第33話 昼下がりの邂逅

【前回までのあらすじ】


 ゴールデンウイークに、クラスのみんなと遊びに行く約束をした灯夜君。しかし、よりにもよって同じ日に小学生時代の友達にもお誘いを受けてしまったよっ!

 どっちに行くか悩んだけど……親切な協力者の助力も得られたので、思い切ってダブルブッキングを決行! 替え玉役の雷華さんとの入れ替わりを駆使し、池袋と渋谷をせわしなく行き来するのでした。

 

 ちかちゃん一行が渋谷から池袋へ移動してくるというハプニング、そして今現在進行中の妖事件……色々と不安要素はありますが、平和な休日を守る為に頑張ってくれているみんなの為にも、この時間を大切にしたいと思う灯夜君。

 そんな彼が今回出会うのは……?



◇◇◇



 さんさんと降り注ぐ五月の陽射し。初夏の訪れを感じさせるような、ちょっと強めの陽光。

 ぼく達はビルの影になっているベンチでそれを避けつつ、ゆったりとした午後のひとときを過ごしていた。


「……灯夜様、恋寿れんじゅのサンドイッチはお口に合いませんのです?」


「お、美味しいよ! 本当に美味しいから!」


 となりに座った恋寿ちゃんのまんまるな瞳に見つめられながら、ぼくは手にした食べかけのサンドイッチをもう一口かじる。


 ……S組のみんなで遊びに行くと決めた時、「お昼は恋寿が用意いたしますです!」と強行に主張した彼女。

 その名誉にかけて言っておくけど、味が悪いわけでは決してない。恋寿ちゃんは今日この日のお弁当のため、先輩メイドさん達の下で料理修行をしていたとも聞く。

 ぼくの舌の主観では、修行の成果は充分以上のものだと思うよっ!


「みんなが戻ってくるまで時間もあるし、ゆっくり味わって食べたいかな……なんて」


 ただ残念な事に……ぼくはちかちゃん一行の所ですでにお昼をいただいた後なのだ。後の事を考え軽めに済ませてはきたものの、元々小食なだけに二食目はやっぱりきつい。


 とは言え、彼女が真心を込めて作ってくれたサンドイッチ。お残しするのは失礼だ。というわけでぼくは時間をかけ……少しずつ、少しずつそれを胃の中に詰め込んでいる最中なのである。


 ちなみにぼくが合流した時、愛音ちゃん達はすでにお昼を済ませ、それぞれ行きたい場所へと繰り出して行くところだった。

 そう、午後からは自由行動。それぞれ個人でピックアップした池袋の名所を適当に回って、夕方前くらいに適当に合流しようというゆる~いプランである。


「――――まあ、行きたいも何もどこに何があるかわかんねーしな。とりあえずシノビ、案内頼むわ!」


「任せておくでござる! まずはすぐそこの乙女ロードからでござるな。ふひひ……」

 

 愛音ちゃんにノイちゃん、それに静流ちゃんは服部さんの案内で彼女のおすすめスポットを回るという事。

 “乙女ロード”がどういう所なのかは分からないけど、池袋に詳しい服部さんが勧めるくらいだ。きっと乙女的に嬉しいロードなのだろう。


「私は駅前まで買い物に行ってきます。もしかしたら遅くなるかもしれませんが、その時は連絡しますね」


 小梅さんはお姉さんへのお土産を探すのだという。遅くなるって事は、結構本気で吟味ぎんみするつもりなのだろうか?


 そして、ルゥちゃん。彼女は自由行動と聞いた直後、そのままふらっと姿を消してしまった……一応携帯は持っているという事なので、たぶん大丈夫だとは思うけど。


「あ、そういえば恋寿ちゃんはどこか行かなくていいの? せっかくの自由行動の時間なのに」


 ネコ耳フード付きの紺色のジャケット姿が可愛い恋寿ちゃん。思えばさっきから、彼女はぼくがのろのろとサンドイッチを食べる様を横で見守っているだけだ。


「気にしないでよいのです。恋寿はどちらかと言えば、こうしてまったりと時間を過ごすほうが好きなのです~。その上超絶カワイイ灯夜様をず~っと眺めていられるのですから、これは最高に幸せな休日をエンジョイしてると言えます!」


「そ、そうなんだ……」


 屈託のないうきうきとした笑顔を浮かべながら、彼女は自分の膝の上にある及川さんの頭をゆっくりと撫でる。


「それに、彼女を起こしてしまうのもかわいそうですからね~」


 慣れない街歩きで疲れたのか、それともいつもの習性か。及川さんはお昼を食べた直後からすぐ寝に入ってしまったのだ。

 この子はまったくマイペースというか何というか……でも、こんな暖かな陽気の中だ。眠くなる気持ちも分からないでもない。


 その気持ち良さそうな寝顔を見ていると、なんだかこっちまで眠くなってくる。そういえば昨晩は緊張してあまり眠れなかったんだっけ……

 午前中にボーリングやら全力疾走やらで体力を使ったのもあって、これは割と本気で気絶しそうかも?


 とりあえず、意識を失う前に恋寿ちゃんのサンドイッチだけは平らげないと。ぼくはそばに置かれたバスケットから新たな一切れを取り出し、それを口へと運ぼうとして……


「…………」


 気づいてしまった。その様子を……じっと見つめているちいさな蒼い瞳に。


「…………」


 ふわふわと広がる、ウェーブのかかった金色の髪。白く透き通った肌を覆う、鮮やかな原色の赤いドレス。ベンチに腰掛けたぼくと同じ高さの目線にあるのは、まるで人形のように可愛らしい――――いや、どんな人形よりも美しく、かつ生命力に満ち溢れた……ひとりの女の子の顔。


「…………じゅるり」


 おそらく十歳くらいだろうか。その麗しき異国の少女の視線は、まっすぐにぼくの手がつまんだサンドイッチへと注がれていた。


 普通にしていれば、文句なしに美しく愛らしい造形の顔に浮かんでいるのは……どう見ても「お腹すいた」の表情。

 ぽかりと空いた口の端からこぼれ落ちそうになるよだれをじゅるりとすするその姿は、見ている者に否応なく罪悪感と庇護欲ひごよくを抱かせるものである。


 ぼくは、助けを求めるように恋寿ちゃんを振り返った。そして、彼女が無言でこくこくとうなずくのを確認すると……手にしたサンドイッチを、恐る恐る女の子の前に差し出した。


「えっと、食べる?」


「…………!」


 ぱっ、と花が咲いたように、女の子の顔が明るくなった。蒼く澄んだ瞳が何度もぼくの手元と顔を行き来する。

 やがておずおずと手を伸ばし……サンドイッチを受け取る腹ペコ少女。


「よ……よいのか?」


 そう言ってきらきらと目を輝かせる彼女。別に外人さんにとって珍しい食べ物というわけでもないのに、女の子は手にしたサンドイッチをまるで宝石か何かのようにまじまじと見つめている。


 ぼくがうん、とうなずくのを見て取るや否や、女の子はちいさな口で三角形の一角をぱくりとかじり取った。


「もぐもぐ……んんっ!」


 パンとハムとチーズが奏でる協奏曲をその口内で味わうと、彼女は青空のように綺麗な瞳をかっ! と見開き、一言。


「美味である!」


 そして叫んだ勢いであっという間に残りを平らげると、再び腹ペコの表情でじ~っとぼくの目を見つめてきた。


「あはは……恋寿ちゃん、サンドイッチの残りあげちゃってもいいかな?」


「灯夜様がいいなら、それでよいのです! 可愛らしいお嬢様に美味しく頂かれて、サンドイッチも本望なのですよ~!」


 そう言ってバスケットを差し出す恋寿ちゃん。ぼくはもうお腹いっぱいだったから、ある意味この子は救世主だ。


「もぐもぐ……んむっ。おぬしら、大義であるぞ! これは何か、褒美を取らさねばならぬな……もぐもぐ」


 すごい勢いでサンドイッチを口に放り込みつつ、何やら偉そうな言葉遣いで語る彼女。幼いながらもどこか威厳があって……実際良いところのお嬢様なのは間違いないと思う。


「もぐもぐ……ごくん。そうだ! おぬしらをわらわの臣下に加えてやろう! たいへん名誉なことであるぞ、喜ぶがいい!」


「え……えぇ!?」


 腰に手を当て、大きく胸を張る……赤いドレスの女の子。可愛いけれど尊大な彼女の言葉に、ぼくと恋寿ちゃんは目を見合わせるのであった……。

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