第27話 不知火ミイナの記録
【前回までのあらすじ】
渋谷の街で行われた大規模な召喚術。その痕跡を調べた蒼衣は、それが妖の仕業であると確信する。
情報が足らず動けない警察に代わり、捜査にあたるのは樹希たち学園の術者だ。
現場を樹希たちに任せ、渋谷警察署に向かった蒼衣。そこの設備を借りて情報収集を開始する彼女だったが、中々成果は上がらない。
それどころか単独行動を続けるミイナが爆発事故を起こしたり、桜たちが消息不明になったりと散々な有様。
果たして蒼衣は混乱する状況を制し、妖の尻尾を捕まえる事ができるのだろうか……?
◇◇◇
――――渋谷警察署。首都圏でも有数の規模を誇り、日々大都会を蝕む犯罪と戦う……言わば最前線。
ゴールデンウイークに湧く世間とは裏腹に、ここには緩んだ空気など一辺も存在しない。せわしなく行き交う署員たちからは、むしろ平日以上のピリピリとした殺伐感が漂っている。
「サクラ達が池袋へ行ったって? なんでまた……」
『断続的に回復するGPS情報を追う限り、ほぼまっすぐ池袋方面ですね。何度か電話連絡も試みましたが、通じませんでした』
そんな警察署の一角、有事の際には対策本部としても使われる会議室……幸いなことに今日は空き部屋であるそこに――――私、月代蒼衣はいた。
『恐らくは
一葉が契約しているのは【影女】。影に潜み影を渡る妖だ。影を通して一種の異空間に入り込めるとかで、ひとつの影の中なら端から端まで一瞬で移動できるという。
「あーアレね……やれやれ、影の中では電話も圏外か。まったく、そういうのは一言連絡してからにしなさいよ……」
広々とした部屋に、今は私ひとり。大きなテーブルの上には二台のノートパソコン――――片方は自前、もう一つは署から借りた物だ――――が広げられ、それぞれが異なる情報をリアルタイムで更新し続けている。
『それ以外では目立った情報はありませんね。関東全域、平和そのものです』
「はぁ、平和かー。望美ちゃん、あーしのやってる事って、やっぱり無駄なお節介なのかな……」
思わず、手にしたスマホの向こうへと愚痴ってしまう。捜査は――――行き詰っていた。
何が起こっても即座に対応する為、現地の警察署に向かったはいいけど……他所の管轄の巡査風情が、いきなり来て力を貸せというのは虫の良い話。
それも被害らしい被害が出ていない現状では二の足を踏まれてしまうのも仕方ない。
結局、私が得られた助力と言えば……署内のサーバーに接続されたノートパソコンとそのアクセス権のみ。
できれば人員も貸して欲しかったのだけど、そもそも
『既に物証も上がっている以上、表立った被害が出ていないのはむしろ幸運じゃないですか。少なくとも、まだ手遅れにはなっていないって事でしょう』
私のぼやきに冷静にフォローを入れてくれるのは、情報作戦室の主――――
こと情報処理能力において、彼女の代わりになる人材は四方院家に存在しない。
しかし、それが災いして……メイド達ですら交代で休暇を取るこの連休中においても、彼女は作戦室を離れられずにいるのだ。
『こっちでも引き続き情報の収集は続けますから。愚痴を言ってる暇があるなら、現場の子たちのサポートを優先させて下さい』
十二時間以上作戦室を留守にできない身でありながら、実に仕事熱心な彼女。今もこうしてギャラが出るか不確定な状況で私を手伝ってくれている。
「連休中ずっとカンズメとか、割と良くあることなので」とか言ってたけれど、正直本当に助かる。いやマジで。
「そうは言うけど……イツキとユイは尾行中で
渋谷駅で人に化けた妖を発見し、追跡中という二人。今現在手掛かりらしい手掛かりといえばそれだけだから、二人には是非とも頑張ってもらいたいのだが……
「サクラ達は音信不通だし、ミイナに至っては追加で男子高校生を三人病院送りにする始末よ。まったく、後で尻拭いをする身にもなってほしいわ」
『
望美ちゃんが言うのも無理はない。ミイナは、まるで素行不良を絵に描いたような娘……それは学園生活だけでなく、対妖の現場においても変わらない。
まず命令を聞かないのは当たり前。独断専行で突っ走り、周辺に余計な被害を出したのも二回や三回では済まない程。
ある事件においては妖との戦闘を生配信され、腹いせに撮影者を暴行する等……術者として信じ難いレベルの蛮行にまで及んでいる。
「無理も何も、現場に出たいってのは彼女の希望だしね……あんな約束をしちゃった以上、嫌とは言えないわよ」
――――不知火ミイナ。初めて彼女の経歴を見た時、私はその壮絶さに
まず、彼女の存在が確認されたのが七年前。警察がとある
この一件は公に報道される事はなかった……そのグループを指揮していた主犯が、わずか八歳の少女だったからだ。
幼い頃に大規模な災害に巻き込まれ、両親を失ったというその少女。彼女は同じ様な境遇の子供たちと共に、生きる為に犯罪に手を染めたのだという。
裏社会に存在するいくつもの反社会的勢力や犯罪グループを渡り歩き、歳に似合わぬ処世術を身に着けた少女。生来の資質もあったのだろう……彼女は最終的にひとつのグループを指揮するまでに至っていた。
マフィアが横行する海外ならともかく、現代日本ではとてもあり得ない話に聞こえるが……これは事実。ただ報道されないだけで、この世にはこうした事象が星の数ほど転がっているのだから。
そう、妖と術者の存在がいまだ伏せられているのと同様に。
児童養護施設に入れられる事になった彼女だが、その後幾度となく脱走騒ぎを繰り返し……十歳になった頃、それは遂に成功する。
関係者たちはそれこそ血眼になって探したが、彼女の手掛かりは
――――それから三年後、関西のとある港でタンカーの炎上事故が起こった。
一般には事故として報道されたその現場。しかし、そこで行われていたのは……術者同士の戦い。
強大な炎を操るはぐれ霊装者と、西の術者たちの激突であった。
周囲に盛大な被害をまき散らしながらも、数を頼みに迫る術者たちの儀式魔術によって取り押さえられたのは……十三歳になった
何処でどうやってか、再び現れた彼女は妖との契約を果たし、異能の力を手に入れていたのだ。
当初、彼女の身柄は西の預かりとなっていた。術者としては未熟なれど、取り押さえるのに数十人の手練れを要したその力を……あわよくば自陣営の戦力として取り込むつもりだったのだろう。
しかしほぼ一年が過ぎた頃、西の総括である
最終的な戸籍が東側にあるとかいった、もっともらしい理由をつけてはいるが……彼らが少女の勧誘に失敗したのは明らかであり、西側の手に負えなくなった彼女は、いわば厄介払いのような形で東に送られてきたのだ。
そういった経緯を経て、天御神楽学園に流れ着いた少女。霊装術者の力を持つ彼女は、当然ながら私の管理下に入る事となる。
新人教師でもあった私は、まともに会話すらしようとしない彼女と、何とかコミュニケーションを成立させようと様々な手を試したのだが……
「フッ、なっちゃあいないな。巡査だか先生だか知らないが、あたしは誰の命令にも従うつもりは無い。ましてや仲良しごっこに付き合えなどと……言語道断!」
複雑な環境で荒んだ心は、そうそう動かせるものではない。教師としての自信をすっかり失い、心が折れかけた私を見て……彼女は言った。
「命令なら聞かない。だが、対等な立場での取引なら……別だ」
唇に薄ら笑いを浮かべ、なおも続ける彼女。その眼に宿る光は、十代の少女とは思えぬ程したたかに……そして野獣のごとくぎらぎらとした輝きを放っていた。
「あんた達も、あたしの力が欲しいんだろう? だったら……あたしの要求を、聞け!」
――――そうして、彼女は天御神楽学園の生徒となり……同時に警視庁妖対策支部の協力術者になった。
“不知火”という苗字は、この時に付けられた物だ。本来の苗字は最初の戸籍と共に失われ、彼女自身も既に覚えてはいないと言う。
学園に籍を置くに当たって、いくつかの候補の中から選んだ苗字。それに下の名前……“ミイナ”をつけて、不知火ミイナ。
これが――――私の知る限りの、
『妖を倒した実績に応じて、フリーの術者としての独立を前倒しする……でしたっけ。何でまたそんな約束しちゃったんです』
「あの子が言う事を聞いてくれるなら、その位は仕方ないと思ったのよ。まさか、ここまで妖の討伐
命令無視も独断専行も、全ては自分の手で妖を仕留める為。その為になら周辺の被害もお構いなし……今のミイナを作ってしまったのは、半ば私の
彼女が一人前になるまでの行動には全て責任を持つ。そのつもりで約束したはいいが、この調子ではそれ以前にこちらの首が飛びかねない。
「とにかく、このままじゃ
『いいですけど、巡査はどうするんです?』
「あーしはミイナを追うわ。覆面パトカーの一台くらい、ここでも貸りられるでしょ」
あの嗅覚鋭いミイナが、何の理由もなく走り回るはずがない。きっと私たちが知らない、何らかの手掛かりを掴んでいるのだ。
そういう子だ……あの子は。
「サポートが無理なら……自ら動くだけのことよっ!」
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