第38話 無口少女と管狐
【前回までのあらすじ】
渋谷の街で大規模な召喚術を行った妖を追い、奔走する天御神楽学園の術者たち。
四方院樹希と呑香由衣は、渋谷の駅前で人の姿を取った二人組の妖を発見し、追跡を開始する。
二手に別れた妖をそれぞれ追いかけるふたり。樹希はがしゃ髑髏と対峙し、やむを得ず彼との取引に応じることになる。
一方、由衣は東池袋の地下駐車場において、追っていたセーラー服の女と謎の灰色マントの男が接触するのを目撃するのだった。
男に見つかり、囚われの身になってしまった由衣。その目の前で、今まさに異界の【門】が開こうとしていた……。
◇◇◇
――――それは、現実とは思えぬ異様な光景だった。
普段薄暗い地下駐車場は、今まるで真昼の太陽の下であるかのような様相を呈している。丁度中央近くに鎮座した、直径三メートルはあるだろう光の柱……床から真っ直ぐ天井へ突き刺さったそれによって、隅々まで
下から上へと流れる強烈なエネルギーの
「…………!」
そして、それがもたらす影響もまた……知っている。
光の柱の表面が不意に膨らんだかと思うと、その内側から弾けるように何かの塊が這い出してきた。鋭い牙の並んだ巨大な
真っ黒い身体の節々がゆらゆら揺れる炎に包まれているというのに、全く動じるそぶりも無いそれは……明らかに尋常の生き物ではない。
龍脈からの凄まじい霊力流は地上の霊力バランスを崩し、空間を歪めて別次元の存在をこの世に呼び込む。俗に
それこそが、この光柱が【門】と呼ばれる
「……!!」
炎をまとったトカゲがゆっくりと首を巡らせ、駐車場の隅に倒れた由衣の姿を捉えた。爬虫類特有の無感情な眼が、彼女の瞳とその奥の怯えを冷たく射抜く。
術者の家系に生まれた由衣は、常人の目には映らない妖を視る事が出来る。しかし、それは向こうにとっても同じ。高い霊力を持った人間は、妖の目にも特別な存在として映るのだ。
そう……己が腹を満たすに相応しい、極上の餌として。
「っ……!!」
短い四肢をばたばたと動かし、こちらに向き直る巨大なトカゲを目の当たりにして、由衣はそこから逃れようと必死に身体をよじる。彼女の手足は、いまだ灰色マントの男が放った糸に縛られたままなのだ。
「!!」
万事休す――――かに思われたその刹那、一条の電光がトカゲの横腹へと突き刺さった。
「呑香さん、無事!?」
出入り口のスロープから転がるように飛び込んでくる……白を基調とした天海神楽学園の制服。それを
四方院樹希――――言わずと知れた四方院の巫女。雷術を操る手練れの術者である。
「……事も無しとは言えない様だけど、どうやらギリギリ間に合ったようね」
悲鳴を上げ真横にごろごろと転がった後、悶絶して泡を吹く大トカゲを横目につかつかと歩み寄る樹希。その肩から小さく細長い影が走り、冷たいコンクリートの床に伏したままの由衣へ駆け寄った。
「まったく、その子が教えてくれなかったら危ないところだったわ。感謝することね。あなたの……お友達に」
由衣の顔の前で、心配そうにきゅうと鳴くのは……狐。一見フェレットのような小動物に見えるが、それは稲荷を信奉する呑香家の使役獣。
「……くーちゃん」
小さな友達に、か細い声で呼びかける由衣。樹希はこの時になって、初めて彼女の話す声を聞いた。
「何よ、友達とは話せるんじゃないの……」
――――管狐とは本来、稲荷の術者に一方的に使役される低位の妖。しかし、彼女たちに限っては事情が異なる。呑香由衣と管狐の“くーちゃん”は……霊装術の契約を結んだ対等のパートナーなのだ。
幼い頃から無口で引っ込み思案だった由衣にとって、くーちゃんは唯一心を許せる親友だったという。成長した彼女が、管狐との関係――――主となる術者と、使役される妖という一方的な主従を良しとしなかったのは、そうした経緯があったからなのだろうか。
由衣は親友との対等の関係を望み、自ら妖との契約の儀式を学んでそれを実行に移した。大した力もない使役獣と対等の契約を結ぶなど、長い霊装術者の歴史の中でも極めて稀な出来事である。
彼女の家の者はこれに激怒した。妖との契約は、一度結べば解除する術が無い。そして霊的なキャパシティの関係上、ひとりの術者が契約できるのは一体の妖のみというのが定説なのだ。
より強力な妖と契約できる才を持ちながら、それを棒に振った由衣。それを期に彼女は家の中でも冷遇されるようになり、無口と引っ込み思案も輪をかけて酷くなったと言う――――。
「……とりあえず事の経緯を教えてもらえるかしら? こんな所に、突然こんな物が生えた訳もね」
由衣の戒めを“紫電”の術でほどくと、樹希は傍らにそびえる光柱を見てため息をついた。一、二ヶ所ならまだしも、同じ街で六ヶ所も同時に【門】が開くなどあり得ない。
おそらくは彼女の追っていた妖が関係しているのだろうが、生憎ここに居るのは二人の他には悶絶したトカゲだけ。由衣から情報を引き出さない事には先に進めないのだ。
「何々……セーラー服の女が、マント姿の男と言い争っていた?」
自由になった手で、せわしなくスマホを叩く由衣。ゆうに数画面分に及ぶ筆談によると、この【門】は男の持っていた光る石によって開かれたものらしい。
「【召門石】ね……連中、まさかそんな骨董品を使ってくるなんて」
それはため込んだ霊力を用いて龍脈を刺激し、一時的に【門】を作り出す呪具。現在ではその製法は失われており、樹希自身も現物を見た事は無い。
しかし彼女が知る限り、開けられる【門】は下位の妖が通るのがやっと。持続時間も小一時間に満たない筈だ。
霊力を蓄積する呪具としては希少な物である【召門石】。現存するのはごく少数と思われていたが、昨晩の儀式にもそれが使われたとすれば……妖側はかなりの数の石を秘匿していた事になる。
「それで、その男は……ふむ、【門】を開いてすぐに何処かへ……女の方も後を追って行った訳ね」
不幸中の幸いか、妖たちは由衣に止めを刺す間も惜しんでこの場を去っていた様だ。いずれにせよあのままなら【門】から現れた妖に始末されていただろうし、事実そうなりかけていた訳だが。
「大体わかったわ。まあ、とりあえずは目の前のコレを何とかしないとね」
樹希は光柱に歩み寄ると、その目の前にしゃがみ込む。柱の表面には不定期に歪みが生じ、今にも新たな妖を吐き出さんとしているかの様だ。
「四方院の名に
床に置かれた手のひらから、一条の電光が光柱に走る。瞬間、真っ白な閃光が周囲全体を覆い……数秒後には、地下駐車場はまるで今までの出来事が嘘だったかのように、静けさと薄暗さを取り戻していた。
柱の消え失せた跡には、真っ二つに割れた白い小石が落ちているだけである。
「ふう、石さえ壊せば止められるみたいね。少し安心したわ」
これで、最悪樹希ひとりでも全ての【門】を潰す
「さて呑香さん、あなたは……そうね、とりあえず安全な所に隠れて先生に指示を仰いで。戦闘能力が皆無なあなたでは、ここから先は荷が重いでしょ」
――――霊装術者でありながら、由衣はパートナーと一体となって戦う事ができない。妖側の格が低すぎて、霊装として機能しない為である。
契約によって結ばれた魂の絆により、彼女の管狐は通常のそれを大きく超える探索能力を得るに至った。
しかし霊装術の本来の姿、霊装による術者の身体能力向上ができない以上……平時の捜査ならともかく、戦闘においては役に立たない。
残念ながら、それが現実なのだ。
だが……樹希はむしろ、肩の荷が降りた思いだった。これでもう、意思の疎通にすらワンクッション必要な由衣との共同作業を続ける理由は無くなったからだ。
「じきに雷華も来るわ。後の事はわたしに……この四方院樹希に任せなさい!」
これでようやく、好きに暴れられる。今日ここまでの
樹希はその
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