第30話 想定外は連鎖する

【前回までのあらすじ】


 ゴールデンウイークに、クラスのみんなと遊びに行く約束をした灯夜君。しかし、よりにもよって同じ日に小学生時代の友達にもお誘いを受けてしまったよっ!

 どっちに行くか悩んだけど……親切な協力者の助力も得られたので、思い切ってダブルブッキングを決行! 替え玉役の雷華さんとの入れ替わりを駆使し、池袋と渋谷をせわしなく行き来するのでした。

 

 ふとしたキッカケから、渋谷から池袋へと遊び場を変更したちかちゃん一行。

 想定外の事態に困惑し相談してきた灯夜に、直接会って話したいことがあると言う雷華さんですが……



◇◇◇



 ……時刻はちょうど正午を回った頃。ぼくは池袋駅を東口から出て、おびただしい信号待ちの人々の列へと加わっていた。

 お昼時というのもあるだろう。午前中に来た時より、更に人混みの密度は増しているように感じる。


『しるふ、今どこらへん?』


『ぅぇえ、わかんナーイ! まだ半分くらいだヨ~!』


 信号が青に変わり、一斉に歩き出す群衆。流れに乗って前に進みつつ、ぼくはしるふとの“念話”に集中する。


『うう、渋谷池袋間って結構距離あるからね……』


『もー! だいたいとーやが黙っていなくなるのがイケナイんだからネ!』


 そう。ぼくのパートナー、風の精霊しるふはここにはいない。それはつまり、魔法少女に変身すれば一瞬である駅から某六十階ビルまでの距離を……自らの足と時間を使って移動しなければならない事を意味しているのだ。




 「――――お呼び立てして申し訳ありません、灯夜様」


 それは今から十分程前のこと。ぼくは池袋駅内のとある女子トイレの中で待ち合わせをしていた。ノックの合図を確認し、個室のドアから滑り込んできたのは……ひらひらピンクのワンピースを着た銀髪少女。

 獣身通・化生狸ばけだぬきの幻術でぼくに変身した雷華さんだ。


「いいえとんでもないっ! 雷華さんが居なかったら、そもそも今日の計画自体なかった訳だし……」


「そう時間を掛けても居られません。なので、手短に話します」


 ……雷華さんが語ったのは、昨晩の魔術儀式から始まったという妖事件の事だった。ぼく達が意気揚々と遊びに繰り出していた裏で、蒼衣お姉ちゃんと樹希ちゃんはその捜査を行っていたというのだ。


「そんな……言ってくれれば手伝いに行ったのに!」


「月代先生は皆様の事を思って、えて言わなかったのですよ。高等部の術者が加わってくれたお陰で、最低限の人員は確保できていましたし」


 なるほど、ぼく達が心置きなく休日を楽しめるよう気を遣ってくれていた訳か。

 そもそも、健全な組織なら何人か休んでも平気なくらい人手があって当たり前。ひと月前のような総力戦でもなければ、休暇中の人間を無理やり引っ張って来なくても済むって事だ。


「まだ被害らしい被害も出ておらず、大規模な捜査に踏み切れる段階ではありません。人口密集地で人目もあるので、このまま少人数での隠密捜査を続けることになると思いますが……」


 雷華さんがそこで言葉を切り、軽く目を伏せた理由は……すぐに想像がついた。


「樹希お嬢様が妖と事を構える局面となれば、私もそちらに向かわなければなりません。この替え玉を演じ続けられるのも、その時までになってしまいます」


 樹希ちゃんと雷華さんは、本来二人一組のコンビだ。共に戦ってはじめて本領を発揮する……それが霊装術者。

 ひとりずつでも魔法少女になったぼくよりずっと強いふたり。それが力を結集するからこそ、四方院の巫女は最強と呼ばれるのだ。


「いやいや、事件が起きてるならそっちが優先だから! 元々、ぼくのワガママに無理に付き合わせている訳だし……」


 事情を知ってしまうと、ぼくなんかの遊びのために雷華さんを拘束し続けるのはやっぱり心苦しい。彼女がフリーだったら、捜査だってもっとはかどっていたと思うし。


「いえいえ。一度請け負った手前、可能な限りはお手伝いを続けさせて頂きます。このまま日没まで何も起こらない事も、充分有り得ますので」


 それでも、義理堅いというか何というか。申し訳ないけど、嬉しくもある。


「皆様にゆっくりと休暇を過ごして欲しい。その気持ちは月代先生も、私も……樹希お嬢様だって同じです。ですから、灯夜様も今日はご友人との時間をお楽しみ下さいませ」



 ……そうしたやり取りを経て、ぼくは学園組に、雷華さんはちかちゃん一行へ合流すべく女子トイレを離れた。あ、同じ顔が一緒に出ていくと流石にまずいので、微妙に時間をずらしてだけど。


 トイレにしてはちょっと時間を掛け過ぎた気もするし、急いだ方がいい。学園のみんなは、今ショッピングモールの上にある公園でお昼にしているとの事。

 なーに、魔法少女に変身すればひとっ飛びの距離。余裕余裕などと思いつつ、しるふを念話で呼ぼうとしたぼくは……その時になってようやく気づいたのだ。

 

 しるふを一人……渋谷に置き去りにしてきた事に。




『――――ごめんねしるふ。ダブルブッキング計画の危機で頭がいっぱいになってて、電車に乗るって言い忘れてたよ……』


 一心同体の魔法少女になって、増大した霊力で無理やり加速していた午前中は意識していなかった問題。それはしるふ単体での飛行スピードにある。


 空を自由に駆ける風の精霊とはいえ、飛ぶスピード自体はそれ程速くはない。せいぜい自動車くらいの速度が出せれば良い方なのだ。

 だから、渋谷池袋間を移動するとなるとそれなりに時間がかかってしまう。風に乗れればもっと速いと思うけど、目的地までいつも都合よく風が吹いてくれる訳じゃない。 


「想定外の事態がひとつ起きただけで、こんな苦労をするなんて……」


 人でごった返す大通りを足早に進みながら、ぼくはため息をついた。このまま自分の足で目的地を目指すのも、しるふが池袋に到着するのを待って変身して急行するのも……時間的には対して変わらないだろう。

 でも、気分的にじっと待ってはいられない。たとえ無駄な体力を使うだけだとしても、一歩でも前に進んでいる実感がないと落ち着かないのだ。


「あっ!」


 横断歩道を渡る大勢の人たち。気ばかりが焦っていたせいか、ぼくはうっかり正面から歩いてくる人を避け損なってしまった。尖った肩に押されて、軽々とバランスを崩すぼくの体。

 行き来する人々に揉まれくるくると回転しながら……炸裂する転倒の衝撃を覚悟した、その次の瞬間。


 ぼくの後頭部は、硬いアスファルトとは正反対のふんわりとした弾力に包まれていた。どこまでも柔らかく、それでいてもちもちとした反発力。

 ああ、なーんとなく覚えがあるこの感覚。それは、まぎれもなく――――


「ご、ごめんなさいっっ!」


 その限りなく柔らかい反動を利用して、ぼくは弾かれるように身を起こした。向き直った先には案の定、豊満と言う他ない程のボリュームを持った二つのふくらみと……その持ち主である黒髪の美女が立っている。


「む、謝られるような事をした覚えは無いのだが……?」


 一目見て分かる、抜群のプロポーション。背が高いせいか、出ている所がバッチリ出ているのにすらりとした印象が崩れていない。

 身に着けているセーラー服は飾り気のないシンプルなデザインで、色も紺ではなく完全な漆黒。どことなく古めかしさを感じるのは、その胸に突っ込んだ際に漂ってきた防虫剤の匂いのせいだろうか?


 ぼくと目が合うと、彼女は驚いたように目をぱちくりとまばたかせ……ピンク色のフリフリワンピ姿のぼくを頭のてっぺんからつま先まで舐めるように観賞し始めた。


「むむ、何処ぞ異国の姫君か? 共も連れずに不用心な……」


 ぼくを初めて見た人は大体、同じような反応をするものだけど……何か妙に時代がかった表現だ。

 そういえば、この池袋にはコスプレイヤーさん達が集まる場所があると服部さんに聞いたっけ。多分タイムスリップしてきた昔の女学生とか、そういう設定なのだろう。

 学生にしてはちょっと大人びすぎているのも、コスプレだと考えれば納得だ。


「――――はっ、済まぬ! 思わず見入ってしまった!」


 横断歩道の信号が点滅を始める頃になって、ようやく彼女はぼくから視線を剝がした。


「別に、慣れてますから……」


「う、うむ……私は急ぎの用がある故、これで失礼する!」


 そう言い残すと、彼女はばっと身をひるがえし道路の向こうへ駆け去っていく。見た目の印象以上にその動きは素早く……その姿はあっという間に見えなくなってしまった。


「……何か、不思議な人だったな」


 思えばどことなく、雰囲気が雷華さんに似ていたような気がする。年上で長身でプロポーションが良いってだけで、そう思えてしまうだけかも知れないけど。


「おっといけない、みんなの所へ急がないとだっ!」

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