第26話 渋谷探索・リブート!

【前回までのあらすじ】


 ゴールデンウイークに、クラスのみんなと遊びに行く約束をした灯夜君。しかし、よりにもよって同じ日に小学生時代の友達にもお誘いを受けてしまったよっ!

 どっちに行くか悩んだけど……親切な協力者の助力も得られたので、思い切ってダブルブッキングを決行! 替え玉役の雷華さんとの入れ替わりを駆使し、池袋と渋谷をせわしなく行き来するのでした。

 

 渋谷でナンパ男に絡まれているところを、学園の先輩――――不知火ミイナに救われた灯夜とちか達。そこに騒ぎを聞いて駆け付けた警官が!

 捕まって休日を台無しにしたくない一行は、ミイナと一緒に逃走を試みるのですが……



◇◇◇



 ぜえぜえと、肺が酸素を求めてあえぐ。全力で走りながらも、踏み出す足の一歩一歩がたまらなく重い。

 心臓から送り出される激しい血流に、全身の血管が張り裂けそうだ。


 脳内で激しくまたたくのは、レッドゾーンの赤信号。ぼくの視界はすでに真っ白な星々で埋め尽くされ、もはやどこへ向かっているのかも分からない状態である。


 それでも、走り続けなきゃならないのは……ぼくの左手ががっしりと掴まれ引っ張られているからに他ならない。


「――――ち、ちかちゃん! もう無理っ、限界だよっ! ぼくを置いて逃げて……」


「おいおい、まだ一分も走ってねーぞ? 男ならもう少し頑張れっ!」


 そう言うと、心なしかダッシュの速度を上げるちかちゃん。いや、こっちは本当にもう限界だから!


 確かに、小学校を卒業してからは体力作りに力を入れているけれど……それでもたったのひと月では目に見える変化は表れないわけで。

 元々女子並しかないぼくの体力は、今もやっぱりその域を出ていないのだ。


 ……いや待てよ。ぼくが所属するこのグループは、ぼく以外全員が女の子。だとすれば、他のみんなもそろそろ体力の限界を迎えてもおかしくない。


「ちょ……ちかー! ここまで来れば大丈夫じゃね?」「はぁはぁ……果南かなみさん、私もう走れない……」「ぜはー……死ぬっ、ぜはー……」


「ぇー。何だよみんな、体力ねーな!」


 いやいや、ちかちゃんの体力がずば抜けてるんだってば!

 特に部活をやっていた訳でもないのに、並の男子顔負けの身体能力を誇っていた彼女。それは中学生になった今でも衰えてはいないみたいだ。

 だから、それを基準にされたらみんな体力ない事になっちゃうよっ。


「まあ、結構角とか曲がったし……多分もう追って来ないだろ。うん」


 彼女のその言葉をもって、ようやく長い逃走劇は幕を降ろした。ほんの数分でも、体感ではとっても長い時間走りっぱなしだった気分である。

 立ち止まって、何度も深呼吸すると……やっと少し身体が落ち着き始め、薄れていた視界が戻ってきた。


「えっと、その……ちかちゃん?」


 疲労困憊ひろうこんばいのぼくの前に立つ彼女には、疲れの色は全く見えない。そして、その右手の先は……今もぼくの手と繋がれたままだったりする。


「おっと、悪い!」


 さっと顔を赤らめ、慌てて手を放すちかちゃん。その様子を見て、女の子たち――――彼女と中学校で知り合ったという三人――――がはやしし立てた。


「何、やっぱ二人ってそーゆー関係なの?」「いいなぁ……こんな可愛い子と」「ちかサンも割と隅に置けませんな~」


「こ……これは、こいつがあんまりトロいから、はぐれないようにだな――――」


 真っ赤になって反論するちかちゃん。もう中学生だというのに、手を繋いだ程度のことでからかってくる子はいるんだなぁ。

 ……それにしても、彼女がこんなにうろたえる姿はめずらしい。


 ふと、刺すような視線を感じて振り返ると……そこには何やらジト目で睨み付けてくる向井さんの顔が。


「……月代くん、いつの間に果南さんとそんな関係に!? これは……不純! 不純異性交遊です!」


「ちょ、誤解だよぅ!?」


 ぼくとちかちゃんは、確かに仲が良かったけど……それはおおむね魔法少女好きの同志としてであって、いわゆる男女のあれこれとは無縁の関係だ。

 そもそもこんな外見のぼくを、男性として意識する女子がいるとは思えないし。


 ……思い起こしてみれば、ぼくが委員会の仕事の最中に他の女の子と話していると、向井さんはよく今みたいな感じで怒っていたっけか。

 まったく、委員長は相変わらず真面目なんだなぁ。


「って……あれ、先輩は? ちかちゃん、先輩はどこ?」


 その時になって、ぼくはようやく気がついた。先輩が……ミイナ先輩が居ない。確か、一緒に逃げてきたと思ったんだけど?


「あのメッシュの姉ちゃんか? それならあっという間に引き離されてそれっきりだぜ。あたし一人なら……いや、それでもアレは追いつけねーか」


 そうか……彼女にしてみれば、いつまでもぼく達と一緒にいる理由は無い。確か野暮用の途中とも言っていたし。

 落ち着いたところでちゃんとお礼を言いたかったけど、残念だ。


「そういやさ灯夜、あの姉ちゃんと知り合いなのか? センパイとか言ってたけど……あれ高校生だろ? 一体どういう関係なんだよ~」


「ああ、あの人は天御神楽……いや、ぼくが通ってる学校の……高等部! そう、高等部の先輩なんだよっ!」


 いけない、ぼくが天御神楽学園に……女子校に通っている事は秘密なのだ。うっかり学園名を明かしたら、もし検索とかされた時に面倒なことになってしまう。


「高等部があるって……月代くんの学校ってエスカレーター式?」「公立蹴って行くくらいだから、結構良いトコの学校じゃないの?」「そーいえば、まだそっちの話ぜんぜん聞いてなかったよね~」


 ここぞとばかりに、女の子たちの質問が殺到する。こ、困ったぞ……こう一度に聞かれたら、どこかでぼろを出しかねない。

 あらためて、自分が隠し事の多い身の上になっていることを実感する。友達相手にまで言えない事があるなんて、ちょっぴり心が痛い。


「――――そ、それよりさ! みんな、お腹すいてない? そろそろお昼だし、どこかで食べていくのも……いいんじゃない、かな?」


 とりあえず時間稼ぎのために放った、ぼくの提案。それにみんなは、


「あ、もうそんな時間?」「言われたら急にお腹へったー!」「全力疾走した後だし、ちょっと休みたいよね~」

 

 どうやらうまく食いついてくれたようだ。学園に入ってから他人と話す機会が倍増し、貧弱だったぼくの対人コミュニケーション能力も多少は向上の兆しを見せた……その成果か。


「よーし、それじゃあ適当にどっか入って食うか~!」


「「「おー!」」」


 よし。お店を選んで入るまでには少し時間がかかるだろうから、その間に何を聞かれてもテンパらないようにシミュレーションをしておこう。


「というわけで、向井調べて~」


「なんで私に丸投げなのっ! それより、まずは現在の位置を確認しないと……」


 そういえば、想定外の移動をしたせいでここが渋谷のどの辺りなのか分からない。もしひとりで迷ってたなら相当心細かっただろう。


「まあ、大丈夫だろ。分かんなかったら人に聞けばいーしな!」


 けれど、ぼくはひとりじゃない。思わぬハプニングはあったけど、みんなと一緒なら……勇気が湧いてくる。何でも上手くいくって思えてくるのだ。


「この辺りね……うん。そう遠くない所に飲食店街があるから、まずそっちへ向かいましょう」


 そうして、ぼくはみんなと向井さんが指し示す方向に向かって歩き出した。めったにない都会での外食。お腹がすいているのもあって、すごく楽しみだ。


「よーし食うぞ~! 今ならガッツリ系もいける……焼き肉とかどうよ?」


「も、もう少し軽めのでお願いします……」

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