第34話 “お姫様”としもべたち
【前回までのあらすじ】
ゴールデンウイークに、クラスのみんなと遊びに行く約束をした灯夜君。しかし、よりにもよって同じ日に小学生時代の友達にもお誘いを受けてしまったよっ!
どっちに行くか悩んだけど……親切な協力者の助力も得られたので、思い切ってダブルブッキングを決行! 替え玉役の雷華さんとの入れ替わりを駆使し、池袋と渋谷をせわしなく行き来するのでした。
学園のみんなは午後から自由時間に突入。公園で恋寿ちゃん達とまったりくつろいでいた灯夜君は、赤いドレスを着た不思議な女の子と出会います。
なんだか妙に偉そうな彼女。サンドイッチを貰って上機嫌になった弾みに、灯夜君たちを自分の臣下に加えると言い出しました。
彼女はいったい何を考えているのでしょう? そして、そもそも一体どこの何者なのでしょうか……?
◇◇◇
「――――ほれ、なにをしておるトウヤよ。もうエレベエタとやらが来ておるぞ!」
よく通る元気な声でぼくに呼びかけるのは、金髪に赤いドレスの小さな女の子。
明るい外の陽射しの下でも充分に華やかだった彼女は、屋内においてはまるでみずから光を放っているかのようだ。
見た目が綺麗なのはもちろんだけど、その無邪気な笑顔が周囲を明るく照らし出しているような……そんな感じがする。
「――――うん、ぼく達はしばらく展望台にいるから。時間になったらまた連絡するねっ」
スマホを急いで懐にしまい、声のほうへと走る。閉じかけたドアを開けてもらって、ぼくはなんとかエレベーターに乗り込むことができた。
「灯夜様、ギリギリセーフなのです!」
これもゴールデンウイーク効果か、エレベーターの中は混み込みだ。周りの人達に配慮して、恋寿ちゃんが小声で話しかけてくる。
「一応静流ちゃんに電話しておいたよ。自由時間とはいっても、あんまり勝手にされたら困るだろうし」
「こんな可愛いお姫様にお誘い頂いているなんて、皆様きっとうらやましがるのですよ~」
「うむ! わらわの臣下となる以上の栄誉など、この下界にはそうそうないだろうからな!」
……隙間のないエレベーター内にがんがんと響く、“お姫様”の元気な声。ほとんど身動きできない中でも、周囲の視線が一斉にこちらを向く気配を感じる。
「ちょ、しーっ。他の人も乗ってるんだからっ」
「ん? 何ぞ、この箱の中では話をしてはいかん決まりでもあるのか?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
明るく利発で、ちょっと世間知らずのお姫様。ぼく達はそんな彼女に誘われるまま、地上六十階の展望台へと向かっていたのだった。
――――それは今からほんのちょっと前、お昼の公園で不思議な女の子に出会った事から始まる話である。
真っ赤なドレスも鮮やかな、十歳くらいの女の子。外国の人だろうというのは、その蒼い眼と金髪から考えて妥当なところか。
その割には日本語がペラペラで……妙に偉そうな言葉遣いなのがまた不思議だ。実は本当に偉いのか、それとも言葉を教えた誰かの趣味なのかは謎だけど。
「よくよく見ればおぬし、それなりに高貴な血筋の出に見えるのう……まあ、わらわ程ではないが!」
「やっぱり、そう見えるのです? 灯夜様も実はどこかのお姫様だって噂があるのですよ~」
恋寿ちゃんに口に残ったサンドイッチのかすを拭いてもらいながら、まるで値踏みするようにぼくを見上げる彼女。その瞳と
そう、午前中にモールの吹き抜けで見た……ピアノの調べに合わせて、すばらしいダンスを披露してくれた女の人にそっくりなのだ。
もしかしたら、この子はあの人の妹だったりするのかもしれない。だとしたら、二人がすごく似ているのも説明がつく。
「さきほども思ったのだが、おぬしは何か、特別なモノを持っておる気がする。そう、ただの娘では持ち得ぬ……何か大きなモノを」
すべてを見通すような、澄んだ蒼い瞳。そのまっすぐな視線に射抜かれ、ぼくはぎょっとした。
まさかとは思うけど……この子、もしかしてぼくの正体に感づいたとか!?
「な、ななななんにも隠してないよ! そんな、モノとかモノなんて……」
突然の事に思わず取り乱すぼくを見て、満足気ににっこりと笑う彼女。
「ふふふ、どうやら隠し事をするには向いておらぬようだな。まあよい。高貴なるわらわは細かいことを気にしたりはせぬ!」
そう言うと、女の子は腰に両手を当て胸を張る。何を感づいたのかは分からないけど、とりあえずは不問にしてくれるようだ。
それにしても……まるで人を従えるのに慣れているような堂に入った仕草。それを小さな女の子がやるものだから、どうしてもアンバランスさが先に立つ。
――――まあ、それがまたすっごく可愛いんだけど。
「恋寿の名前は
「えっと……ぼくは月代灯夜。きみの名前は?」
けれど、彼女はどうしても不思議というか……色々と謎が多い人物なのは確かだ。ぼく達が今更のように自己紹介すると、彼女は何か言おうとして不意に言葉を詰まらせ、そしてばつが悪そうな上目遣いでこう答えたのだ。
「名前は……言えぬ。さる高貴なる一族の末裔、としか言えぬのだ。すまぬ……」
「いやいや、別に謝らなくてもいいからっ! お忍びなんでしょ? それじゃあ仕方ないよっ!」
笑顔を曇らせた彼女に慌ててフォローを入れるぼく。むやみに名乗れないとなると、相当な事情があるのだろう。
……もしかしたら、本当にどこかのお姫様なのかもしれない。
「よいのか? 臣下に名も名乗れぬような、そんなわらわを許してくれるのか?」
「臣下かどうかは分からないけど……ぼくはそんな事気にしないよっ! 恋寿ちゃんもそうだよね?」
「全然オッケーなのです! それでは高貴なるお方という事なので……とりあえず“お姫様”とお呼びしてもよろしいのです?」
そして、再び元の笑顔――――いや、それ以上の満面の笑顔と共に言葉を
「ますますもって、気に入ったぞ! おぬしらをこのまま捨て置くことはわらわの美学に反する! ならば……」
と、言い終えるが早いか、くるりと
「あれっ、どこへ行くの?」
お姫様は問いかけるぼくをじれったそうに振り向くと、
「どこへ行く、ではない! おぬしらが付いてくるのだ! いずれこの辺りは追手やら何やらで物騒になる。そもそも
そう言って再びビルに向かって進んでいく。話の後半は意味がよく分からなかったけど、どうやらぼく達臣下は彼女を追わねばならないようだ。
「どうする? ぼくはとりあえず、付き合うつもりだけど」
「恋寿も行きたいのです! けれど、及川様は……」
あ、そうだった。まだ半分以上寝ている彼女をここに置いていく訳にはいかない……と思ってベンチを振り向くと、寝ぼけまなこの及川さんと丁度目が合った。
「……私も行く。九割寝ながらでも、ちゃんと歩ける。問題ない……」
ふらふらと立ち上がり、お姫様のいる方向へ歩き出す及川さん。九割寝ながら歩くのは充分問題だと思うのだけど……まあ、ぼくと恋寿ちゃんが付いていれば大丈夫だろう。
「待って……お、“お姫様”!」
追いすがるぼく達を見て、彼女は満足げに微笑んだ。
「うむ。それではまず“テンボウダイ”とやらに向かうとしよう。塔の中ではあそこが一番眺めがよいからな!」
――――こうしてぼく達と“お姫様”は直通エレベーターに乗り込み、海抜二百五十一メートルの高さにある展望台を目指すことになったのだった。
その先に、予想だにしない運命の乱流が待っているとも知らずに…………。
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