第25話 テーブル上の決闘

【前回までのあらすじ】


 妖大将に逆らう裏切り者を追い、渋谷の街に集まった我捨たち妖の刺客。

 人間達の追跡を阻む為、裏切り者の行った儀式の痕跡を消そうとするも……半妖の暴力団員、犬吠埼のミスにより失敗。彼らもまた術者に追われる事になってしまう。


 尾行してきた四方院の術者をコーヒーショップに連れ込んだ我捨。彼は意外にも彼女に取引を申し出る。

 妖の男の真意は、如何に――――?



◇◇◇



「……取引、ですって?」


 俺の対面に座る長い黒髪の女学生が、不愉快そうな表情のまま眉をぴくり、と動かした。その目は今も俺の一挙一動を見逃すまいと、鋭い視線を油断無く浴びせ続けている。


 ――――ここは高田馬場の駅ナカにある、とあるコーヒー屋。この俺、あやかしであるところの【がしゃ髑髏どくろ】の我捨がしゃは……何の因果か、まだ中坊くらいの娘と仲良く昼前のコーヒータイムを楽しんでいた。


 ……ように、周りの連中には見えたかも知れねえ。しかし残念ながら、俺たちは仲良くもなければ楽しい話をしている訳でも無い。


「驚いたわ……まさか、貴方の口からそんな言葉が聞けるなんて。考えるより手の方が早いタイプに見えたけど、少し認識を改めるべきかしら」


 まず、こいつからして只の子供ガキじゃねぇ。四方院の妖遣あやかしつかい……いわゆる妖怪退治の専門家だ。俺たち妖にとっては天敵と言っていい存在に当たる。

 本来なら、まず声を掛けたくねぇ相手。しかし、状況がそれを許しちゃあくれなかった。


「俺もアンタも、追っている相手は同じって事だよなァ? ならよォ、足を引っ張り合うより……協力した方が色々と都合がいいだろ?」


 こいつ等人間の術者達が追っているのは、俺たちにとっても裏切り者。今回の仕事は、そいつ等を始末して奪われた宝物……呪具やら宝具やらを取り返す事だ。

 もっとも、そのお宝の大部分は昨晩の儀式でお陀仏だぶつになったんだが。


 裏切り者共に対して後手に回っている今、更に術者の相手なんてしていられねぇ。俺が危険を冒して直談判に臨んだのは、そういうやむにやまれぬ事情があったからなんだが……


「協力? わたしが……妖と? 流石に、虫が良すぎるんじゃなくて。妖の走狗そうくに成り下がるくらいなら、それこそ死んだほうがマシよ!」


 ……そうそう、こういう事を言うヤツなんだよコイツは。多分物心つく前から妖は悪だ、人類の敵だとか教え込まれて育ってきやがったんだろう。

 まったく、これだから名家の術者ってヤツは。


「おいおいお嬢様、今の状況分かって言ってんのかァ? ここで俺がひと暴れしたら、アンタを含め……二ケタは確実に死ぬぜ?」


 四方院の娘の、見るからに不機嫌そうな顔がさっと青ざめたかと思うと、次の瞬間にはみるみる紅潮していく。差し詰め美少女信号機とでも言ったところか。


「アンタの相方が近くに居ねェのも確認済みだ。誰にも止められねェ。当然、俺もしばらく街を歩けねェ身になるだろうが……妖の宿敵、四方院の命と引き換えとなりゃ、案外悪い話でも無ェか」


「――――おのれ……外道ッ!」


「まァ落ち着けよ。俺だってそんな事はしたくねェ。アンタが取引に応じてさえくれれば……誰も死なずスマートに片付く上、いくらかの情報だって手に入る。となれば、答えは決まってるよなァ?」


 仮に向こうの相方がこの場に居たとしても、出入り口が限られた店内で犠牲者を出さずに戦うのは無理な話。つまり……コイツは従うしかない。

 俺に付いてのこのことコーヒー屋に入った時点で、お嬢様はすでに詰んでいたって訳さ。


「…………何が望み? 参考までに、聞かせて貰えるかしら」


 憎しみに燃えた視線で俺を突き刺しながらも、四方院の娘は低く抑えた声でそう答えた。何はともあれ、これで取引の話に入れるってもんだ。


「ああ。まず、ここで俺に会った事を誰にも言わねェと約束しろ。これから話す情報も……できる限りアンタひとりの胸に秘めてくれると助かるぜ」


「ここだけの話、というわけね……了解したわ。それで、次は何? 『まず』と前置きした以上、続きがある訳よね?」


 流石に鋭いな……子供のクセに、可愛気って物が無ぇ。だが、話が早いのは良いことだ。


「……ツレが一人、お前等の仲間に追われている。そいつを見逃してやっちゃあくれねェか」


 それが、俺がわざわざ取引なんて手段を選ぶ羽目になった理由のひとつ。ウルヴズネストに残してきた犬吠埼いぬぼうざき――――あの半妖のチンピラが、案の定しくじったのだ。

 追手を待ち伏せしたつもりが……店を丸焦げにされた上、今もしつこく追いかけ回されているらしい。


 情けない話ではあるが、そもそもヤツに任せたのは俺自身のミスだ。あんなツラでも一応は舎弟。救えるものなら救ってやるのが兄貴の甲斐性ってもんだろう。


「仲間……貴方と一緒に居たあのセーラー服の女の事?」


「そっちじゃねェ。もう一人……渋谷で炎を使う術者に追われてる。さっきから何度も電話で泣きつかれて困ってんだ。なんとかしてくれ」


 俺が“炎を使う術者”と言ったあたりで、娘の表情が変わった。どこか合点がいったような、それでいて呆れたような……最終的には、額を抑えて深いため息をついている。

 何だ? 俺はそこまで難しい要求をしたつもりは無ぇんだが? 


「……残念だけど、それは無理ね」


 コーヒーを一口飲んだ後、娘は重苦しくそう答えた。


「どういう事だ。オマエ等の狙いは俺達と同じ、昨晩の儀式をやらかした裏切り者の方だろう。だったら、俺の仲間を襲っている暇はねェ筈だ」


「理屈ではそうなるわね。けれど、その理屈が通用しないやからが……残念ながらこっちの身内にも居るのよ」


「何……だと?」


 こっちに裏切り者が居るように、人間の術者共もまた一枚岩じゃ無えって事なのか?


「妖と見るや上の指示なんてガン無視で追いかけ、好き放題に暴れ回る。文句を言おうにも携帯に出ないし、そもそも言って聞く様な人間じゃない。貴方の仲間を追いかけているのは、つまりそういった類いの奴なのよ」


 言い終えてまたコーヒーをあおり、深々とため息をつく様は……演技には見えねえ。あちら側にも制御できない馬鹿が居るって話は、恐らく本当なのだろう。


「こうして会話でコミュニケーションが取れる分、むしろ貴方の方がマシかも知れないわ……」


「お、おう……」


 そうなると、少し困った事になる。肝心の要求が空振りに終わった以上、他に何か、同程度の要求を考えなきゃならねえ。

 折角優位に交渉を進めているんだ……見返りがショボくちゃ勿体ねえからな。


「それじゃあこういうのはどうだ? この一件が片付くまでの間、お互いに休戦するってのは」


 情けねえ話だが、即興じゃあそのくらいしか思い付かねえ。こういう時、みずちの旦那だったらもっとマシな事を考えられたんだろうが……頭脳労働担当じゃねえ俺にはこの辺りが限界だ。


「休戦って……そんな事、わたしの一存では決められないわ。仮に承諾された所で、従わない奴もいるのよ?」


「だから、俺とアンタの間限定でだ。アンタが俺と俺の仲間に手を出さなければ、俺も人間共とは戦わねェ。それならいいだろ?」


 拳にあごを乗せ、しばし思索する四方院の娘。俺を睨んでいた視線が外れ……一時、年相応の少女の表情が垣間見える。

 ――――だが、それも長くは続かない。


「……ひとつ、問題があるわ。貴方達の目的は裏切り者の抹殺なのでしょう? けれど、わたし達術者としては生かして捕えたい相手。上手くすれば、貴方より多くの情報を話してくれるかも知れないもの。それを目の前で殺されるのを、黙って見ている訳にはいかないわ」


 成程、そう来るか。だが……それに関しちゃ難しく考える問題でも無え。


「そうだな、そこは臨機応変でいこうぜ。その場に俺が居なけりゃアンタの好きでいい。逆なら俺が好きにするって事で」


「それは構わないけど、問題はその場に二人共居る場合よ。獲物の奪い合いにでもなったら、休戦どころじゃ――――」


「そん時は簡単だ……二人合意の元で休戦協定を破棄すりゃあいい。そうすりゃ、心置きなく戦えるってもんだろ?」


「――――!」


 そう、所詮俺たちは敵同士。手を組むなんてのは……利害が一致した間だけでいい。


「さァて、それで良いなら情報を話すぜ……一度しか言わねェから、よーく聞いとけよォ?」

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