ないんだけどね。


 私もこうした仕打ちを何度も受けていると、さすがに慣れるというか……対応策を事前に準備するようになる。

 そう。今朝の出動が決まった時点で、あらかじめヒコローには声を掛けてあったってワケ。お陰でこうして、危険な現場への足を迅速に確保できたのです。

 関わってる事件が事件だけに、事情を知らない相手には頼めないからね~。


「ぅうわ、何コレ……」


 さて、分岐点とは言ってもここは普通の車道じゃない。ひしゃげた柵が散乱してる事からも分かるように、本来なら立ち入り禁止の区画だ。そのおかげか、現場には人だかりができる事もなく閑散としている。


 まあ、あまりの惨状に近寄る者もいないというのが正しいか。何せここから先、行き止まりの道路の切れ目に至るまで……周囲一帯は真っ黒い煙に覆われ、その中では今もチラチラとオレンジ色の炎が踊っているのだから。


 煙に混じって漂ってくる肉の焦げるような匂いに、あたしは顔をしかめる。確かに、仕事でもなけりゃこんな場所に近づく気にはならないだろう。

 とりあえず近くにバイクを止め、あたし達はその荒れ果てた道路に降り立った。


「酷いな……この渋滞じゃしばらく消防車も来れないだろう。通行止めの向こう側なのが、不幸中の幸いか」


「ヒコローは別についてこなくていいのよ?」


「馬鹿言え。蒼衣を一人で行かせる方がよっぽど心配だ」


 ……またまた、意地張っちゃって。こいつってたまに妙にええかっこしいっていうか、ロマンス映画の男優が言いそうなセリフをさらっと出してくるから笑ってしまう。

 心配してくれるのは嬉しいけど、あんたのしかめっ面で言われるとギャグにしかならないんだってば。


「とは言え、こう煙がすごいとどう進んでいいのやら……って、ヒコロー!」


「ああ。何か……近づいてくるぞ?」


 あたし達の正面、立ち込める煙の向こうから……ずるずると何かを引きずるような音が迫ってくる。おそらくはそれが、この炎と黒煙の地獄を生み出した張本人だ。


「フッ……こんな所にまで出張って来るとは、仕事熱心にも程があるな」


 不意に吹きつけた熱風が煙を吹き払い、その声の主……不敵な笑みを顔に貼り付けた、歳のわりにすらりと背の高い少女が姿を現にする。


「やっぱり、あんただったのね……ミイナ」


 それは紛れもなく、私が追いかけていた人物……天海神楽学園高等部一年、不知火ミイナ本人である。

 とは言え、今の彼女の格好は尋常の女学生とはほど遠い。大胆に肌を露出した衣装に、広い帯を羽衣のようにまとった、異国の踊り子のような幻想的な姿。


 しかし本来薄布であるべき帯を形作っているのは……燃え盛る炎だ。ミイナは火をつかさどる女神のごとくその身に炎を宿し、荒々しくも神々しい姿に変貌を遂げていたのである。


「また、派手にやったわね……相変わらず、手加減って言葉を知らないんだから」


 彼女が霊装状態になっている時点で、周囲の惨状の説明はつく。むしろ、この程度で済んで良かったというべきか……何せ彼女には、高層ビルひとつをまるごと焼失させた前科があるのだから。


「丁度いい。あんたにはこいつの後始末を頼むとするか」


 ミイナはそう言って、右手で引きずっていた黒々とした塊をこちらへ向け放り投げた。その大きな炭の塊は私の目の前に落ち、ぐしゃりと気味の悪い音を立てる。


「な、何コレ!」


 それは人のような四肢を備えた……いや、おそらくは人間であったであろう焼け焦げた肉塊。大きさから見て、成人男性と思われるもののなれの果てだった。


「あ、あんたまさか、遂に犠牲者を――――」


「フッ、早とちりするな。見た目は悪いが、こいつは死体じゃない」


 ミイナがその塊を爪先で小突くと、炭化した顔辺りにひびが入り、ぼろりと崩れ落ちる。


「――――!!」


 グロ画像きたー! と思ったのも束の間。剝がれ落ちた炭の下には……健康的なピンク色の顔面があったのだ。


「いわゆる半妖って奴だ……しばらく放っておけば、元通りに再生するだろう。もっとも、意識が戻るのは当分先だろうがな」


「ミイナ、あなた――――」


 半妖とは、文字通り半分妖、半分人間の存在のことを言う。人としての戸籍を持っているケースも多く、法的に色々と厄介な相手だったりする。

 妖だと思って退治したら、殺人罪に問われていた……なんて事も起こりうるのだ。


 とは言え、そんな理屈はミイナには通用しない。今までだったら問答無用で始末していてもおかしくないのだが……それを半殺し程度で勘弁してくれるとは、彼女にも少しは真っ当な道徳心が芽生えてくれたという事か?


「半妖は殺すと不味いって話だったろ? 最初は痛めつけて仲間の居場所を吐かせるつもりだったが……加減が難しくてな」


 あー、やっぱりそんな感じよねー。でもまあ、こっちの言った事をちゃんと覚えていてくれただけでも良しとするか。


「だが、もう話を聞く必要もない。本当の敵の居場所は……分かっている」


 ミイナが振り返った先には、高層ビルの街と……その隙間から立ち昇る何本もの光の柱があった。そう、今危機に晒されているのは池袋の街。これが私達が追っていた妖のしでかした事なのは、ほぼ間違いない。


「要は、あれを叩いて潰せばいいんだろう? 少々出遅れたが……あたしはあたしの仕事をするだけだ」


 そう言い捨てたミイナの足元から、激しい熱風が吹き上がる。私が制止する間もなく、炎に包まれた彼女の体は重力を無視して浮き上がり……弾丸のように空を駆け抜けていった。

 新たなる戦場――――池袋の地へと向かって。


「ちょっとミイナ! あーもう! 突っ込むにしたって連携とかあるでしょうに……」


 とにかく、私もこうしてはいられない。池袋は対策室本部の管轄だけど、状況によっては学園の分室からも応援を出す必要がある。

 それに、あそこには灯夜たちが居たはず。今頃は希美ちゃんから連絡が行っている頃だろう……こうなっては、もう休日返上で働いてもらうしかない。


「こうならない様に頑張ってたってのに……いいや、まだまだあーし達にも出来る事はあるわ!」


 事件解決のその時まで、私達の戦いに終わりは来ない。捜査の時間が終わったのなら、次は現場での指揮が待っている。

 ブラックにも程があるけれど……これが、私の仕事なんだから!

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