第39話 燃える大都会

【前回までのあらすじ】


 ゴールデンウイークを使い、池袋の街に遊びに来た天海神楽学園一年S組の面々。灯夜がこっそり行っているダブルブッキング計画や、渋谷に端を発する妖たちの暗躍も知る事なく……一行は初めての大都会で、映画を観たり水族館へ行ったりと平和な休日を満喫していた。


 昼食を済ませ、午後からは自由時間。愛音とノイ、静流は忍に誘われるまま彼女のオススメスポットを回る事に。しかしそんな彼女たちにも、今まさに危機が訪れようとしていた……!



◇◇◇



 ……さて、いきなりで悪いが、今池袋の街はとんでもない事になっている。このオレ、愛音あいねフレドリカ・グリムウェルがとんでもないと言うくらいだから、それはもうマジ物のトンデモ展開だ。


 オレ達がシノビ(服部忍はっとりしのぶのこと。その忍者マインドに敬意を払って、オレはそう呼んでいる)に案内された某同人誌ショップから外に出た時、すでにそれは始まっていた。

 中で見せられたBL同人とやらも衝撃的だったけど、そのインパクトも一瞬でかき消すほどの……阿鼻叫喚あびきょうかんの事態が。


 空気に混ざる焦げ臭い匂いに、通りを逃げ惑うおびただしい数の群衆。「火事だ! 逃げろ!」と叫ぶ誰かの声に甲高い女性の悲鳴が重なり、それを車の急ブレーキの音が上書きする。突然世紀末の世界に迷い込んだように、オレ達の周囲はバイオレンスなムーブに包まれていたのだ。


「ちょっと……あれは、何?」


 シズル(綾乃浦静流あやのうらしずるのこと。そのまんま)が指さした空には、天に向かってまっすぐ伸びる……なんだか見覚えのある光の柱があった。


「なにい!? アレは、もしかして――――」


「もしかするもナニも、【門】なんだよ」


 オレのパートナー、黒猫のノイ(今は人間の姿だけど)がクールに言い放つ。どんな時でも冷静で頼りになるヤツだが、たま~にノリが悪いと思わなくもない。 


「……いや、まあ【門】なんだろーけどよ、なんでまたこんな大都会の真ん中で?」


 普通、こういった都会にはめったに【門】は開かない。理屈はよくわかんねーけど、人口密集地になるほどこういった事件は起きにくくなるんだそうだ。

 実際オレがブリテンに居た時も、【門】が開く場所は人気のない郊外とか森の中にかたよっていた。でなけりゃこんな怪現象、噂になってもっと広まっているに違いない。


「あ、あっちにも同じのがあるでござるよ!」


「向こうにも……愛音さん、これは何? どういう事なの!」


 シズルが血相を変えてオレの肩をつかむ。どういう事と言われても、オレにもさっぱりわかんねーし。


「みんな、ここはもう危ないかもなんだよ。ほら」


 ノイが指し示す方向、今出てきたショップのすぐそばのビル……その中ほどからはもくもくと煙が上がっている。焦げ臭い匂いはここから出てやがるのか?


「ただの火事じゃ無いんだよ。よーく視て」


 目を凝らして、煙の出ている場所を見つめ直すと……なんてこった! 揺らめく炎の中から、怪物じみた影が這い出してくる。赤い炎を身にまとった、トカゲ頭の怪人だ!

 しかも、一匹や二匹じゃない。見渡せば空にも、ビルの壁面やすぐ近くの通りにまで、明らかに同じ系列の怪物……っていうか、あやかしがうじゃうじゃとうごめいていやがるじゃねーか!


 上半身がムキムキ筋肉マッチョな奴、下半身がヘビみたいな奴に、大きな羽根を生やして飛んでいるヤツ……見た目はバラバラだが、共通点がある。

 なんかウロコを持った爬虫類っぽい事と、その身体が常に炎をまとっているという事。


「あれは――――火の精霊サラマンダー!? まさかあの【門】から沸いたってのか? にしたって、この数は……」


 サラマンダーは下級精霊のカテゴリに属する妖。一匹や二匹や三匹程度ならこのオレ様の敵じゃない。だが、ヤツらはちょっと見ただけでも十匹以上。それ以外にもけっこうな数が街中で暴れているっぽい。

 燃えているビルの数が今も増え続けているのを見ると……オイオイ、これってもしかしなくても相当ヤバいんじゃね?


「来るよ、アイネ!」


 サラマンダーの一匹が、オレ達に気付いたらしい。そいつがきしゃーと耳障りな奇声を上げると、近くにいたサラマンダー共が一斉にこっちを振り向く。

 妖にとって、霊力の高い人間は最高のご馳走だ。となればこういう時、オレ達S組の生徒は真っ先に狙われる事になる。


 学園に妖が視える生徒が集められているのは、まさにこういう事態を防ぐためなんだが……今日に限っては間が悪いとしか言えねーな。


「ノイは二人を頼む!」


 オレはジャケットの裏に隠した杖――――と言っても、十五センチ程の短い棒だが――――を取り出し、短く念を込める。すると杖はみるみる巨大化し、全長二メートル弱のスタイリッシュなほうきへと姿を変えた。


「まずは、状況の確認だ!」


 何度も練習したエレガントな動作で箒にまたがると、オレは黒煙たなびく空へと駆け上がっていく。


「――――こいつは、思った以上にやべえな」


 上空から街を俯瞰ふかんすると、今の状況のヤバさが際立つ。通りを逃げ回っている人たちには、サラマンダーの姿は視えない……何もない所に突然火が付いて燃え上がるものだから、混乱にも拍車がかかるというものだ。

 おかげでどこに逃げたらいいかも分からず、右往左往している人も多い。


「助けに行ってやりてー所だが……」


 残念ながら、この場でサラマンダーの相手ができるのはオレとノイだけ。市民の避難誘導まではさすがに手が回らない。

 加えて、オレ達術者は多くの人目に触れちゃーいけないという縛りも一応ある。


「今できるのは、これが限度だ!」


 懐から水晶粉の詰まった革袋を取り出し、その中身を宙にぶちまける。キラキラと光を反射する粉末はあっという間に四つの塊に凝結し、それぞれが鋭い刀身を備えた長剣へと姿を変えた。


ソードよ、妖を討て!【乱れ踊るは光輝の剣シャイニング・ソード・レイヴ】!!」


 矢のごとく放たれた水晶の剣が、敵を求めて四方に散っていく。自動索敵モードだからあんまり期待はできないが、これでオレの視界の外で襲われる人の何割かは助けられるハズだ。


「さーて、こっちも戦闘開始といくかっ!」


 大きく旋回し、ノイ達のいる通りへ戻ると……案の定、そこは大量のサラマンダーに包囲されつつあった。ウンザリするような光景だが、悪いことばかりじゃない。


 ここにヤツらが集中してくれれば、それだけ他への被害は減るからだ。まあシズル達にとっては災難でしかないんだが、こればっかりはガマンしてもらうしかねーな。


「おらっ、食らえ!」


 とりあえず着地のついでに、手近な羽付きトカゲの横っ面を蹴り飛ばす。そいつは「ぐぇー」という悲鳴と共に向かいのビルの窓に突っ込んだ。


「ノイ、そっちはどうだっ!」


 言いながら振り向いたオレの前に、トカゲ頭の筋肉男が泡を吹きながら倒れ込んできた。その向こうには、大きく足を上げたハイキックの姿勢のノイ。


「こっちは大丈夫なんだよ。二人はノイが守るから、心配ないよ」


 流石はオレのパートナー。体術においてもオレに匹敵する実力の持ち主なだけはある。シズルとシノビをかばいながらでも、雑魚に遅れを取ったりはしない。


 しかし、敵の数は減るどころかむしろ増えてきている。どこから噂を聞きつけたのか、サラマンダーのゆかいな仲間たちがどんどん集まってくるのだ。

 これはアレか……開きっぱの【門】から、今ももりもり新手が湧いていやがるって事か!?


「うひゃー! お、お助けでござる~!!」


「ちょ、ちょっと忍さん! しがみつかないでっ!」


 まずい、こいつはちぃーとばかし数が多すぎる。ただ倒すだけなら霊装すりゃすぐなんだが、非戦闘員のふたりを守りながらではそれも難しい。こう周囲からわらわら迫られている状況では、霊装によるパワーアップより戦闘要員がひとり減るデメリットの方が大きいのだ。


「くそ、せめてここにトーヤがいれば……」


 オレが別行動をしている仲間の顔を思い出した、ちょうどその時だ。横合いから飛び込んできた回転する巨大なくの字の板が、サラマンダーを数匹まとめて吹っ飛ばしたじゃーねえか!


「なにい!?」


 回転する板はそのまま大きく弧を描き、すぐ横の背の低いビルの上……そこに立つ人物の元に向かっていく。

 凄まじい破壊力を持つそいつを、片手で軽々と受け止めたのは――――


「お、お前は……ルゥ!? ルルガ・ルゥ・ガロア――――っ!!」

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