第37話 ダブルブッキング、崩壊!?

【前回までのあらすじ】


 ゴールデンウイークに、クラスのみんなと遊びに行く約束をした灯夜君。しかし、よりにもよって同じ日に小学生時代の友達にもお誘いを受けてしまったよっ!

 どっちに行くか悩んだけど……親切な協力者の助力も得られたので、思い切ってダブルブッキングを決行! 替え玉役の雷華さんとの入れ替わりを駆使し、池袋と渋谷をせわしなく行き来するのでした。

 

 午後から自由時間に突入した学園組。公園でまったりくつろいでいた灯夜君は、赤いドレスを着た不思議な女の子と出会います。

 ちょっと世間ズレしているけれど、明るく可愛らしい女の子。彼女は仲良くなった灯夜君たちをビルのてっぺんにある展望台へと招待しました。


 恋寿ちゃん、及川さんと共に、誘われるままエレベーターに乗る灯夜君。海抜二百五十一メートルの高さにある展望台で、いったい何が待ち受けているのでしょうか……?



◇◇◇



 エレベーターのドアが開き、ぼく達が流されるように押し出されたそのフロアは……想像していたいわゆる展望台的なそれとは、ちょっぴり印象が異なっていた。


「えっと、展望台っていうかコレ……」


「何かのテーマパークっぽいのです!?」


 広々としたフロアの周囲が大きな窓になっていて、あとは有料の双眼鏡みたいなのが設置してあるだけの……ちょっと眺めの良い休憩所。

 展望台といえばそんな感じだろうと予想していたぼくにとって、目の前の光景は軽いカルチャーショックを生み出すものだった。


 華やかな装飾がそこら中に施された通路。鏡張りの壁に、映像を映し出すスクリーン。あとは傘とか、テントとか……何だかよくわからない物が大量に配置された、不可思議な空間。


 それはぼくの貧弱な想像力をはるかに超えた代物……恋寿ちゃんが言う通り、ここはまるで“展望台”をテーマにしたアミューズメントパークのような場所だった。


「ほれ、ぐずぐずするでないぞトウヤ。早く外が見える所まで行くのだ!」


 袖を引っ張って急かすのは、赤いドレスに長い金髪の小さな女の子……通称“お姫様”。ぼく達をここに招待した張本人だけあって、中の構造は熟知しているみたいだ。


「わわ、ちょっと待って。今チケット買うからっ!」


 ゴールデンウイーク効果によって、ここも沢山の観光客で溢れている。超有名スポットだから当然といえば当然だけど……これでは、うっかりはぐれたりした時大変だ。

 恋寿ちゃんはともかく、九割寝ている(自称)及川さんとか目を離したらどこへ連れていかれるか分からない。


「とりあえず順路に沿って、ゆっくり進もう……」


 今いるのはフロアのほぼ中心。外が見える場所まではまだ遠い。後ろにいる恋寿ちゃん達を確認しようと振り向くと、エレベーターからはもう次の集団が吐き出されている所だった。

 流石は高速エレベーター。ぼく達がカウンターに並んでいるうちに六十階をあっという間に往復していたのか。


「おお~。展望台っていうから退屈なトコかと思ったけど、割とハジケたスポットじゃねーか。なあ向井!」


「まあ池袋に来たからには、一度登っておくべき所よね……はぁ、月代くんも来れたら良かったのに」


 え、ちょっと待って。今何かすっごく聞き覚えがある声がしたような気が……


「ホント灯夜のやつもツイてないよなー。せっかくの休みに呼び出し喰らうなんて」


「急用って言っていたけど、何の用事なのかしら?」


 ――――ま、間違いない! 今まさにエレベーターを降りてくるのは……ちかちゃんに向井さん、それに地元組のみんなじゃないかっ!


「な……なななななんでみんながここに! 雷華さんはどうしたのっ!?」


 思わずつぶやいてから、思い出す……雷華さんの別れ際の言葉。


『――――樹希お嬢様が妖と事を構える局面となれば、私もそちらに向かわなければなりません。この替え玉を演じ続けられるのも、その時まで……』


「あっ、急用で呼び出しってそういうことか……」


 どうやら、その言葉通りの事態が起こってしまったらしい。この東京のどこかで、ついに樹希ちゃんがあやかしを見つけ出したのだ。


 気にならないと言えば嘘になる。けど、あの樹希ちゃんの事だ。ぼくなんかが心配するまでもなく、無事事件を解決してくれるに違いない。

 雷華さんも向かっているのだから、状況はむしろ盤石ばんじゃくだろう。  

 

「けど、行くなら一言連絡してくれても……って、あ!」


 今更ながらスマホを確認すると、あった! エレベーターに乗る前あたりに、雷華さんからの着信が。ちょうど電話中だったので、うっかり見逃していたのかっ。

 これに気づいていれば、せめて心の準備くらいはする余裕があっただろうに……


「と、とにかく落ち着くんだ……すーはー、すーはー」


 深呼吸して見た目だけでも平静を保ちつつ、ぼくは状況を整理する。同じ日に二つのグループからそれぞれ別の場所に誘われ、どちらも断れなかった事から始まった……魔法のダブルブッキング計画。


 雷華さんがぼくの替え玉を演じ、同時二箇所で月代灯夜を存在させる。さらに二人が適時入れ替わることで、ぼくは正味半分づつとはいえ両方のグループと一緒の休日を過ごす事ができる……というのが、この計画のコンセプトだ。


 けれど、そこに誤算が生じる。学園組のいる池袋に、ちかちゃん達が移動してきた事。もう一人のぼくを演じていた雷華さんが離脱してしまった事。

 更に……二つのグループが全く同じ場所に居合わせてしまった事、である。


 これは正直言って、かなりヤバい状況だ。ここでちかちゃん達と鉢合わせたら、急用で帰ったはずのお前が何でここにいるんだって話になる。約束をすっぽかして他の子と遊んでいたとなれば、それだけで結構気まずい。


 そして……当然のことながら、事態はそれだけでは済まない。なぜなら、今のぼくは天御神楽学園の月代灯夜。

 つまり――――“女の子の灯夜”なのだから。


 ぼくが男子だと知っているみんなに、このフリフリピンクのワンピース姿を見られたら……言い訳はもう不可能。問答無用で「変態だー!」と叫ばれることだろう。


 そんなやり取りを横で見せられたら、恋寿ちゃん達もぼくの正体に気付いてしまう。女子の振りをして女子校に通っていたなんて事がばれたら、どん引きされるのは間違いない。

 それどころか、秘密を知られてしまったぼくの学園生活はより困難なものに……いや、もう学園にいられなくなる可能性だってゼロではないのだ。 


「灯夜様、どうかしたのです? 顔色がすぐれないみたいですけど……」


「心ここにあらずといった感じぞ、トウヤ?」


「ひゃっ!」


 気が付くと、目の前に恋寿ちゃんと“お姫様”の心配そうな顔が。気を遣ってくれるのは嬉しいけど、ここで名前を呼ばれるのはまずい!


「ううん、何でもないよ。それより急ごうっ!」


 とにかく、今はこの場から離れないと。ぼくは“お姫様”のちいさな手を握ると、人混みの隙間をぬって小走りに駆け出した。


「わわ、待ってくださいですー!」


「……恋寿、引っ張ると危ない……」


 恋寿ちゃんと及川さんがついてくるのを確かめながら、通路の先を目指す。ちかちゃん達がチケットを買っている間に、なるべく距離を取るのだ。


「ここまでくれば……あっ!」


 人が詰まった通路を抜けると、そこはちょっとした広間になっていた。相変わらずの装飾に加え、ガラス張りの床やら何やら不思議なオブジェが鎮座してたりするけど……壁には大きな窓があって、ちゃんと外が見える。

 ようやく展望台らしい場所に出られて、少し安心したかも。


「どうだ! ちと人が多いのが難だが、眺めは抜群なのだ、ぞ……?」


 窓に駆け寄った“お姫様”が、不意に首をかしげる。どうしたんだろう? 見れば、窓の近くにいる観光客たちが心なしかざわついている。スマホを取り出して窓のほうに向けている人も多い。

 なんだろう? 何かめずらしい物でも見えるのだろうか……“お姫様”を追って窓に近づいたぼくは、その光景を見て愕然がくぜんとした。


「そんな、これって……」


 立ち並ぶ高層ビル群さえも見下ろす、壮観な眺め。写真や動画で見るのとは違う、生の迫力……しかし、ぼくを打ち据えたのはそんな当たり前の感動とは無縁のものだった。


 ビルの間から立ち昇り、この展望台の高度さえ越えて天に突き刺さる……強烈な光芒こうぼう。サーチライトなどでは到底再現できないレベルの、凄まじい光量。

 天と地を貫くような、まばゆい光の柱。それは、まるで――――


「そんな、どうして……どうして【門】がここに!?」


 忘れもしないひと月前、学園に未曾有みぞうの危機をもたらした……異界の【門】。ぼくが目にしているのは、まさにその再現であった。


 しかも、ひとつではない。視界に入っただけでも数本の光柱が池袋の街から伸びている。となれば、その根本では――――



 ぼくの背筋を、冷たい汗が流れ落ちる。近くで観光客の慌てた叫び声が聞こえたのは、ちょうどその時だった。


「か、火事だ! 下が燃えてるぞ――――!!」

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